表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

童伝

作者: にっしー

ホラーだけど童話チックに作成してみました。

### 第一章 ―― 赤ずきんの森


 その村では、昔から「夜に森へ入ってはいけない」という言い伝えがあった。


 大人たちは子供に語り継いだ。


「赤ずきんの少女が狼に襲われた森は、今も生きている。狼は倒されたが、その呪いは消えていない。夜になると、森の奥から赤いフードを被った何者かが歩いてくる。声をかけられても、絶対に答えてはいけない。もしも答えてしまったら……その人間は消えてしまうのさ」


 リサはその話を聞くたびに、胸が高鳴った。彼女は14歳。好奇心と少しの反抗心を抱えた少女だった。


「そんなの、ただの迷信でしょ?」


 ある日、リサは村の掟を破り、夜の森へと足を踏み入れた。


 月明かりが照らす小道を進むと、森は次第に暗く、音のない世界へと変わっていった。


 カサ……。


 後ろで何かが動いた。


 リサは振り返った。


 そこには、誰もいない。


 ……はずだった。


 しかし、気配は確かにあった。


 次の瞬間、森の奥から、カツ……カツ……と靴音が響いた。


 そして、低く甘い声がささやいた。


「……お嬢さん、どうしてこんな夜に?」


 リサの背筋に、冷たいものが走った。


---


### 第二章 ―― 声の主


 リサは足を止めた。心臓が早鐘のように打ち、冷たい汗が背中を流れた。


「……誰?」


 口にした瞬間、リサは後悔した。


 声をかけられても、絶対に答えてはいけない。


 大人たちはそう言っていたのに。


 静寂が森を包む。


 次の瞬間、木々の間から赤いフードを被った少女が現れた。年齢はリサと同じくらい。しかし、顔は影に隠れ、表情が読み取れない。


「あなた……私のこと、知らないの?」


 少女の声は、リサの耳に響くように甘く、どこか懐かしさを感じさせた。


「私は……」


 リサは息をのんだ。だが、その時、少女の足元に広がる影が不自然に揺れ動いた。


 まるで、夜の闇そのものが形を持って蠢いているようだった。


「帰らなきゃ……」


 リサは無意識に後ずさった。


「どうして?」


 少女は首をかしげた。


 その仕草が、妙に人間らしくない。


 リサは全身に恐怖を感じながら、背を向けて走り出した。


 しかし、足音が一つ増えていた。


 少女も、ついてきている。


「待って。あなたは……私なのよ。」


 その言葉が、リサの背筋を凍らせた。


---


### 第三章 ―― 影の正体


 リサは全速力で駆け抜けた。枝が顔をかすめ、足元の小石が弾ける。だが、後ろの足音はピタリとついてきた。


「私から逃げられると思うの?」


 その声は、まるでリサ自身が話しているかのように聞こえた。


 森の奥へと走るうちに、リサはふと気づいた。見慣れた木々が、微妙に違う。これまで何度も訪れたはずの森なのに、道がねじ曲がっているようだった。


「おかしい……どこに向かってるの?」


 赤いフードの少女がゆっくりと歩を進める。彼女の足元の影は、まるで生き物のように揺れ、広がっていく。


「やめて……来ないで……!」


 リサは目をつぶり、耳をふさいだ。次の瞬間――


 静寂。


 足音が消えた。


 ゆっくりと目を開けると、そこには何もいなかった。


「……夢?」


 しかし、彼女の胸の前には、一枚の古びた紙が落ちていた。


 ――『影はあなたの中にいる』


 リサは紙を握りしめた。心臓が、再び高鳴る。


---


### 第四章 ―― 境界の狭間


 リサは息を整えながら、震える手でその紙を握りしめた。


 『影はあなたの中にいる』


 それはまるで、彼女自身に語りかけるような言葉だった。


 「私の中に……影?」


 森は静寂に包まれたままだった。だが、周囲の木々の影が、わずかに揺らめいた気がした。風もないのに。


 リサはゆっくりと足を進めた。しかし、どこかに向かっているという感覚がない。まるで、森が彼女を呑み込んでいるかのようだった。


 ――カツン。


 突然、靴音が響いた。


 リサの背筋が凍った。


 さっきまで聞こえていた足音とまったく同じ音。だが、それは彼女自身のものではない。


 「……誰かいるの?」


 かすれた声で問いかけた。


 返事はなかった。


 次の瞬間、目の前の木々がざわめき、影の中から誰かが現れた。


