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王子様が可愛すぎるのですが

「殿下、しっかり噛んでたくさん召し上がって下さいね」

「うん、ミリアの料理は今日もおいしいね」

「あら、ありがとうございます。おかわりもありますよ」


 嬉しい言葉にふふっと笑い、汚れた口元をナプキンで優しく拭う。もっくもっくと動く小さな唇と膨れた頬がなんとも可愛らしい。キラキラと輝くブラックダイヤモンドのような瞳は、デザート用に添えた苺を時折確認しているようだ。気恥ずかしいのか隠しておられるけれど、殿下は甘いものが特別お好きでいらっしゃるのだ。

 殿下は好物を食事の最後に召し上がる。苦手な野菜のお料理も、それらの好物が待っていると思えば頑張って食べられるようなのだ。嫌だとか、食べたくないと駄々をこねることもなく。そうやって自分で考え、きちんと行動に起こして結果を出せる。まだ七歳だというのに、もう少し我儘を口にしてくれたらと思うほど手のかからない良い子である。

 本来私のような使用人を同じテーブルに座らせて、こんな質素な食事をさせていい方ではないのに。

 おいしいねと朗らかに笑う少年に微笑み返し、心苦しさは一旦忘れて私も食事に戻ることにした。

 


 私はミリア・アースノー。アースノー伯爵家の娘だ。そしてこのお方はセラファン・プレジ・オーヴレイ──その名の通り、このオーヴレイ国の第三王子殿下である。本来は王城内の豪奢な部屋で幾人もの使用人たちに(かしず)かれ、何不自由ない暮らしを送るはずの立場だというのに……。

 ここは城の敷地の端にある()()とは名ばかりの質素な屋敷。何代か前の王の愛妾が病に倒れた際、周囲への罹患を恐れて建てられたものらしい。肌に湿疹ができ、評判だった見目の美しさが失われると途端に王からの寵愛も薄れたのだとか。かといって、散々民からの血税を投じ贅沢をさせ着飾らせた彼女を今更市井に放り出すのも外聞が悪いからと、押し込めるようにここへ移動させたらしい。本棚に残された彼女の日記に赤裸々な暴露が記されていて、それを見つけた私は咄嗟に棚の高い位置に隠してしまった。勝手に捨てるわけにもいかないが、うっかり殿下が見てしまったら教育に悪そうな品であったから。

 そんないわくつきの屋敷に住むのは、今や殿下と私の二人だけ。初めはもう少し多くの使用人たちがいたのだ。料理人や侍従、ランドリーメイドや庭師など……。しかしとある事情から、波が引くようにひとりまたひとりと彼らはここを去ってしまった。仕方がない部分もあったとは思う。

 殿下の近くにいると、それだけで体調に支障をきたすのだ。


 殿下は呪いを受けている。初めは三年ほど前、私が十六歳で成人し、城で働き始めてすぐの頃だった。白く艶やかだった殿下のまあるい頬には黒く禍々しい模様の痣が浮き、時折体中に痛みが走るらしく錯乱して暴れまわってしまう。幼い殿下には耐えがたい苦痛だったであろう。周囲の使用人たちはせめて己の爪で肌を傷付けることだけでも防ごうと、必死で殿下を拘束しようとした。たった三、四歳の幼児である。鍛え上げられた屈強な身体を持つ護衛騎士からすれば、片手で悠々と抑え込めるはずだった。でも、出来なかった。

 殿下に触れた途端バチリと雷撃が走り、騎士たちの手には切り傷が出来た。手袋をしても道具を使っても駄目だった。助けを求める幼い殿下と使用人を引き離そうとする、なんて陰湿な呪いだろう。さらには直接触れ合ってさえいない侍女たちまでも、同じ室内にいただけで体調を崩しはじめた。吐き気やめまい、動悸。時が経てば経つほど症状は酷くなり、発作の起きていない時でさえも殿下の世話はままならぬ状況になっていく。

 そんな中偶然殿下付きとなった私だけは、何故か平気だったのだ。まだ年若く、見習いと言ってもいい勤めて間もない私が。殿下に問題なく触れられ、一緒の空間にいられるというだけの理由で、専属かつ唯一の侍女となったのだった。


 当初は同情の声も大きかったし、被害を受けたのは尊き立場の幼く可愛らしい王子である。国内有数の医師や薬師、魔法師や魔女など数多の有識者たちが集められ、解決法を探した。それが駄目なら内密に国外からも解呪師や呪術師といった著名な技術者たちが招喚された。

 結果、殿下のこの症状が強力な呪いであることは判明したものの、解呪方法は一切分からないとのことだった。私だけが殿下に触れられる理由も不明のままだ。

 幸いにも殿下は手のかかる子ではなく──否が応でも大人にならざるを得なかったのだろうが──大抵のことは自分でできたし、私の言うこともしっかり聞いて理解してくれたから言うほど仕事は大変ではなかった。殿下と直接関わらない範囲で掃除や洗濯などは他の使用人も手伝ってくれたし、金銭面での苦労もなかった。けれど、精神面ではまた違う。

