第35話 その美少女、自分を証明する
「あんた、セレスティアっていうんでしょ?」
その声に、俺――ミナモ=セレスティアは、飲み屋『ウサってバニー!』でバニーガールとして働いていた。
俺の目の前にいるのは、先日、コンテストで一悶着あったロザリーだった。
「え? ああ、そうだけど」
「ふうん……ま、プレイヤーネームは同じ名前を誰でも付けられるからね」
「へえ、そうなんだ?」
俺の返答にロザリーが目を細める。
「しらじらしいわね! どうせ、あんたも“あの”セレスティアから命名したんでしょ。最近多いからね、セレスティアって名前」
ん? セレスティアって名前、そんなに多いのか?
それに、“あの”セレスティアって何だ?
もしかしてレナは勝手に他人の有名な名前を付けたのか?
しかし、そんな有名プレイヤーがいるのか。
「ロザリー、よく知ってるなぁ」
「常識でしょ!」
「え、そうなのか……」
俺が知らないことが常識だと断言され、思わず曖昧な返事をすると、ロザリーは苛立ちを露わにした。
「まったくもう!」
不機嫌そうに、ロザリーは手元の飲み物をゴクゴクと煽る。
そうか、レナはゲームのことなんてほとんど知らないんだったな。
というか、俺も全然ゲームの事を知らない。
ゲームを始めてこの世界に放り込まれてから、がむしゃらに生き残ることで精一杯だった。
今後ゲームのことで困ったら、ライヴェルとかロザリーみたいな詳しい奴に聞くのが手っ取り早いのかもしれない。
「そういえばさ、そのセレスティアって人って、どんな人なの?」
俺の素朴な疑問に、ロザリーはきょとんとした顔でこちらを見た。
「は? あんた本当に知らないの?」
「ん~、自分以外のセレスティアに会ったことないんだよね」
「ふぅん、たまたまかしら? まあいいわ。私たちの憧れ、セレスティア様のことを教えてあげるわ」
なんだ、有名なセレスティアも「セレスティア様」と呼ばれているのか。
レナはそこまで真似たのか。
「突如現れたプレイヤーでね、謎に包まれるの。そんなところも魅力的なのよ!」
「ほうほう、突然?」
「それで、あのクリア不可と言われたダンジョンをクリアした人で!」
「ほうほう、クリア不可のダンジョンを?」
ロザリーは興奮気味に語り続ける。その話は、やけに心当たりがある内容だった。
「そして、実在しているのか謎だった、あの『白薔薇の加護』の装備をまとってるっていう噂なの!」
「ほうほ……え? 『白薔薇の加護』?」
俺は思わず素っ頓狂な声を出した。
そのスキルは、紛れもなく俺が持つものだ。
「極めつけは、巷でプレイヤーを襲ってるっていう、あの邪悪なユニークモンスターを倒したって話もあるわ」
「ユニークモンスター……」
漆黒の狼が脳裏をよぎる。
あれも俺がとどめを刺したが……
「あと……これはさすがに嘘情報だと思うんだけど、あの『運営』さえも倒したって噂もあるわ! これは盛りすぎな話だけど」
「ほぉ~……」
ロザリーは目を輝かせ、興奮冷めやらぬ様子で話し続ける。
その話に出てくるセレスティアは、どう考えても俺ではないか?
え? 俺は有名人なのか?
俺は恐る恐る口を開いた。
「あの……そのセレスティアってさ、誰だと思う?」
ロザリーは、少し冷静になったのか、腕を組んで考える素振りを見せる。
「まあ、噂話だから。本当に実在するか分からないけど、麗しい人に決まってるわ」
「実はさ、その人を知ってるんだけど」
俺は自分を指さしてみた。
ロザリーはきょとんとした顔で、数秒間、瞬きもせずに俺を見つめた。
そして、突如として腹を抱えて笑い出した。
「……ぷ! あっははは! 面白い冗談ね!」
「いや、冗談じゃないんだけど……」
「次にセレスティア様を名乗ってみなさい。私が正式にぶっ飛ばすわよ」
マジかよ。
なんでセレスティアが好きな奴って物騒な奴が多いんだ?