 ――それは、リサ自身だった。


 同じ顔。同じ髪。同じ服。


 だが、唯一違ったのは、そのもう一人のリサの瞳。


 深い闇を宿し、底の見えない漆黒の瞳。


「あなたは……誰?」


 リサがそう問うと、影のリサは微笑んだ。


「あなたは、私なのよ。」


 その言葉を最後に、森が歪んだ。


---


### 第五章 ―― 影の囁き


 森が揺らぎ、リサの視界が歪んだ。


 「……私なのよ。」


 影のリサは微笑みながら一歩、また一歩と近づいてくる。リサは後ずさるが、足が震えて動かない。


 「嘘……そんなわけない……!」


 影のリサは首をかしげた。


 「嘘じゃないよ。私たちはずっと一緒だった。あなたが忘れていただけ。」


 その声は、リサ自身の声と寸分違わなかった。


 リサは必死に頭を振った。こんなはずはない。だが、影のリサは微笑みながら、そっと手を差し出してきた。


 「思い出して。あなたは、いつからここにいるの?」


 リサは答えられなかった。なぜなら――


 彼女は、この森を出た記憶がなかった。


 影のリサの笑みが深まる。


 「ねえ、一緒になろう。そうすれば、ずっとこの森で生きていけるわ。」


 リサの胸が強く波打つ。


 彼女は何かを思い出しかけていた。


---


### 第六章 ―― 迷い込む記憶


 リサの呼吸が乱れる。目の前にいる影のリサは、まるで自分そのもののように見えた。


 「私は……ずっと、ここにいる……?」


 その言葉を口にした瞬間、森の景色が変わった。


 リサの記憶が崩れ落ちるように、目の前に広がる森の木々が歪み、揺らぎ、まるで霧に包まれた世界へと変わっていく。


 ――カサッ。


 木の葉を踏む音がした。


 振り向くと、そこには幼い頃の自分がいた。


 白いワンピースを着た少女。無邪気な笑顔を浮かべ、リサをじっと見つめている。


 「あなた……誰?」


 リサがそう尋ねると、少女は口元に指を当て、静かに微笑んだ。


 「しーっ。思い出しちゃダメ。」


 その瞬間、リサの脳裏に幼い頃の記憶がよみがえった。


 ――かつて、彼女はこの森に迷い込んだことがあった。


 だが、その後の記憶が、ぷつりと途切れている。


 「私……ここで、何を……?」


 影のリサが近づく。


 「思い出してはダメ。でも、私と一緒なら大丈夫。だって……」


 リサは恐怖に震えた。


 影のリサが微笑みながら、囁く。


 「だって、あなたはこの森の一部なんだから。」


 その言葉を聞いた瞬間、リサの視界が暗転した。


---


### 第七章 ―― 消えゆく輪郭


 リサは暗闇の中で目を覚ました。


 辺りは静かで、森のざわめきも聞こえない。


 いや、違う。


 自分が音を聞くという感覚そのものが、曖昧になっている。


 リサは自分の手を見ようとした。


 だが、そこには何もなかった。


 「……え?」


 手がない。


 腕がない。


 自分の輪郭が、ゆっくりと森の闇に溶けていく。


 ――あなたはこの森の一部なんだから。


 影のリサの言葉が、頭の中でこだました。


 「……違う!私は……私は……!」


 リサは必死に叫んだ。だが、その声もまた、霧散していく。


 ――カサッ。


 闇の中で何かが動いた。


 気配を感じ、リサはそちらに目を凝らした。


 すると、遠くに一つの影が立っていた。


 それは、幼い頃の自分。


 白いワンピースを着た少女が、無表情でリサを見つめている。


 「私……?」


 リサが声を絞り出すと、少女は静かに頷いた。


 そして、一歩、また一歩と近づいてくる。


 「思い出して。あなたは、本当に“リサ”だったの?」


 リサの頭がぐらりと揺れる。


 記憶が、混ざる。


 過去が、歪む。


 彼女は、誰だったのか。


 「……私は……?」


 次の瞬間、影のリサが微笑んだ。


 「おかえりなさい。」


 その言葉とともに、リサの視界が完全に闇に飲み込まれた。


---


### 第八章 ―― 森の囁き


 リサの意識は深い闇に沈んでいた。


 どこまでも広がる黒。重く、冷たく、それでいて優しく包み込むような感覚。


 ――あなたは、森の一部。


 その声は遠く、まるで森そのものが語りかけているかのようだった。


 リサは浮かび上がる記憶を手繰る。


 かつて、この森で迷った幼い自分。なぜ戻れたのか。その記憶が曖昧だった。


 ――もしかして、私は……最初から帰っていなかった?


