第1章:閉ざされた未来
「隆之介、別れよう。ごめん、私……隆之介と一緒にいると、未来が見えないんだ」
恋人である里奈の声は静かだったが、俺の心を鋭く切り裂いた。
俺、足立隆之介はいきなり切り出された別れ話に彼女の部屋のソファで凍りついていた。5年間、里奈の笑顔が俺の生きる理由だった。
彼女の栗色の髪が揺れ、耳元の髪を触る癖が目に入る。いつも愛おしかったその仕草が、今は冷たく心に突き刺さる。
「未来が見えないって……どういう意味だよ? 里奈、頼む、教えてくれ」
声が震え、喉が締め付けられる。
5年間、彼女と築いた時間が、彼女には無価値だったのか。彼女の目が俺を避ける。
俺は彼女の未来に必要ない。
その事実に、胸が粉々に砕ける。
「話しても変わらないよ。ごめん、隆之介。これ以上は無理」
里奈は視線を逸らし、また耳元の髪を触った。彼女の言葉が俺の存在を否定する。俺は彼女にとって何だったんだ? 絶望が心を飲み込む。
「……わかった。今までありがとう」
何も納得できてない。
でも、これ以上ここにいても何も進展しない。ただそれだけは理解できた。
立ち上がり、彼女の部屋を後にする。背中に響く「ごめん」が小さく、鋭く刺さる。
外の夜風が涙を凍らせた。
自宅に戻っても頭は混乱し、心は空っぽだ。
里奈の笑顔が脳裏に焼き付く。
彼女のいない世界なんて耐えられない。
「未来が見えない」という言葉が俺を無価値に突き落とす。そんな絶望の中、ふと机の上を見ると、里奈が置いていった乙女ゲーム『星巡りの聖女』のディスクが目に入る。彼女が夢中だったゲームだ。
俺には無縁だったが、今はそれに縋りたくなる。
「やって……みるか」
ディスクをゲーム機に突っ込み、スタートボタンを押す。里奈の痕跡にしがみつくように、画面に逃げ込んだ。
3日間、徹夜でゲームに没頭した。食事も睡眠も忘れ、ただひたすらにプレイした。心の痛みを麻痺させるように、コントローラーを握り続けた。
結論から言うとこのゲームにハマった。
重厚で感動を誘うストーリー魅力的なキャラクター達に女性用ゲームながら引き込まれてしまった。
特に心を奪われたのは、公爵令嬢クラリッサ・フォン・ローレンス。真紅の髪、サファイアの瞳、気高くも脆い公爵令嬢。婚約者の裏切りに涙する姿が、里奈に棄てられた俺の傷に響いた。彼女の悲劇は俺の無力感と重なる。彼女が報われるエンドが欲しかったが、そんなエンドは存在しなかった。
ゲーム自体はハッピーエンドでも彼女にはバッドエンドしか存在しない。
「クラリッサ!!俺が幸せにしてやるーーーー!!」
そう叫びながら思い切り立ち上がると、立ちくらみが襲った。3日間の徹夜が身体を蝕み、視界が揺れる。足がもつれ、床に倒れ込む。その過程で頭が机の角に激しくぶつかり、鋭い痛みが走る。視界が暗転する。
「里奈……」
意識が闇に沈む前に思い出すのは、やはり里奈との思い出だった。