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炊き出しの手伝いに来たのですが

「今日はミリアも一緒に炊き出しへ行かない?」

「あの、せ……聖殿へですか?」


 未だにあの場所を聖殿と呼ぶのは心理的に抵抗感がある。なにせ最奥に()()()()いたのは他でもない私自身なのだから。

 

「うん。僕の女神はもうあの場所にはいないけどね」


 セラ様はふふっと楽しそうに笑いながら言った。


 そもそも私の石化が解ける日を待つためにセラ様自ら聖殿を建て、見舞いに来る言い訳を作るために炊き出しを始めたらしいけれど。十年以上続ければ住民たちにとっても恒例の催しになってしまったようだ。

 王都の中央からはそれこそ馬車で一時間ほどかかる場所であり、当時の私たちが人目を忍んだピクニックで向かった場所である。けれど私たちをモデルとした絵本が人気になったことや立派な聖殿が建てられたことである種の観光地となり、ちょっとした商売をする人なんかが現れた。結果、あの草原は今や小さな村程度には人が集まっているのだ。

 特段貧しい人が多いわけでもないし、治安が悪いなどということもない。でも、絵本の中にも出てくる()()()()()()()はそれだけで人々の興味を引くご当地グルメのようになってしまった。無料の炊き出しではなく有料の販売でもいいからこの先も続けて欲しいという要望が上がってきているそうだ。


「どうしようかは迷っているんだけどね。このまま奉仕活動として続けても良いし、商売としてやりたいっていう人がいるならレシピごと売っても良いかなと思うんだ。──あ、もちろんミリアが良いって言ってくれるならだけど!」

「独創性のあるレシピというほどのものではありませんし、私は全く構いませんよ。それよりもずっと活動を続けてこられたのはセラ様なのですから、どうぞ思うようになさって下さい」


 どんな理由にしろ、十年以上も定期的に通って炊き出しの活動を行うのは決して簡単ではなかったはずだ。それが私の為だったと言うのだから、本当に恐れ多いことである。


「じゃあとりあえず通えるうちはこれまでと変わらず行くことにしようかな。ミリアと一緒に出掛けられるならそれだけで嬉しいし、出来たらミリアが作ってくれたスープを僕も久しぶりに食べたいから。今後もし忙しくなって難しくなった時には、誰か代わりに引き継いでくれる人を探そうか」

「ええ、分かりました。私もセラ様の為にお料理をするのは楽しかったので、やらせていただけるなら嬉しいです」


 今のように、客人として悠々自適に生活を送らせてもらえるのが贅沢だということは理解しているけれど。セラ様の為に忙しく働く日々も、本当に楽しく思っていたのだ。


 セラ様の指示で動きやすい服に着替える。女性用の乗馬服のようなそれは身体にぴったりと合っており、シンプルながらも上質な生地で仕立てられていてとても素敵だ。ちなみにこの屋敷に連れて来てもらった当初案内された衣装部屋にはこの他にもたくさんのドレスが用意されており、どれもこれも私の好みに合ったデザインだった。流行に合わせて数年おきに入れ替えられていたというのだから、その徹底ぶりには驚いてしまう。けれど本当にずっと私のことを思い続けてくれたのだと分かって、申し訳なくも嬉しく思ってしまった。

 

 準備を終えて屋敷の外へ出ると、そこには立派な体躯の牡馬を引き連れたセラ様が待っていた。


「お待たせいたしました」

「ううん、僕も今準備できたところだよ」

「えっと、この子は……」

「僕の馬、ドルークって言うんだ。大きいけど優しい子だよ。ドルーク、彼女がミリア。僕の大事な人だから、今日は安全走行でよろしくね」


 セラ様が鼻先をぽんと撫でると、ドルークは甘えるように顔をすり寄せた。


「セラ様はもうおひとりで馬にも乗れるのですね……」

 

 小さなセラ様が馬に跨るのを手伝い、手綱を引いてゆっくり歩かせたあの日のことはついこの前のように思い出せるけれど。

 もうセラ様は私よりずっと大きな大人になっているのだから、逆に私が支えてもらう側に代わってしまっているのだ。


「ドルーク、今日はよろしくお願いしますね」


 私も優しく背を撫でてやれば、暖かな肌から力強い心臓の鼓動を感じた。


 ドルークの背に二人で跨り、聖殿までの道のりを軽く駆ける。揺れる私の身体をしっかりと支えるように、背後から腹部に回されたセラ様の腕の逞しさをどうしたって意識してしまう。

 背中に触れる胸板も存外しっかりとしており、すらりと細身に見えるセラ様の男性的な部分が垣間見えて私は終始ドキドキしっぱなしだ。この心臓の高鳴りはきっと久々に運動をしたせいもあるだろう、きっとそうに違いない。


「どう、なかなか上手くなったでしょ?」

「ええ、本当にお上手です」

「──全部ミリアが教えてくれたからね」

「そんな、私など初回の常歩(なみあし)だけで──」

 

 馬上で移動しながらの会話は少しだけ聞き取りにくい。軽く後ろへ振り向くと思ったより近くにセラ様の顔があったものだから、更にドギマギしてしまう。


「ふふっ、ミリアの耳、真っ赤だね」


 耳元で囁くように呟かれた言葉だけが、妙にはっきりと聞こえた。


 馬車で向かうよりも随分短い時間で目的地へと到着した。正直私の心臓が限界に近かったので、感覚的にはようやく着いたかと思ったくらいだけれど。帰りも同じ道のりを行くかと思うと少しだけ心配だ。