 影のリサの声が、そっと囁く。


 「受け入れなさい。あなたはここに属しているのよ。」


 リサは首を振った。


 「違う……私は……」


 足元から影が広がり、リサの体を包み込んでいく。


 「もう逃げられないわ。」


 影のリサが手を伸ばした。


 その瞬間、リサの目の前に光が差し込んだ。


 森の中に、ぼんやりとした白い光が浮かんでいた。


 「リサ……」


 それは、幼い頃の自分の声だった。


 「……思い出して。あなたは、本当にここにいるべきなの?」


 影のリサが苦しそうに顔を歪める。


 「ダメ。思い出したら……」


 リサは、光へと手を伸ばした。


 その瞬間、すべてが揺らぎ、森が悲鳴を上げるようにざわめいた。


---


### 第九章 ―― 境界線の崩壊


 森がざわめき、木々が震えた。


 リサの目の前に揺らめく白い光。それは彼女の記憶の断片なのか、それともただの幻なのか。


 「……私は、本当にここにいるべきなの?」


 幼い頃の自分の声が響く。リサはその言葉を反芻しながら、影のリサを見つめた。


 影のリサは微笑んでいた。だが、その瞳の奥には焦りが滲んでいる。


 「思い出しちゃダメ。あなたはここに属しているの。」


 影のリサが伸ばした手が、リサの肩に触れた。


 その瞬間、リサの体が重くなり、足元の影がさらに濃くなっていく。


 「ダメ……!」


 リサは叫び、咄嗟に光へと手を伸ばした。


 光が、彼女の指先をかすめる。


 すると、頭の奥深くで、何かが崩れた。


 ――記憶の扉が開く。


 彼女は、かつて森で迷ったことがあった。


 だが、それはただ迷ったのではなかった。


 あの時、彼女は既に“ここ”の存在と入れ替わっていた。


 「……私は……」


 リサの脳裏に鮮明な映像が流れ込む。


 幼いリサが森で泣いていた。


 そして、もう一人のリサ――影が、彼女に手を差し伸べていた。


 『大丈夫。怖くないよ。あなたは、もうここにいるんだから。』


 その瞬間、リサの目の前の影が一気に収縮し、黒い霧となって彼女に覆いかぶさった。


 「戻りたくない……!」


 影のリサが絶叫した。


 リサは全力で光を掴んだ。


 次の瞬間――


 彼女の世界が、弾け飛んだ。


---


### 第十章 ―― 真実の目覚め


 光が爆発するように広がり、リサの意識が引き戻された。


 気づけば、彼女は森の入り口に立っていた。


 だが、何かが違う。


 風の流れが変わり、森の匂いが異なっていた。まるで、この世界自体が書き換えられたかのように。


 「……私は、本当に戻れたの?」


 リサは呟いた。手を見つめる。輪郭がはっきりとある。だが、彼女は確信が持てなかった。


 ――カツン。


 背後で靴音が響く。


 リサは振り向いた。


 そこには、影のリサが立っていた。


 だが、彼女はもう黒い霧のような存在ではなかった。リサと同じ顔、同じ瞳、同じ息遣いを持った存在だった。


 「私は……あなた?」


 影のリサは穏やかに微笑んだ。


 「そう。そして、あなたは私よ。」


 リサは全身が震えるのを感じた。影がもう消えたわけではなかった。


 ただ、それが自分と完全に一体化したのだ。


 ――この森の一部として。


 「受け入れなさい、リサ。あなたはずっとここにいたの。」


 リサは静かに目を閉じた。


 そして、ゆっくりと息を吐いた。


 彼女の意識は、森のざわめきと共に溶けていった。

みなさまは昔からある伝統や言いつけは守ってますか?私?私はムシして今を生きてますよ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
グリム童話が好きな読者にお勧めしたいお話。 ホラーの中でほんのり香る哀愁が良いね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