第25話 その美少女、家を買われる
俺──ミナモ=セレスティアは、コンテストで手に入れた優勝賞金、1000ゴールドを握りしめていた。
「レナ、これで当分の生活費は安心だな」
「だねぇ! 美味しいものも食べれるね!」
「おう! 優勝祝いでもするか!」
レナも、そして俺も上機嫌だった。……その時までは。
◇
コンテスト会場を後にしようとした俺たちの目に、見慣れた顔が飛び込んできた。
クラン《暁の方舟》のライヴェルだ。
そういえば、後でクランハウスに来てくれと言われていたのを思い出し、俺たちはそのままクランハウスに立ち寄った。
「セレスティア様、コンテストで優勝されたようですね。さすがです」
ライヴェルは俺たちを見るなり、驚いたように目を見開いた。
さすが、情報が早い。
隣でレナが「フフン!」と鼻息を荒くしている。
「いえ、運が良かっただけですわ」
「しかし、まさかあの『にゃんてったって☆アイドル!』を披露されるとは思いませんでしたよ」
「うぇっ!? ご、ご存じでらしたんですね……?」
そこまで知っていたのか……
ライヴェル、お前もアイドル好きだったのか……?
心の中でツッコミを入れていると、ライヴェルが居住まいを正した。
「そういえばセレスティア様、まだ宿屋に泊まられているんでしたよね?」
「え? はい、そうですわね」
「であれば、優勝賞金で『マイハウス』を購入されてはどうでしょうか?」
『マイハウス』? いったいなんだそれは?
俺がレナの方を見ると、レナも同じように「『マイハウス』?」と首を傾げている。
こいつ、このゲームの事をなんも知らないんだな……
「宿屋で宿泊費を払うより、長期的に見れば得だと思いますよ」
「はい、なるほど……?」
「まぁ……自宅のようなもので、アイテムを格納したり、オリジナルのハウジングが出来たりと人気ですよ」
ライヴェルは俺たちが『マイハウス』を知らない事を察してか、丁寧に説明してくれた。
たしかに、長期的に見れば宿代を払い続けるよりは得なのかもしれない。
「値段も立地も、ピンキリですのでゆっくりと探してみるのが良いかと思います」
「ご助言ありがとうございます、そうしてみますわ」
そう言って、俺たちはクランハウスを後にした。
◇
「お兄ちゃん! 家、買いたいね! すぐ買おうよ!」
「いや、いきなりは見つからんだろ……」
レナはもう家を買う気満々だ。
俺も多少の興味はあるが、いきなり家を買うということに実感が湧かない。
「あ! あの家、売ってるみたいだよ!」
「へっ?」
レナが指さした先にあったのは、大きくはないものの、豪邸のような豪華さを湛えた一軒家だった。
門には、『販売中』と書かれた看板が立てられている。
「お兄ちゃん! この家、セレスティア様にピッタリじゃない?」
「そのセレスティア様で全てを判断する癖、やめてくれよ。ってこの家、高すぎじゃないか?」
「え? うーんと、10000ゴールドだね」
俺たちがコンテストで手に入れた賞金が1000ゴールド。
そして、この家が10000ゴールド。
……10倍だ。高すぎる。
「この家は無理そうだな」
「え? でも買えたよ?」
「……え?」
一瞬、レナが何を言っているのか分からなかったが、すぐに理解した。
レナは販売中の看板に付いていた『購入ボタン』を、何の躊躇もなく押したようだった。
すぐに看板の表示が変わり、『購入済み:レナ』となっていた。
「お前……俺たち1000ゴールドしか持ってないんだぞ!?」
「でも買えたし、割引だったのかなぁ?」
「そんなはずないだろ……あ! サイフの中の金がなくなってる!」
コンテストで貰ったばかりの優勝賞金が、跡形もなく消え去っている。
そして、代わりにサイフの中には一枚の紙きれが入っていた。
「なんだ、この紙きれは?」
「なになに?」
レナがサイフの中の紙きれを取り出し、広げてみた。
そこに書かれていた内容は、俺の目を疑うものだった。
『マイハウス購入のため、9000ゴールドの借金が発生しました』
「おいレナ! なんか、すげぇ金額の借金になっちまったぞ!」
「ふーん?」
「え? ふーんて……」
こいつ、分かってるのか……?
俺の焦りをよそに、レナは首を傾げた。
「でも、宿代を払うなら借金を払った方が良くない?」
「え? そういうもんか?」
「だって宿代なんて払っても、宿を貰えるわけじゃないんだよ?」
言われてみれば、そういう気もする……
なんか俺が間違ってるのか……?
「でもこれでさ、おうち買えたね! 宿屋から荷物取ってこようよ!」
「えっと……そ、そうだな……」
レナに丸め込まれた感じはするが、俺たちは家を買った。
いや、正確には「買われた」という言葉の方が正しい気もするが。
◇
宿から荷物を回収し、俺たちは新居に向かった。
「じゃあ、お兄ちゃん。門、開けてみるね」
小さいながらも立派な門構えだ。
それを恐る恐る、レナが開ける。
門はギーという音とともに、ゆっくりと開かれた。
中に入ると、小さな庭が付いている。
家も綺麗な戸建てで、ファンタジーの世界にぴったりの様式だ。
「この家さぁ、セキュリティも万全みたいでさ。他の人たちは入れないらしいよ」
「へぇ、そりゃいいな。安全なのは良い事だ」
「良いですねぇ、女のあたい達にとってはセキュリティは大切ですからね」
……ん?
聞き慣れた声が横から聞こえる。
横を見ると、グラージョがいた。
「お前、いつの間に……?」
「そ、そんな……コンテストの時からずっと居ましたけど……なんなら、一緒に喜んだりしたんですけど……」
「え……? そ、そうか」
まったく記憶にないが、いたんだろうか?
いや、記憶に薄っすら覚えがある気がする。
こいつ、いつも存在感が薄すぎないか?
グラージョは少し、涙目になっていた。