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【ローファンタジー】 『ありふれた怪異、街の名物』

狐のお仕事

作者: 小雨川蛙

 

 神妙な顔をした男がアタッシュケースに入れたお金を見せながら言った。

「これで引き受けてくれないだろうか」

 僕は頷いた。

「構いませんよ」

 そう言うと同時に僕は体を変身させる。

 今、目の前に居る男……依頼人の姿へと。

「それで、どこに行けば?」

 そう尋ねると依頼人は一人の女性の写真と一緒に地図を差し出してきた。

「この場所だ。あいつはここで働いている。ここから少し離れた場所で、その……」

 言い淀む依頼人へ僕は微笑む。

「かしこまりました。後はお任せください」


 僕はそのまま依頼人の話していた場所へ行く。

 時刻は18時。

 この会社の定時だ。

 ぞろぞろと会社員が出てくる中、ターゲットである女性が現れた。

 頬がこけており、目も落ち窪んでいる。

 当然だろう。

 僕は事前に依頼人から受け取った情報を頭の中で反芻する。

 女性は依頼人と恋人関係にあった。

 結婚をしよう、と男から幾度も言われていた。

 そんな最中、彼女は身ごもって喜び依頼人に打ち明けたが返ってきたのは残酷な返事だった。

 つまり、依頼人は既に妻子を持っており女性とはただの愛人関係でしかなかったのだ。

 彼女は抗議をしたが依頼人は連絡先を完全にブロックしてしまい、今や女性から依頼人に連絡をする手段はない。

「どこにでもある話だけれどね」

 僕はそう呟きながら彼女の腹をちらりと見る。

 腹の中に命はない。

 僕はやりきれない息をつき、そのまま仕事のために彼女へ近づいた。


 夜に響く踏切の音を女性は聞いていた。

 駅のホームにある冷たく硬い椅子に座り込みながら、彼女はつい先日まで確かに存在していたはずの命がある場所を何度か擦っていた。

 本当にもう居ないんだ。

 彼も、我が子も。

 そんなことを考えて彼女はぽろぽろと涙を落していた。

 女性はあの男を憎んでいた。

 殺してやりたいくらいに。

 いや、場所さえ分かれば今からでも殺しに行くくらいに。

 しかし、男が自分に与えていた情報は全て偽物だった故に、彼女にはもうどうしようもなかった。

 涙が枯れて気持ちが整い、彼女はようやく電車に乗り込む。

 ベルと共に閉まる電車のドアからぼんやりと外を見ている最中に女性は気づいた。

 駅のホームの向こう側にあの男が居たのだ。

 こちらに気づいていない様子で携帯電話を持って歩いている。

 電話口の相手は誰か分からない。

 しかし、あまりにも夢中な様子で外の世界など目にも入っていない様子だ。

 女性は思わず立ち上がった。

 その瞬間。

 男は不意に足を崩し線路の上へ転げ落ち、そしてその直後。

 特急の電車が駅と男の身体の上を通過した。

 女性が思わず息を飲んだ瞬間、彼女が乗っていた電車が動き出した。

 呆然としたままの女性を乗せて電車は無機質にスピードを上げてその場を去った。


「終わりましたよ」

 僕が電話で依頼人へ報告をする。

 すると男はほっとした様子で答えた。

「うまくいったのか?」

「ええ。それはもう。彼女は確かにあなたが死んだのを目撃しました」

「そうか……」

 安堵の息が聞こえる。

 当然だろう。

 これで依頼人の平和な生活を脅かす者は居なくなったのだ。

 何せ、死人を探す人なんていないのだから。

「では、これにて失礼します」

 そう言うと同時に僕は電話を切った。

「ふぅ、終わった」

 仕事終わりの充足感と開放感の中で僕は呟いた。

 今更ながら、これが僕の仕事だった。

 つまり、依頼人の指定する人間達の前で依頼人の死を偽装すること。

 今回のように僕の下にはくだらない理由で自らの死の偽装をする依頼がよく舞い込む。

 繰り返しになるが死人を探す人なんていない。

 依頼人にとっては過去のゴタゴタを解決する良い手段であり、ターゲットにとっては憎むべき相手が死ぬことによって、やるせなさと諦めに包まれ結果的に前へ進むことが出来るようになる。

 我ながら実にいい仕事だと思う。

「それにしても、人間の世で小妖怪がこんな形で生きていけるなんてねぇ」

 そう言って僕は姿を本来の……つまり、歳ばかりとった化け狐のものに戻す。

「さてさて、次は閻魔の旦那に会いに行こか。屑が一人いますって垂れ込みにな」

 独り言を言いながら暗い闇の中に僕は姿を消した。

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