しかし、やっぱり信じてもらえなかったか。
『白薔薇の防具』でも見せるか?
でも、あれ、恥ずかしいんだよな……
まあ、別に信じてもらえなくてもいいか。
すると、店の奥から店主のローズが近寄ってきた。
「おーいミナモちゃーん。あっちのテーブルのお客さんの対応お願いしたいんだけどー」
「あ、はい。すぐ行きます」
ローズさんの声に、ロザリーがハッと顔を上げた。
「ちょっと! あなた、今ミナモって言った?」
「そうだけど。最初に伝えてたよね?」
俺は初めに自己紹介したはずだが、どうやらロザリーの耳には入っていなかったらしい。
「ミナモ=セレスティア……そのまんまじゃない! やっぱりあんた、パクリじゃないの!」
パクリになってしまった。
いや、俺なんだけど……
なんか面倒になってきたな。
このまま説明しても信じないだろうし、どうしたものか。
こうなったら、最終手段だ。
「ロザリー、ちょっと待ってろ。ローズさん、ちょっとの間だけ外出します! 数分で帰りますので!」
「へ? どうしたの?」
「ちょっと野暮用で!」
俺は急いで店を飛び出した。
ある目的のために。
◇
「ふう、めっちゃ走った……」
数分後、俺は息を切らしながら店に帰ってきた。
目的は、俺のクラン《暁の方舟》のライヴェルを連れてくることだった。
店に入る前に、ライヴェルは困惑した顔でこちらを見ている。
「さ、入って入って」
「え!? このお店、入って大丈夫なんですか?」
「ええ、大丈夫ですわ!」
そういや、この店、女性しか入店できないんだったな……
まあいいか、ちょっとだけだし。
ドアのカランコロンというベルの音が鳴り、ローズが驚いた顔で近寄ってきた。
「あ! 男性はご遠慮願います! ……ってミナモちゃん?」
「すみません! ちょっとだけ!」
「ちょっとだけって……」
ローズが制止するのは分かっていた。
だから、ここは一気にロザリーに説明だ。
俺はライヴェルの腕を引っ張り、ロザリーの目の前に連れてきた。
「え!? お、男!?」
ロザリーが目を丸くして叫ぶ。無理もない。
「えっと、この人はお世話になってるクラン《暁の方舟》のライヴェルって言うんだけど」
「え、あの《暁の方舟》!? って、ライヴェルじゃん!」
ロザリーの驚いた声に、俺は首を傾げる。
「知ってるの?」
「知ってるも何も、超有名クランの超有名人だし……」
ライヴェルは照れながらポリポリと頭をかいている。
「そう言われると、お恥ずかしいです」
《暁の方舟》のことも、ライヴェルのことも知っているなら、話は早い。
しかし、ライヴェルって有名人だったのか。
「で、ライヴェルさん。私って、ミナモ=セレスティアですよね?」
「え? 一体どうしたんですか?」
ライヴェルは状況が掴めないといった様子で、俺とロザリーを交互に見た。
「この人……ロザリーって言うんですけど、私の事を信じてくれなくて」
「え、セレスティア様をですか?」
「ええ、そのようなのです。残念ながら」
俺の言葉を聞き、ライヴェルは自分が呼び出された意味を察したようだった。
ライヴェルはロザリーの方を向き、深々と頭を下げて声を掛けた。
「この方は、あの『神速の白薔薇、セレスティア様』ですよ。私たちのクラン《暁の方舟》に所属しております」
ライヴェルの言葉に、ロザリーは目を丸くし、口をぽかんと開けたまま、俺を凝視していた。
「へ……? ほんもの?」