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石化して十七年、目覚めたら少年王子がスパダリに育っていたのですが  作者: 伊織ライ


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覚悟を決めたのですが

 穏やかな笑みを浮かべながら部屋の扉を開けた私を見て、セラ様も眉を下げてへにゃりと表情を緩めた。()()は済んだのだと分かってくれたのだろう。

 明日以降の打ち合わせがてら、セラ様用に確保した部屋へと移動する。そちらの方がグレードの高い部屋のため、応接セットがあるのだ。

 いったんお茶を淹れて一息つくことにする。今日はなんだか色々なことが起きたから、気持ちがざわついているようだ。漂う良い香りについ、ほうっと深い息が漏れてしまう。それは向かいに座るセラ様も同様で、互いに顔を見合わせて浮かべた笑みは少しだけ苦かった。


 戦場に出た騎士や兵士の中には、帰還後も心に問題を抱える者が少なくないと聞く。悪夢や不安感、辛い記憶のフラッシュバックなどその症状は様々だ。

 きっとセラ様も、心に大きな傷を抱えているのだと思う。それが特に強く表出してしまうのが、私に危険が迫る場面だ。私が石化状態から目覚めてまだそれほど時間が経っていないし、気持ちが追い付かないのも仕方がないと思う。

 けれど──ずっとこのままではいられないというのも事実だろう。

 

 私が自分の書類をさばく(かたわ)らで、別の仕事をこなすセラ様の真剣な横顔をいつも見ていた。一緒に働き始めてから気付いたことだけれど、セラ様はどんな種類の仕事に対しても分け隔てなく真摯に向き合っている。無表情だから怖いとか、不機嫌だとか周囲からは噂されたりもしているけれど。決してそんなことはないと私は知っている。

 笑顔ではないというだけであって、誰と話していても彼は平等だ。自分の機嫌で相手に対する対応を変えることもなければ、理不尽な要求をすることもない。訓練に関しては相応に厳しいけれども、それはいざというとき彼らを守る力になるだろう。それぞれをよく観察して得意不得意を正確に把握し、それとなく適切な仕事を割り振っている。そのことに気が付いている団員達はどれほどいるだろうか?

 ただ王族として持って生まれた魔力が多いだけではない。幼い頃から必要に迫られたとはいえ、必死でコントロールを身に着けてきたのだ。セラ様は器用だけれど、決して天才肌ではない。考えて、工夫して、日々努力を積み重ねた結果が今の彼を形作っている。だからこそ、他者の努力も認められる人なのだろう。


 私はセラ様のそういうところを心から尊敬しているし──好きだな、と思う。

 その好きな所が、私の存在のせいで無くなってしまうのは嫌なのだ。

 

 物理的に距離を置き、目に入らないようにすればいいのかもしれないけれど。


「……そんなの、無理だわ」


 難しい育ち方をして、大変な苦労を強いられて。それでも他者との関係を諦めずに努力し続けるこの方が、これから先も切り開いていくであろう世界を──私は誰よりも近くで見たいと思うから。

 

「──? どうかした?」

「……いえ、何でもありません」


 手を止めたままじっと見つめてしまっていた私に、セラ様は優しい笑顔を向けてくれる。皆からは「氷の王子」などと呼ばれ、冷えたような無表情でいる姿をもう随分見てきた。でもその無表情が唯一崩れるのが、私に対面している時間で。

 セラ様の良いところをもっと知って欲しいと思う反面、この優しい笑顔を向けられるのが自分だけでありたいと願う浅ましい心もまた止められないのだ。

 

 ごまかし続けるにはこの気持ちは大きくなりすぎた。そろそろ覚悟を決める必要があるのだろう。

 それは決して簡単な道ではないけれど、十七年も寝坊してしまったのだ。その分の働きだと思えば、きっとやってやれないことなど何もないはずだから。


『美人でもないし、若くもない』

『ただの普通の人間』

『セラファン様には相応しくない』


 そんなこと、誰より自分が分かっている。

 王族として生まれ恵まれた魔力を持ち、優れた外見を備え、なおかつ努力を惜しまないこの方と、今の私が釣り合っていないのは自明の理だろう。


「ミリア?」


 それでも。


 今の私で足りないのならば、これからもっと努力を重ねていけば良いのではないか。

 セラ様がかつてそうしてきたように。誰より私がその過程を知っているのだから、最初から諦めるなんてそもそもが間違っていたのだ。

 この方を、ずっと近くで支えたいと思っていた。自分の命を賭けても惜しくないと思っている。あの頃とは少しだけ形は変わってしまったけれど──セラ様が、望んで下さる限り。