 初めはやはり、使用人たちの間から流れた噂であった。有識者たちを各地から集めた為に、関わり合う人が増えてしまったせいもあるのだろう。セラファン殿下は呪われている。セラファン殿下の呪いは周囲にもうつる。セラファン殿下は世話を焼いてくれる使用人を傷付ける。わがままで癇癪持ちの王子はついに見放され、離宮に幽閉されたのだと。悪意ある話が水面下で確実に広がっていった。

 たった三つか四つの子供が一体何をしたというのだろうか。ただにこにこと笑って、しかし幼いながらも王族として己の境遇を理解しつつあった賢い幼児が。呪われたのも、セラファン殿下の側に何か問題があったからではないのか、と。そのように囁かれ始めたのだ。

 セラファン殿下が良い子であるのは、少しの時間見ているだけでもすぐに分かることだ。けれど同じ空間で過ごせるのが私だけになり、時が経つにつれ働く人々も入れ替わって、殿下と直接会った経験のある者はどんどん減っていった。

 ──こんなにも良い子なのに……。心無い噂の数々に、私はひとり唇を噛んだ。


 セラファン殿下は正妃様の第二子であり、その美しい金髪は姿絵の正妃様にそっくりだ。当の正妃様はセラファン殿下を生んですぐに亡くなっているので、本人に母の記憶はないであろう。父は当然この国の王であり、日々公務に忙殺されていると聞く。既に跡継ぎがいるためか他の理由があるのかは分からないが、正妃の座は空席のままだ。

 近隣国の王家から政略上の理由で嫁いで来られた側妃様は男児をひとり生んだ後、すっかり自分の宮に引きこもっておられるという。基本的に国から連れて来た側仕えしかおいていないため、詳しい情報は入ってこない。年に一度王家主催の夜会でだけは最初に顔を見せるそうだけれど、同僚たちによるとたいそう儚げでお美しい方らしい。もしかすると病弱なのかもしれない。当然お見舞いに行くことも、来ていただくことも不可能なのだからどうしようもないのだが。

 国王陛下も子供が可愛くないわけではないだろうが、基本的に身分ある立場の方々は己の手で子育てなどしない。本来ならばある程度大きくなってから公務などで顔を合わせる機会もあったはずだが、セラファン殿下は呪いの影響があるせいでそれさえも叶わない。万が一にも国王が体調不良に倒れたりなどすれば、国政に支障が出るからだ。

 同母の兄である王太子マルスラン殿下、側妃の息子である第二王子イグナース殿下とも関わり合いはほとんどない。マルスラン殿下からは唯一誕生日に毎年贈り物が届くけれど、メッセージカードもついていないのでどう思われているのかは分からない。年齢に合った玩具や美しい装飾品など貴重な物も多いけれど、手配しているのは侍従だろうか。これらは然るべき時の為にしっかりと手入れをし、保管してある。将来どうなるか分からないセラ様にとって、これらの資産は生命線にもなりうるだろう。

 イグナース殿下は城で王子教育を受けつつ、生活は側妃様がこもっている宮で送っているそうだ。行き来もあるし忙しいのかこちらとの付き合いはなく、同僚たち曰くあまり目立つことを好まない王子とのこと。側妃様に似たサラサラの茶色の髪の繊細そうな美男子らしい。私の赤毛は雨の日になるとうねって大変なことになるので、少し羨ましいなと思う。


 セラファン殿下の現状は到底王族として正しい環境ではないし、血のつながった家族との縁も極めて薄い。本来与えられるはずだった最高級の教育も受けられず、自由に外を歩くこともままならない。屋敷は質素でみすぼらしく、直接関わり合いになるのはただの伯爵家の娘であるこの私ひとりだけ。

 そんな状況であるというのに、実は私自身はこの小さな世界で殿下と過ごす日々をことのほか楽しんでいた。一歩外に出れば殿下の呪いについて悪意ある噂にさらされ、ついでに専属である私も穢れた者のように扱われることもあったけれど。

 殿下の聡明さと可愛らしさは私自身が十分理解しているし、そんな悪意溢れる世界に殿下を出して傷付けるくらいならずっとこのままの方が良いのかもしれない。そんなこと絶対に口外したりは出来ないけれど、でも。


「ミリア、このスープとってもおいしいね。僕もっとたくさん食べたいな」

「まあ、それはようございました。今おかわりをお持ちしますね」

「ねえ、ミリア。……ミリアはずっと僕といっしょにいてくれる?」

「殿下……。ええ、もちろん。ミリアはずっと、殿下のおそばにおりますわ」


 私は、殿下をこの腕の中から離したくなかった。

 これが一介の使用人として、またこの国の民として王族を敬う心をとうに超えた気持ちであることは分かっている。一緒にいすぎたのだと思う。二人きりで、この暖かな時間を過ごして。一度失った胸の中の温もりを思い出してしまったら、もう二度と失うことなんて考えたくもない。

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