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もとより恨んではいないのですが

 なんと、私たちの話は子供向けの絵本になって市井に出回っているそうだ。詳しい内容についてはまだ怖いので、話さなくていいと断っておいた。環境が落ち着いてから確認しようと、問題の解決は先送りにする。

 セラ様自身もあの聖殿には頻繁に顔を出し、私を見舞ったあとは炊き出しで普通に煮炊きも手伝うし配膳をしたりもしていたらしい。その際民たちに聞かれれば、女神様(わたし)の話をしていたのだとか。

 

「氷の王子があんなに嬉しそうに笑うなんて、やっぱり女神様は凄いのね」


 と、キラキラした目でこちらを見ていた若い女性たちの姿を思い出す。氷の魔法が得意なセラ様は、どうやら氷の王子と呼ばれているようだ。氷のように表情が動かないせいもあるのだろうと言われ、不思議に思う。子供の時も、目覚めてからもずっと、セラ様は表情豊かににこにこと笑っていたからだ。

 今だって、ほら。


「──ん? どうかした?」


 とろけるような笑顔で私を見つめているのだから。



「さ、着いたよ」


 王都の風景は記憶とはなんだか違って見えた。洗練されたデザインの洋服屋に、食材が豊富に並ぶ食品店。街を行く人々の顔は皆明るい。

 案内されたセラ様の住まいは、城近くにあるこぢんまりとした戸建てであった。周囲は家庭を持つ騎士や魔法師団員が多く住む地域とのこと。城内にも独身寮があるけれど、役職持ちや家庭のある者はほとんどが外に出るそうだ。セラ様は団内の役職こそないけれど、王族という立場もあるので最初からここを選んだらしい。


「──結婚は、されていないのですね」


 独身寮ではなく戸建ての家と聞いてほんの少し不安だったのだ。家庭があるならば私を招くこともないだろうと思ってはいたけれど。


「もちろんだよ。兄上には許可も貰っている。今はもう臣籍降下して、一応公爵位を貰ってるんだ。職場に近くて便利だからほとんどここで生活していたけれど、今度本邸にも一緒に行こうね」


 なんとセラ様は今、ベイリュー公爵となっているらしい。ベイリュー公爵は先々代の国王であるセラ様の祖父の弟が継承していたのだが、残念ながら跡継ぎが出来なかったとのこと。今の国王であるセラ様の兄、マルスラン陛下に二人目の男児が生まれたタイミングで養子入りしたそうだ。


「だから今は、セラファン・プレジ・オーヴレイ・ベイリューってことになるね。なんか大袈裟な感じになっちゃって面倒なんだけど」


 陛下のご子息たちの後にはなるが、一応まだ継承権は残っているらしい。これは今の王太子殿下に跡継ぎとなる男児が生まれたら返還するとのことだ。セラ様は今すぐにでも返してしまいたいんだけどと言って笑う。

 

「もともと王子として育ってなかったでしょう。今更王族たるもの! とか言われてもね、堅苦しいし面倒でさ」

「でも、そんな……」

「今は魔法師団員としてあちこちふらふら行ったり、時々兄上から用事を頼まれたりして手伝ってるんだ。僕には多分この方が合ってたんだと思う。これからはミリアに会うために聖殿まで行かなくても良くなったから、もしかするともう少し上の役職を押し付けられるかもしれないけどね」


 書類仕事は好きでも嫌いでもないけれど、遠征がない方がミリアと一緒にいられるから良いかもね、と気楽な様子でセラ様は言った。

 十七年は、決して短い時間ではない。その全てを、私のことを思いながら過ごしてくれていたのかと思うと胸が熱くなる。歓喜と、それから少しの罪悪感。


「ありがとうございます……」


 色々な思いを混ぜ込んで、口に出来たのはそれだけだった。

 少しだけ冷めた紅茶を一口頂く。私の好きな種類の茶葉だった。



「うーん、それじゃあとりあえず話さなきゃいけないのは、あの襲撃のことだよね」

「ええ、そうですね。聞きたいです、なぜあんなことが起きたのか」


 私たちを守るために戦い、亡くなった騎士もいたのだ。聞かなければならないと思う。


「まず、黒幕は父上の側妃オフェリヤ様。実際にあの襲撃を計画して手配したのはイグナース兄上だったけどね」

「そんな……!」


 城内に敵がいたのであれば、私たちがどんなに隠しても情報は漏れてしまっていたことだろう。ましてや相手も王族だ。望んで得られぬものなどなかったのではないか。


「ミリアはオフェリヤ様のことはどのくらい知っている?」

「確か……シャルム王国の王女様だったのですよね? 政略的な理由で嫁がれてきたと聞きましたけれど」

「うん、五番目の王女様かな。見た目は儚げだけど、性格はなかなか狡猾で強かだったみたい。当時の王太子、オフェリヤ様の兄上の婚約者に嫌がらせをしたのが露見して、国から追い出される形で輿入れしたらしい。その前にもいろんな令嬢に散々なことをしていたみたいで、流石にもう放置できないってことになったんじゃないかな」


 シャルム王国は我が国よりずっと強大な力を持つ大国だ。おそらくこちらから断ることは出来なかったのだろう。既に仲睦まじい正妃のいる国王の側妃として、形だけ受け入れることくらいが当時の落としどころだったのかもしれない。


「事件の後、イグナース兄上に聞いたんだ。幼い頃からずっと、こんな弱小国になんて来たくなかったとか、せめて高貴な血を引くお前が王になって国を導くのよとか言われていたらしい。そうして、いつか自分を追い出した母国を見返すんだってさ」

