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いつの間にか女神様になっていたのですが

「それで一体、ここはどこなのですか?」

「ああ、あの日出かけた草原だよ。石化してしまったミリアを動かすことが出来なかったから……風雨を凌げるように、急いで()()()を作ったんだ」


 まさかあの広大な土地に、こんな立派な建物を建ててしまうとは。雨を防ぐ屋根だなんて言って、どう見てもたいそう立派な石造りの部屋なのだ。調度品がないのは私が石化していて動かなかったせいだろう。

 椅子に腰かけたセラ様は、この寂しい部屋にとても馴染んでいた。それはまるで()()()()()といったふうに。


「セラ様はこうしてずっと、私を見舞ってくれていたのですね……」

「うん、最初の三年くらいはね、何の変化もなかったんだけど。その後からは、髪の毛や指先なんかから少しずつ色が戻っているように見えたんだ。だから、ミリアは絶対に目覚めるって信じられたんだよ」

「時間の経過で呪いが解けたということですか?」

「ううん、どうやら、ミリアには光魔法の適性もあったみたいなんだ。珍しいよね。だから僕の呪いの影響も受けなかったし、かけられた呪いもじっくりゆっくり自分の中で解呪を進めていったんじゃないかって、魔法師団長は言ってた」


 魔力は少ないながらも広く浅く適性があって自分は器用貧乏だなとは思っていたが、まさか光の適性まであったとは気付かなかった。珍しいが故に確認方法も訓練方法も一般的ではないからだ。

 そういえば、ユリスの部屋から持ち出した光魔法の本はどうなったのだったか。確かオレリーに壊されてしまって……。


「あの時ミリアが持ってきてくれた本を、有り余る時間で直してね。なんとか修復した部分を読み解いて、分かったこともあるんだよ」

「そうだったのですね……」


 ユリスの本が役に立ったのならば良かったと思う。私の目覚めを、あの優しい弟も手助けしてくれたのだろうか。


 私が目覚めて動けるようになったということで、ひとまずセラ様が今暮らす家に移動することとなった。

 あの襲撃の際に呪いが完全に解けたというセラ様は、その後王族が暮らす城内に居を移していたそうだ。それを聞いて、少しだけ胸の奥が騒めいた。

 私しか触れることが出来なかった、私の大事なセラ様は。もう誰にだって触れられるし、顔に出来た痣も全て消え美しい容貌を取り戻している。なんの憂いもなく、王子としての立場を取り戻せたのだ。これはきっと──子供が独り立ちしたような寂しさなのだろう。

 ふたりきりで楽しく過ごしたあの箱庭には、もう戻れないのだと。


「あの離宮は少し修繕を入れたけど、そのまま残してあるよ? いつか次の利用者が現れるまでは僕の管轄で管理を許されたからね」

「え……そうなのですか」

「だって、あの家にはミリアとの思い出がたくさん詰まってるから。今は城からも出て別の屋敷で生活しているけど、掃除がてら時々お茶を飲みに寄ったりしているし」


 私と同じように、セラ様もあの家での思い出を大切にしてくれていると分かり、嬉しさに胸が温かくなった。


「そういえば、セラ様はお仕事をされているのですね。今は、何を……?」

「魔法師団に入ったんだ。やっぱり僕の魔法の制御は優秀だったみたいで、兄上からも便利に使われてるよ」


 ご家族との縁も無事に復活しているのか。喜びと共に、全てを見届けることが出来なかった時間の経過を悔しくも思う。


「詳しいことはまた家についてから話そうか。じゃあ、ここに腕を回して」


 何事もなかったかのように話をしていたけれど、近付いてきたセラ様の香りを再び感じてドギマギしてしまう。首に抱き着けというのだからなおさらだ。


「いえ、そんな滅相もない……」

「いいから、早く。ミリアはずっと動けずにいたんだよ? 身体がどういう状態かも分からないし。今も怠いでしょう? 痛みとかはないのかな。家に着いたら、医者に診てもらおうね」


