挨拶に伺ったのですが
「わぁ、サイズぴったり」
そうしてやってきた出勤初日、用意していただいた制服を身に纏う。黒の上衣は詰襟のような形になっており、セラ様がいつも着ている魔法師団の制服とよく似た形をしている。下は同じく黒のタイトスカートで、編み上げのブーツを合わせると足はしっかり隠れる丈になっていた。
着替えて玄関先へ向かうと、既に揃いの制服を身に着けたセラ様が待っている。
「ああ、すごく良く似合ってるね」
一瞬目を見開いたセラ様は、私の周囲をぐるりと回りながらまじまじと観察し始めた。
「あの、そんなに見られると少し恥ずかしいのですが」
「ん? だってこんなに可愛くなるなんて思ってなかったんだよ! メイド服のミリアも凄く可愛くて大好きだったけど、こうピシッとした感じの服も凄く似合うんだね。でも──腰のラインがちょっと色っぽ過ぎないかな……? 他の女性団員たちを見ても何とも思わなかったのに不思議だね。これはちょっと────うん、ミリアもローブを羽織ろうか」
少しだけ待っていてと言い残し、セラ様は自室から予備のローブを手にして戻って来た。肩にふわりと掛けられたそれは私には少し大きくて、ほんのりと漂うセラ様の香りがなんだか照れくさい。
「ありがとうございます……」
「ミリアの分もすぐに用意するから、それまではこれを使ってね」
満足そうにしているセラ様に私も小さく頷いた。
魔法師団の職場は今私がお世話になっている屋敷からほど近い場所にある。それでも警備の都合上馬車で向かう必要があるらしい。私だけなら歩いて向かっても良いのだろうけれど、専属秘書官という立場上セラ様と別で行動する利点は特にない。遠慮なく同じ馬車に同乗させていただくこととなった。
ドレスでもないしヒールの高い靴でもないのだから自分ひとりでも身軽に動けるというのに、セラ様はきちんと手を添えてエスコートして下さるようだ。支えてくれる手は大きくて、力強い。大人の男性らしさを感じてまたドキドキしてしまった。
到着した建物の中を案内して貰いながら奥へと進む。セラ様には既に専用の個室が与えられているらしく、まずはその部屋で説明を聞く。今後の勤務も基本的にはその部屋で行うことになるようだ。
「面倒だけど……一応師団長には挨拶に行っておこうか」
「ええ、是非に」
師団長様の個室は同じフロアのすぐ近くにある。ノックをすれば返事が返ってきて中へと通された。
「おお、待っておったぞ。ずっと連れて来いと言っておったのに、この坊主ときたら大事に隠してなかなか顔も見せんのだから。それで、君が例の女神様だね。起きている姿では初めてお目にかかるが……噂通り、素晴らしい女性のようだ。これでわしもようやく隠居して、愛する妻と悠々自適な老後の生活を満喫できるというものだよ」
魔法師団長様自ら、私たちをソファーへ案内して下さった。長い白髪に綺麗な髭を生やし、青い垂れ目が優し気な老年の男性である。若い頃はさぞ女性に人気だったのではなかろうか。
「どうぞそこに座っておくれ。今、茶も頼んでおるからの。わしはブランドン・クルーズ、良ければブランドンとお呼び下され。一応この魔法師団の長を任されておる。それももうあと少しのことになりそうだがね」
「どうせまだまだくたばりそうにもないんだから、もっとしがみついて働いていってもいいんだぞ」
「何を言っとるか。もう十分こき使われたんだから、いい加減爺を休ませんかい」
テーブルセットの対面に座ったブランドン様はにこにこしながら私に向けて挨拶をしてくれた。
私の隣に座ったセラ様は少しだけむすっとした顔をしつつ、憎まれ口を叩いている。基本的に私以外には無表情を貫いているセラ様だけれど、こんな態度をとるということはそれなりに気を許した人なのかもしれない。
私がいない間のセラ様を守ってくれたのだとしたら、私にとっても恩人だ。
「初めまして、ブランドン魔法師団長様。私はミリア・アースノーと申します。この度はセラファン様の専属秘書官として勤めさせていただくことになりました。また私が石化している際には色々と便宜を図っていただいたようで──本当にありがとうございました」
あの聖殿になるべく多く通えるよう、セラ様の仕事内容の調整をしてくれたのはこのブランドン様だという。また石化の呪いが私の身体に悪さをしないか、最初の頃はブランドン様自ら確認に赴いてくれたこともあるようだ。
魔力量こそ王族のセラ様には及ばないものの全属性の魔法に適性があり、更には魔力の質を見て相手の為人を見極めることが出来るという凄いお方なのだ。
「なんの、わしは大したことは出来んかったでな。光魔法も外側からでは効果が出ず、目覚めの手伝いもしてやれなんだ。せいぜいこの坊主が自由に動けるよう、老体に鞭打って形ばかりの長の座を埋めていたばかりのことよ」
「爺が形ばかりなら、魔法師団員なんて全員モグリになるだろうが。あんたがいなくなった後のここをまとめなきゃなんないこっちの苦労も少しは考えてくれよ」
「ほっほ。何、お前が初めてここに来たほんの小僧の頃から既にわしよりも魔力操作が完璧だったではないか。頼んだ仕事も毎度憎らしいばかりにあっさりと片付けおって、本当なら十年も前にこの立場を譲っても良かったのだぞ」
今更だけれど、今回セラ様はブランドン様の跡を継いで魔法師団長に就任するのだ。私もそれを聞いたのが先ほどの馬車の中でだったので本当に驚いてしまった。
セラ様が十一歳の年にあの事件があり、私が石化してしまったのでセラ様は住まいを城に移された。二年ほどは正しく王子としての教育を受け、その後は見習いとして魔法師団に入ったのだという。その時点から魔力の操作は完璧で、問題になったのは本当に年齢くらいだったようだ。責任者としての身分も実力も申し分なく、ブランドン様はいつでも交代する心積もりだったそうだけれど。
「こやつときたら、女神の目覚めを待つのに立場は邪魔だなどと申してな」
「会議とか書類とか、そういうのに縛られたくなかったんだよ」
「これからはわしの苦労をとくと味わうがよい」
「ああ、分かってるよ。……爺さんには散々世話になったと思ってる」
「あの、本当にありがとうございました」
セラ様はもちろんのこと、私のせいでブランドン様にまで余計な苦労をさせてしまったのだとしたら申し訳なく思う。
「ああ、よいよい。女神様に仕えられることは至上の喜びであるからな」
手をひらひらと振り、ブランドン様は悪戯っぽく笑った。軽快に軽口の応酬をする二人はまるで本物の祖父と孫のようにも見える。少しだけ子供っぽく拗ねた様子のセラ様も、きっとこの方を尊敬しているが故の甘えなのだろう。私がいない間、幼く傷付いたセラ様のことをブランドン様が守ってきて下さったのだと思う。
引継ぎが終わり、正式に役目を交代するまではまだしばらくあると聞いた。
出来ればそれまでの間に、私が知らないセラ様の話を聞いてみたい。どんなことに苦労したのか、楽しいことはあったのだろうか。視界が広がり、世界が広がり、セラ様が大人になるまでの数年間を側で見守って来たのだろうこの方に。
「もうしばらくは残ってやるから、団長としての仕事に関してはみっちり仕込んでやるわい。ミリア嬢も慣れるまではゆっくりしておくれ」
「……もう爺なんだから、張り切りすぎてぽっくり逝かないように気を付けてくれよ」
「ブランドン様、本当にありがとうございます」
このような方がセラ様の側にいて下さったことへの感謝を込めて、私は深く頭を下げた。