「そんなことを……」

「それでね、シャルム王国は呪術が盛んなんだって。僕の為に父上が集めてくれた呪術師もシャルムの出身だったしね。オフェリヤ様が国から連れて来ていた使用人って、みんなシャルム人だったでしょ? その中に、呪術師も数人混ざっていたんだってさ。オフェリヤ様の最側近と呼ばれていたのがたいそう腕のいい奴だったらしくて、呪いの媒介に王族の血とか髪の毛とかを使うと、赤子なら一発で殺せちゃうくらいの呪いがかけられるらしいんだよ」

「それは、もしかして」

「うん。僕にかけられていたあの呪いもね、オフェリヤ様が指示してやってたよ。イグナース兄上が王になる為に、まず殺しやすそうな子供の僕から始末しようと思ったんだってさ」


 さあっと血の気が引いていく感覚がした。ふらりとよろめく私を見て、セラ様が慌ててテーブルを回りこんでくる。すぐ横に座ったセラ様が肩を抱き、背中を優しくさすってくれた。


「もう大丈夫だから。呪いは解けたんだよ」

「──ええ、そう、ですよね」

「僕も一応王族だし、幸いにも魔力量が多かったから対抗できたんだ。それに、ミリアが魔力の制御を教えてくれたおかげだよ」

「そうだったなら……本当に、良かったです」


 邪魔だから、殺す。そんな自分勝手な理由でセラ様はずっとあんなに苦しめられてきたのだ。

 許せない、と思う。だけど、世間ではもうとっくに終わった話なのだろう。私がのうのうと石化したまま時を過ごしている間に、どれほどの騒動があったことだろうか。渦中にいたセラ様もきっと大変な苦労をしただろう。


「それで……僕の呪いが解けかけていると分かって焦ったんだろうね。とうとう直接攻撃に出て来たのが、あの日の襲撃というわけ。騎士たちの動きを見て僕らの行動は読まれていたみたい。まあイグナース兄上は城を自由に歩けたし、騎士団に訓練を付けて貰ったりもしていたみたいだから簡単だったと思うよ」

「あの、私が石にされたのは……」

「あれも襲撃者に混ざっていた呪術師のひとりがやったんだ。オフェリヤ様付きの呪術師のひとりで、本来僕を狙っていたみたいだけど──ミリアが庇ってくれたでしょう。光の適性を持っていない僕がもしやられていたら、解呪できずにそのまま生涯目覚めなかったかもしれない。そもそもミリアがやられた衝撃で僕の呪いが弾けて、怒りに任せて敵を殲滅したから……そうじゃなければ、僕たち全員あの場でやられていたかもしれないね」


 長い時を石化したまま過ごしてしまったけれど。それでも私の行動で守れた人がいるならば後悔はない。


「城に残っていたオフェリヤ様と呪術師たちは、僕の呪いが解けた時に呪い返しがいって……そのまま亡くなった。対外的には病死ということになっているけどね。それからイグナース兄上は療養という名目で幽閉になったよ。生涯出てくることはないと思う。あとの襲撃犯も全員あの場で始末したし、この計画にシャルム王国側は関与していないと判明している。父上は責任を取って退任し、今は兄上が跡を継いでいるんだ」

「そうなのですね……」


 セラ様を苦しめた元凶が相応の報いを受けたなら、良かった──と、言っていいものか分からないけれど。


「ミリア……一度だけ、謝らせて欲しい」


 何とも言えない気持ちで息を吐いていると、セラ様は突然私の前の床に跪き、深く頭を下げた。


「あの時、ミリアの言いつけを破って護衛も待たず、勝手に走り出して本当にごめんなさい。僕があんなことをしなければ、ミリアが長い間辛い思いをすることはなかったんだ。馬鹿で、世間知らずで、自信過剰で……ミリアは僕が守るって誓ったのに。その大事なミリアを、僕自身が傷付けた。謝っても、過ぎた時間は取り戻せないけど……本当に、ごめんなさい」


 知らない間に、私より年上になっていたセラ様。背も伸びて、声も低くなって、立派な大人の男性になったセラ様が、床に手をついて声を震わせている。

 私自身、石化している間の記憶は一切ない。多少身体の動きがぎこちなくても、せいぜい良く寝たくらいの感覚だ。そんな風に呑気に時間を過ごしている間もずっと、セラ様は己を責め、悔やみ続けて生きてきたのだ。

 はなから私は私の思う通りに動いただけで、その結果に少しの後悔もないけれど。


「セラ様──私は、貴方を許します」

「ミリア……」


 涙の滲んだ瞳は光を弾き、まるで本物のブラックダイヤモンドのように美しい。


「ずっと自由を制限され、子供らしい子供時代を過ごせなかったセラ様が羽目を外してしまうのも想定の内でした。あれは、たまたまタイミングが悪かっただけのこと。時間はかかってしまいましたが、それでも私は目覚めることが出来ました。あの時セラ様を守れなかったら思うと、その方がずっと恐ろしい。何度同じことが起きようと、私は同じ選択をするでしょう。だから、セラ様。貴方はもう苦しまなくていい。自由になって良いのです」


 目の前にあるサラサラの金髪を優しく撫でる。大人の男性にすることではないけれど、今はあの十一歳の日のセラ様を撫でているのだから、それでいいのだ。


「ありがとう……それから、お帰り、ミリア──」


 セラ様の大きな手を取りソファーに引き上げて、そのまま胸の中にぎゅっと抱きしめた。

 胸元の濡れる感触には気付かない振りをしよう。きっと男の子は、いくつになっても強がりたいものだろうから。

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