表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/30

仕事をしたいのですが


 あの日以来、やはり私の外出の機会はぐっと減ってしまった。元々室内で過ごすのを苦に感じない性質(たち)だから、それ自体は構わないのだけれど。

 予想していた通り、セラ様は魔法師団で役職を与えられることになるようだ。今はその引継ぎやら準備段階として忙しくされている。つまり、ほとんど顔を合わせる機会がないのだ。

 あの離宮での暮らしでは、とにかくやることがたくさんあって忙しかった記憶がある。セラ様の側付きが私ひとりだったのだから当然だ。身の回りのお世話から、食事の世話に室内の掃除とこなすべき仕事は山のようにあった。ある程度の勉強やマナーも教えていたし、最後の方ではとにかく魔法の訓練にも力を入れていた。毎日が充実していたし、身体が疲れると夜は寝台に入った瞬間気絶するように眠ってしまう。朝は早起きして自分の身支度から始まり、再び朝食の準備だ。

 そんな日々の中、離宮の外に出たいとか街に買い物に行きたいとか、そのような希望を持ったことは一度もない。効率的な掃除の方法とか、美味しい料理のレシピについては常々考えていたけれど。要するに私は満ち足りていたのだと思う。

 けれど今はどうだろう。室内にこもりきりなのは一緒だ。でも、その内容は全く別で。

 朝起きてから夜寝るまで、すべき仕事は特にない。この家において、私には為すべきことも役割も与えられていないのだ。使用人たちはそんな私にもとても親切だし良くしてくれる。あの頃とは逆に、彼女たちが私の身支度を甲斐甲斐しく手伝ってくれたりもするのだ。

 公爵邸に行けば膨大な蔵書量を誇る書庫があり、毎日通っても生涯読み切れないほどの本が揃っているのだという。暇を持て余している私に、セラ様はそちらへ移ろうかと声を掛けてくれた。けれど、お断りした。だって、一体今の私は何なのだろうかと考えてしまうから。セラ様の命を救った恩人だろうか。行き場のない私を憐れんで、セラ様は住処を与えて下さっているのではないのか。

 本当は分かっている。セラ様が贈ってくれる言葉のひとつひとつに込められた情熱も、その真剣な眼差しの意味だって。

 ただ私が自分に自信を持てず、卑屈になっているだけなのだと。


『別にたいした美人でもないし、若くもない!』

『何が女神よ! ただの普通の人間じゃないっ!』

『セラファン様の前から消えて!』

『アンタなんか、セラファン様には相応(ふさわ)しくないのよ……!』


 確かに私は女神ではない。十七年間石化して、ひとり時間から置き去りにされたただの元使用人だ。

 セラ様に相応しい相手とは、どのような人だろうか。若く美しく、女神のように慈悲深い女性だろうか。

 どうかしたら、私はそのような人間になれるのだろうか──。


 毎日、時間が過ぎるのをひたすらに待ち、手慰みに刺繍を刺す。料理人が作ってくれた美味しいお菓子を食べて、ため息を付く。私が焼いたものはこんなにサックリとしていなかった。バターの香りもプロの手に掛かればこんなに素晴らしく華やかで、素人のものとは全然違っていて。あの頃のセラ様にこんな美味しいものを食べさせて差し上げたかった。私でいいのだろうか。私以外だったら、どうだったのだろうか。私は、私は──。


「今日はもうやめよう」


 刺繍道具を片付け、頬を軽く叩いた。

 時間が有り余っているからいけないのだ。暇だから、余計な事ばかり考えてしまう。

 生まれてこのかたこれほど時間を持て余したことなどなかったから知らなかったけれど、私はきっと忙しくしている方が向いているのだ。

 そうとなったら。


「よし、仕事を探そう!」


 選べる道はひとつでも多い方が良いだろうから。



「うーん……でもミリアには安全な所にいて欲しいし……。けど僕は今ちょっと忙しくて、ずっと付いていることも出来ないから……」

「あれは彼女が思い余ってあのような行動に出てしまっただけで、私自身にそう危険が及ぶことはないでしょう。高貴なお生まれのセラ様はともかくとして、私には特に身分も価値もないのですから」

「またそんな風に言って。ミリアは特別だよ? 何かあったらって考えるだけで、僕は何も手につかなくなるくらい」


 仕事をしたいと相談した私に、セラ様は良い顔をしなかった。やはり、過去の経験がトラウマになってしまっているのだろう。でももうセラ様を狙う側妃はいないし、今の国の情勢は安定している。

 むしろこうしてセラ様の側にいる方が、周囲からの嫉妬を買うのではないかと思うのだけれど……。だからといって、セラ様から離れたいなどといえば彼を傷付けてしまうだろうし、自分自身もそんな言葉は口にしたいと思えなかった。

 ただ少しだけ新鮮な空気を吸い、よく考えたいだけなのだ。


「お願いできませんか……? 成人してからずっと仕事をして生きてきたのです。優雅に過ごす時間に馴染めなくて……このお屋敷で、とても良くしていただいているのは分かっているのですが」


 眉を下げたままちらっとセラ様を見上げると、なにやら胸を押さえてうっと呻いた彼がひとつ息を吐いた。


「そんな可愛い顔でお願いされたら許さないわけにはいかない……っ。うーん……よし、それならこうしよう! ミリアには、僕の専属秘書官になってもらいます!」

「専属秘書官、ですか?」

「うん。今は知っての通り、魔法師団での配置換えで事務仕事やら色々が詰まってるんだ。だから仕事のスケジュール管理とか、できたら書類の整理とかそういうのを手伝って貰えたらとても助かる。秘書官は個人の裁量で雇えるし、ミリアなら安心して任せられるから」


 本当は、セラ様以外の他者とも関わって見識を広げることが必要なのかもしれないとは思っていたけれど。

 城に上がってからずっと、セラ様を主として仕えて来た人生だった。それが私の全てだったし、何の後悔もない。けれど、今の私の心の奥にある気持ちを認めてもいいのかが不安なのだ。歪な執着ではないのだろうか。私が失ってきた家族の代わりとして依存しているだけではないのかと。することのない暇な時間にはつい、とりとめもなくそんなことを考えてしまうから。

 けれど報酬をいただいてまたセラ様の為に働けるとしたら、とても誇らしい事だとも思う。必要とされるのは嬉しいし、己の働きが認められるのは喜ばしいことだから。

 何よりまたあの頃のように忙しく過ごせば余計なことを考えずに済むかもしれないし、ひとり悶々と思い悩みながら毎日を浪費するよりはずっと有意義に思えた。


「分かりました。私などでよければ、謹んで拝命いたします」

「ふふっ、ミリアだから良いんだよ。よろしくね、これからは仕事の時も一緒だ」


 セラ様は心から嬉しそうに笑ってくれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