 ドルークを護衛に預け、早速準備に取り掛かる。

 普段はこの村で商売をしている者や、聖殿の掃除を頼んでいる人たちが作業を手伝ってくれているらしい。今日も既に連絡がしてあったようで、聖殿内のキッチンには数名の男女が集まっていた。


「よし! やっぱり来たろ? 今日の酒はお前の驕りだな!」

「くそっ! 一杯だけだぞ、それにつまみは付けないからな!」


 三十代半ばくらいの男性二人が仲良さそうに肩を叩きあっている。そのうちのひとりがこちらを向くと、不満げに眉をしかめて言った。


「女神様が目覚めたってのに、なんだって王子は未だにこんなとこまで来たんですか! おかげで賭けは俺の負けですよ!」

「いやいや、王子は聖地を見捨てたりなんかしないって信じてました!」


 どうやら炊き出しにセラ様が顔を出すかどうかで賭けをしていたらしい。随分と気安い口調から、親しい間柄なのかなと思う。


「今日も皆の手伝いに感謝する。確かに私の女神は目覚めたが、だからといってこの地を見捨てるなどということはない。いずれ形は変わるかもしれないが、必要のある支援ならば惜しむつもりはない」


 私と接する時とは異なり、セラ様は眉ひとつ動かぬ冷たい表情のまま彼らにそう告げた。

 端正な美貌を持つセラ様がそのような顔をすると、丁寧に作られた人形か、もしくは彼こそが神の遣いなのではないかとさえ思えてくる。

 しかし人間味のない様子と淡々とした口調に驚いたのは私だけのようで、手伝いの男性陣はさも愉快そうにハハハと大声で笑った。


「さっすが王子は太っ腹だな! ま、女神様がお目覚めになった祝いだ、酒の一杯くらい仕方ねえな! さっさと終わらせて飲みに行こうぜ!」

「おう! なんたって我らが王子のめでたいことだ! さ、キビキビ働いて終わらせんぞ!」


 景気の良い掛け声につられて皆が動き出す。食材を洗う者、食器を準備する者、場所の設営に取り掛かる者などそれぞれ手際よく支度が進められていく。

 セラ様はまず設営から手伝う様で、先ほどまでの無表情とは打って変わって私にはとろけるような笑みを見せた。


「ミリアは調理を手伝って貰っても良いかな? 僕も向こうが終わったら戻ってくるからね」

「ええ、分かりました。やっておきますね」


 そっと頬を撫でてから小さく手を振り、セラ様はキッチンを出て行った。

 元より調理の手伝いを頼まれていたため、持参してきたエプロンをかける。腰ひもをきゅっと結ぶと、久々の仕事になんだか楽しくなって口角が上がった。

 もともと私は働くのが嫌いではないのだ。頼られること、何かをやって喜んでもらえることはやりがいを感じるし嬉しく思う。他でもないセラ様に頼まれた仕事であれば、なおさら気合が入るというものだ。


「私も手伝いますね」

「おお、()()()自らですかい? そりゃご利益もありそうだ」

「違いねえな!」

「えっと、その女神様というのはどうにかなりませんか……? ちょっと恐れ多いので、出来ればミリアとお呼びいただきたいのですが……」


 目覚めてからこのかた、出会う人出会う人に女神様と呼ばれるのだけは本当に居たたまれない気持ちになるのだ。

 横にいるセラ様本人が咎めもせず訂正もしないのだから、その不本意な呼び名は広まるばかりである。


「いやいや、俺らみたいなんが女神様のご尊名を呼ぶなんて許されませんでさ」

「ええ、王子の嫉妬深さはここ十数年で身に染みてますから、なあ」


 呼びかけられた恰幅の良い中年女性は食器を準備する手を僅かに止めて、肯定しながら苦笑した。


「以前ここに手伝いに来ていた青年が、興味本位で女神様のおわす聖殿の奥まで忍び込んだことがありました。扉は王子様の魔法で開かなかったようですけれど、それでも激怒した王子様は即座に青年を叩きだしておりましたね」

「ああ、あいつも馬鹿だったよなぁ」

「いつまでも目覚めない人を待つよりも、私を選んでくれって迫った若い女もいたろ」

「ああ、いましたね。彼女は私も知り合いでしたけれど……翌日には縁談が決まったとかで、遠くの街に越していきました」

「ありゃ確実に王子が何かしたんだろうさ。流石氷の王子だってな」

「違いねえや」


 彼らが話すエピソードに赤くなればいいのか青くなればいいのか、反応に困ってしまう。

 私がよく知る朗らかで快活な少年は、いつの間にか冷徹な氷の王子として認知されるようになっていたらしい。未だ私は、はちみつより甘い笑顔しか見ていないけれど……。


 野菜を切ったり肉を処理したりと皆で忙しく手を動かしつつ、私が石化していた間の話を聞く。

 皆が語って聞かせてくれるセラ様はいつも不愛想で冷たくて、けれど真面目で一生懸命だ。炊き出しを始めた当初は怪しまれたし、怖がられてもいたらしい。辺鄙な土地に突然現れた美貌の王子が無表情でスープを配りだすのだから当然だ。

 でもそんな活動を始めた理由を知り、定期的に訪れては()()()()の目覚めを待つ健気な姿は人々の胸を打ったらしい。その頃に出版された絵本の流行も相まって、セラ様はこの地でとても親しまれているようだ。

 そんな話を聞かされた私はとうとう恥ずかしさに限界を覚え、一旦逃げ出すことを選んだ。


「えっと、もう少し具材が足りないみたいなので私取ってきますね! すぐに戻りますので!」


 食品の保管庫はキッチンのすぐ隣だ。一瞬のことにしろ、ひとまずこの生ぬるい空気から離れて火照る頬を冷ましたかった。

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