 私の腕をとると、強引に首へ回される。そのまま膝裏と背中に腕を差し込むと、軽々抱き上げられてしまった。


「きゃ──っ!」

「ほら、もっとしっかりくっ付いて、捕まっていて」


 揺れる身体と高い目線に恐怖を覚え、セラ様の胸元に身を寄せる。しなやかな筋肉がついており、鍛えているのかなと思った。


「ちょっと恥ずかしいな……僕あまり筋肉がつかないタイプだったみたいで」

「え? でも、こんなに逞しいですよ……?」


 すたすたと歩き出したセラ様がこの部屋唯一の扉を開け、進む。


「ミリアは騎士みたいながっちりした男が好きだったんじゃない……?」

「いえ、特にそういうことはありませんけれど……」


 何故そんなふうに思われたのだろうか。私は実家と折り合いが悪かったし、既に行き遅れともいえる年齢であった。許されるならばあのままセラ様に仕えるか、駄目ならば家庭教師(カヴァネス)にでもなって生涯ひとりで暮らそうと思っていたのだ。恋愛する余裕などなかったし、特に気になる相手がいたこともない。

 私の話を聞くと、セラ様は良かったと言ってまるで安堵したかのように微笑んだ。


 廊下を歩きながら、「ここはキッチン」「その隣は食品の保管庫だよ」と説明を聞く。この建物は石像(わたし)を安置する以外にも何かに使用していたようだ。

 外へと繋がる扉を開くと、久しぶり──感覚的にはそうでもないけれど──に見る青空であった。

 少し離れたところには見覚えがある木立も残っている。あの時とは違って間伐も行ったのか、人が隠れたりは出来ない程度に見通しは良い。爽やかに吹き抜ける風に、ざわざわと人の声が乗っていた。


「あれは……?」

「うん? ああ、炊き出しをやってるんだ。ここ、一応聖殿ってことにしてあるからさ。奉仕活動ってことにすれば、僕もその度ここに来てミリアの顔を見られたから」

「聖殿……」


 今しがた出て来た石造りの建物を振り仰ぐ。

 それは想像よりずっと立派で荘厳な造りで。まさに神聖な()()(まつ)っているというような──。


 建物の、最奥。尤も大事な物をしまっておくための、その場所には。


「もしかして……私、いつからか神になっていたのですか……?」


 思い至った事実に顎が外れそうだ。

 セラ様がさも楽しそうにふふっと笑い、抱き上げられた身体がふるふると揺れる。


「そうだよ、僕の女神様」


 額に落とされた口付けにわたわたしてしまった。それでも安定感を失わないセラ様の体幹を少しだけ恨めしく思う。あの無邪気な少年がいつの間にか小悪魔のように育ってしまったのだと。


「あっ、王子様また来てたんだ! 今日も鶏団子のスープとっても美味しかったよ、ありがとう!」

「──それは良かったな」

 

 近付いて来ていた小さな軽い足音と、響く元気な声にようやく私は我に返る。

 セラ様の腕の中から見下ろせば、そこには六歳くらいの少年がにこにこ笑顔で立っていた。


「あれ……そのお姉さん、だあれ? どうしたの?」

「ああ、いつも話していただろう。これが私の女神だ。永い眠りからようやく今日、目覚めた」

「ええっ! すごいっ! 本当に王子様の女神様はいたんだ!! おかあさーんっ! 女神様が起きたってー!!」


 私が何か声を発する間もなく、少年は大声で叫びながらすごい勢いで駆けて行ってしまった。なんだか……聞き捨てならないような言葉を沢山聞いてしまったような気がするのだけれど。


「セ、セラ様? 一体どういう……」


 私を見降ろしたセラ様は、少し悪戯っぽい顔でにやりと笑った。


「今に分かるさ」


 次の瞬間。

 少年の声を聞いたらしい大人たちが、一斉にこちらを振り返った。


「王子様ー!! 良かったですね!!」

「おめでとう、これから二人幸せにね!!」

「女神様!! 王子様と仲良くしてあげてね!」

「おめでとう」

「おめでとう!」

「おめでとうございます!!」


 炊き出しのスープを片手に持ち、皆が嬉しそうに手を振ってくれる。

 一体どういうことなのかと戸惑う私を尻目に、セラ様は良く通る声で叫んだ。


「皆、ありがとう! 私の女神がようやく目覚めた! これからは彼女と共に顔を出すこともあるだろうから、その際には良くしてやってくれ!」


 わあ、っと人々が手を叩く。

 あまりに多くの視線に晒され、なんだかめまいまでしてきたようだ。へたりと頭をセラ様の身体に倒し、僅かの間目を閉じる。

 その瞬間、軽いリップ音と共に、つむじに柔らかな感触が触れた。


「「キャーッ!!」」


 黄色い歓声が空気を震わせる。

 

 今すぐ私を気絶させて欲しいと神に願ったのは、仕方のないことだろう。

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