「セラファン殿下」


 逃げるのは、もう終わりにしよう。

 セラ様の前に膝をつく。私の行動に驚き固まったセラ様が、ぴくりと腕を伸ばしかけた。けれど私の表情を見て、彼も僅かに顎を引く。


「私は見ての通り、ごく平凡な容姿しか持ちません。実家との縁は薄く、貴族としての後ろ盾も弱い。魔力も多くはなく、目立った能力もありません。けれど、唯一この身に誇れるものがございます。それは──殿下を生涯側でお支えするという覚悟です。あの日、セラ様だけでも生きて欲しいと願い盾になったことは少しも悔やんでおりません。また同じようなことが起きたとして、きっと私は同じ行動を取るでしょう。その結果、次は五十年目覚めなくとも……貴方をお守りできるのならば、私にとってそれは喜びでしかないのですから」


 ふるり、とセラ様が首を横に振った。きっと今でも彼は、自分の行動を悔いている。

 己が過ちを犯したせいで、傷付けてしまった人がいるのだと。だからこそ今のセラ様は自らの行動を慎重に選び、律し、怯えている。この先魔法師団の長の座に着けば、その恐れは更に増していくだろう。己が負うべき団員の命(せきにん)が何十倍にも膨れ上がるからだ。それではきっと、心の方が先に壊れてしまうのではないか。身体はもちろん、私はセラ様の心も守りたいのだ。


「ですから……貴方様が私の身に起きた出来事について、責任を取るなどと考える必要はありません。私の行動は、私自身の決断によるものですから。ただ貴方が貴方らしく、幸せに生きて下さればそれだけで私は満足なのです」


 あの日私が石になると同時に、セラ様の心の柔らかい部分は時を止めてしまった。私に光魔法の素質があるというのなら……今こそ、その心まで治して差し上げたいと思う。


「でも、僕のせいでミリアの時間が……」


 ゆらりと席を立ち、自らも私の前に膝をついたセラ様はくしゃりと顔を歪めた。

 呪いの発作に胸を掻き毟りながら泣いていた、幼い姿を思い出す。何もしてあげられない己の無力を嘆きながら、ただひたすらに小さな背中を撫でたあの日々を。


「私が失った十七年は確かに戻りませんけれど。……その分だけ長生きできる可能性もありますよね? セラ様のお側にいられなかったのは確かに残念ではありますが。おかげで私より大人の姿になったセラ様を見ることが出来ました。こんな貴重な経験は神に頼んでも叶うものではないでしょう? ……セラ様が素敵な大人になっていて、ミリアは嬉しく思います。よく、頑張られましたね」


 セラ様の黒い瞳に涙の膜が張り、キラキラと輝くそれは宝石のようだ。瞬きと共にはらりと零れた雫の跡を、私は咄嗟に指先で撫でた。


「ミリア…………僕は、寂しかった」


 伸ばした手のひらごと掴まれ、ぐっと胸元に引き寄せられる。私は大きく硬いセラ様の腕の中に囲われてしまった。熱い吐息が耳元に触れる。

 

「ええ、お待たせして申し訳ありませんでした」

「もう、いなくならないで」

「きっと、そうします」

「ずっと僕の側にいて」

「セラ様が望んで下さる限り」

「ミリア……愛してるんだ」

「……私も、愛しています」


 上向けられた私の唇と、セラ様のそれが優しく重なった。一度、二度、三度目は深く、熱く。

 大きくな記憶の中より随分と大きくなったその背に手を回し、私はただただ傷が癒えるよう祈り、撫で続けたのだった。

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