第26話 その美少女、大手クランと出会う
新居は、想像以上に快適だった。
豪華な内装に、備え付けの家具。
広々としたベッドは、これまでとは比べ物にならない安らぎを与えてくれた。
しかし、その快適さとは裏腹に、俺──ミナモ=セレスティアの胸中は穏やかではなかった。
何しろ、優勝賞金1000ゴールドと引き換えに、まさかの借金9000ゴールドを背負ってしまったのだ。
「はぁ……」
思わず、深いため息がこぼれる。
当面は金策の日々になるだろう。
せっかく優勝して、旨いものでも食べに行こうとしていたのに、それも当分お預けだ。
「お兄ちゃん! 今日も一日、がんばろうねー!」
俺のそんな内心を知ってか知らずか、隣でレナが元気いっぱいに両手を広げて伸びをしている。
その無邪気な笑顔が、どこか腹立たしい。こいつは本当に天然だ。
はぁ、と再びため息をついた、その時だった。
ふと、強い視線を感じた。
どこからだ? 反射的に辺りを見回す。
窓の外に目をやると、新居の門の前に、一人の女性が腕組みをして立っていた。
その視線は、確かに俺に向けられている。
◇
「なあ、外にいるやつって、お前たちの知り合いか?」
念のため、レナとグラージョに尋ねてみる。
二人も窓の側に立ち、外の女性を確認している。
「いや、知らねぇですね」
「誰だろうね」
やはり知らないか。
しかし、これだけ堂々と家の前に立たれていると、無視するわけにもいかない。
どうせ、俺に用事があるのだろう。
「じゃあ、ちょっと行ってくるから、お前たちはここで待ってろよ」
「え? 出るの? あんなに怪しいのに?」
レナが不安そうに眉をひそめる。
「この家の庭の中なら安心だろ? それに、相手も一人だしな」
「あ! たしかに!」
俺の言葉に納得したのか、レナはパッと表情を明るくした。
結局レナとグラージョが俺の後ろをついてくる。
門の前まで行くと、腕組み仁王立ちという、なんとも威圧的な立ち姿の女性が目の前にいた。
「何か、わたくしに御用で?」
セレスティア様らしさを意識して、少しばかり上から目線の口調で問いかける。
「あなたがセレスティアさん? お話を伺いたいんですが、可能でしょうか?」
女性は無表情のまま、まっすぐに俺を見つめてくる。
その視線に、妙な圧を感じる。
「わたくしの名前を知ってらっしゃるのですね。ここで伺っても?」
「ここで、ですか……まあ、今は誰もいませんので平気ですが」
何か隠し事をしたいのか?
嫌な予感が脳裏をよぎる。
「セレスティアさん。あなた、ユニークモンスターを倒したというのは本当ですか?」
「まあ、いきなりのご質問ですこと。お名前も存じ上げない方に、そう軽々しくお答えすることはできませんわ」
俺がとぼけてみせると、女性は少しだけ目を見開いた。
「あ……これは失礼いたしました。私はクラン《白銀の翼》のマスターをしております、コロモチと申します」
「これはこれは。コロモチさん、初めまして。わたくし、ミナモ=セレスティアと申します」
クランのマスター?
《白銀の翼》……聞いたことのない名前だが、ユニークモンスターの件を知っているあたり、それなりのプレイヤーなのだろう。
「あの、本題になりますが、我がクランではユニークモンスターの情報を集めております。セレスティアさんの持っている情報を買い取らせて頂くことは可能でしょうか?」
「え!? 売ります!」
レナが目を輝かせ、前のめりになった。
「レナ、ちょっと黙ってろ」
俺はレナを制する。
情報の買い取りか。
確かに、原因不明の謎のモンスターの存在は、誰にとっても知りたい情報なのだろう。
しかも金で買い取ってくれるとは、今の俺にとっては渡りに船だ。
しかし……
「コロモチさん? 申し訳ありませんが、わたくしのクランとも相談させて頂けるかしら?」
あくまで冷静を装って、俺はそう答えた。
「はい、良いご返答をお待ちしております」
「あの! いくらで情報を買ってくれるんですか?」
レナが食い下がって質問する。
「買い取り金額ですか? 内容次第でもありますが……だいたい10000ゴールドでどうですか?」
「え、1万……? えと……まあそうですわね。ユニークモンスターくらいなら、それくらいが妥当かしら?」
いきなり1万ゴールドという金額を提示されて、さすがの俺も少し気が動転した。
レナの目は完全に「¥」マークになっている。
ここは俺が冷静に振る舞い、さらに金額をふっかけたいところだ。
「どちらにせよ、検討させて頂きますね」
「はい、明日にまた伺わせていただきます」
コロモチはそう言うと、一礼して去っていった。
その足取りは、どこか急ぐようにも見えた。
◇
その後、俺はクラン《暁の方舟》の拠点に来ていた。
ライヴェルに今回の件を相談するためだ。
「《白銀の翼》のコロモチさんがいらっしゃったのですか? 本当に?」
俺の説明を聞いたライヴェルは、心底信じられないといった様子で俺を疑いの目で見つめている。
そんなに信じられないことなのか?
「たしかに、そう自己紹介されましたわ」
「《白銀の翼》は有数のトップクランですね……そこのマスターなんて、私も見たことがないので存じ上げませんが」
「ほう、トップクラン?」
予想以上の反応に、俺は少し驚く。
「して、その《白銀の翼》は何用で?」
俺は、コロモチがユニークモンスターの情報を買い取りたいと言ってきたこと、そして俺たちが家を買ったことで借金を背負っていることも含めて、事の顛末を説明した。
「なるほど、確かに《白銀の翼》ほどの大手であれば情報が欲しいでしょうね。あそこはユニークモンスターの被害に相当悩まされているでしょうし」
「被害、ですか」
「はい。大手のクランになれば、それだけ活動範囲も広く、被害も甚大です。少しでも被害を減らしたいのと、ユニークモンスターを打倒したいという純粋な欲求もあるでしょうが」
ふーむ、確かに倒されればキャラクターが削除されるというリスクを少しでも減らしたいという気持ちも分からなくはない。
いや、しかし本題はそこじゃない。
俺が聞きたいのは、ユニークモンスターの情報料の相場だ。
「ところで、ライヴェルさん。ユニークモンスターの情報は、いかほどの相場になるでしょうか?」
「相場、ですか……難しいですね。他の例が無いので。ただ……最低でも10万ゴールドはくだらないかと」
え、10万ゴールド!?
隣では、レナがよだれを垂らしていた。