変わり果てた世界で、俺はJKと生きる
パリーン!
ガラスが割れたのを確認して家の中に侵入する。もうこの生活も長くなってきたが、いまだに他人の家にこうやって入るのには慣れない。
昼間なのに薄暗い部屋の中を懐中電灯で照らしつつ、探すべきものは大きく二つ。一つは長持ちする缶詰や水などの食料品。もう一つは使えそうな果物ナイフや衣類などの消耗品。
台所を覗いてみるが流し場には食べ終わった缶詰とペットボトルが散乱していた。どうやらこの家もハズレらしい。
この家は珍しく二階が残っているので見に行くが、二階にある二つの部屋のうち片方の部屋は寝室だった。
ギギギギギ
もう片方の部屋へと入る。
そこには、俺が6年前通っていた高校と同じ制服を着た女子高生が部屋の隅に座っていた。
「お、おい大丈夫か?」
「」
無視された。虚ろな目でこちらを見るJK。少し茶色の入ったボブの髪はボサボサで、腕や膝には擦り傷と血の滲んだ絆創膏が目立つ。
「お前、この家の住人か?」
首を横に振るJK。
「お腹空いてないか?」
やはり首を横に振るJK。
正直、このJKに構う必要なんてない。どうせこの様子だと長く持たないだろう。だが、生きている人を見たのが久々で情報交換も兼ねて話したいと思ってしまった。
......グゥゥ
JKのお腹の虫はかなり正直らしい。
「ったく。痩せ我慢してんじゃねえ。これ食えよ」
リュックからカロリーメイトを取り出してJKに向かって軽く投げた。数秒間JKは黙ってそれと俺を交互に見ていたが、徐に拾い上げて食べ出す。
一安心した。カロリーメイトを食べている彼女の目にはさっきよりかは生気を感じられる。
「おじさん...ありがとう」
ようやく口を開いたJKからまさかおじさんと言われるとは。まあヒゲも十分剃れてないし、彼女からしたら俺はもうおじさんか。
「水もいるか?」
無言で首を縦に振るJKに水の入ったペットボトルを差し出す。これまたものの数秒で飲み干してしまったので、彼女はすでに限界を迎えていたのだろう。
ひと息ついたJKと目が合った。顔も汚れているがひとつ言えるのは、このJKめちゃめちゃ可愛い。
「おじさんはさ、どうして私に食べ物と水をくれたの? もしかして体目当てとか......?」
「ちげぇよ。お前が死にかけてたから助けてやったんだろうが」
不思議な顔でこっちを見ているJK。
「おじさん優しいんだね」
「まあな」
実際、カロリーメイトも500mlの水もあと片手で数えられる程度しか残っていない。それでも彼女にあげた俺は、我ながら男前というかお人好しがすぎる。
「おいJK。お前ひとりでどうやって“あの日”から生き残った?」
「この前までひとりじゃなかったの」
遠くを見るような悲しい顔。言い方からして誰かと一緒に生活をしていたのだろう。
「じゃあお前の仲間はどこに行ったんだ」
「わかんない。でも私は少なくとも6人の死体の上で生きてるよ」
ゾッとした。このJK、まさか人を殺して生きているとでもいうのか。
「どういう意味だ」
「おじさん、怖い顔してるよ」
言葉の意味ならこいつは可愛い顔した人殺しで間違いない。でもその華奢な腕に人を殺す力があるとは到底思えなかった。
「本当はね、このまま死ぬつもりだったの」
「は? 何言ってんだ」
少し口調が柔らかくなったJKは話を続ける。
「6日前にここに着いて、ご飯は3日前に全部食べきったしお水も昨日なくなってたの。だから私、このままのたれ死ぬんだって思ってた。誰かの死の上で生きてる私に、生きる意味なんてもうなかったの」
JKの話を聞いて頭に血が上った。
「バカなこと言うな。お前はお前の命を何だと思ってやがる? 生きる意味とか関係ない。誰かに生かしてもらった分際で、勝手に命を捨てる判断をするんじゃねえ!」
パチン!!!
人生で初めて、女子高生の頬を平手打ちした。
「だって...もう私には何も支えがない。生きていける自信がないよ。私はおじさんみたいに強くないもん!」
JKは大粒の涙を流して泣いているはずなのに、とても力のこもった声で叫んだ。
「弱くていいだろ。人は弱いから支え合って生きてきたんだろ。お前に支えが必要なら、俺が支えになってやる。その代わり、お前は俺の支えになれ」
このJKがいったいどんな過去を持っているのか俺にはわからない。でも、こいつはいつまでも過去に囚われる必要なんかないはずなんだ。
手を差し出すと、制服の袖で涙を拭ったJKは俺の手を強く握ってきた。
「おいJK、名前は?」
「北郷結衣。おじさんは?」
「石森蓮也だ。あと、俺はおじさんじゃない」
「あっそ」
人と一緒に笑えるって、こんなに嬉しくて楽しいことだったっけな。
*
日が落ちてきた。近くにJKがいると考えると普段は嫌なテント張りも自然と頑張れる。
JKはこの手の作業は苦手らしいので、とりあえず近くにラジオの電波が入る場所がないか確認してもらっていた。
「おじさ〜ん! パイナップルの缶詰見つけたよ〜! まだ賞味期限切れてないやつ!」
俺はラジオの電波を探させていたつもりだったんだがなぁ。パイナップル缶を高らかに掲げたJKは誇らしげに帰ってくる。
「電波はあったか?」
「あったと言えば嘘になるかも」
はぁ。やっぱりこの辺でもダメか。
“あの日”から1ヶ月はまだ色々な場所に避難してきた人が居たし、炊き出しの放送や救助場所の放送があった。
2ヶ月が過ぎた頃から公衆放送は途絶えがちになり炊き出しはおろか配給や救助も次第になくなっていった。
世界で数十億人が被災したと言われる“あの日”からもうすぐで半年が経過しようとしている。
街の各所には政府が最後の力で復興しようとした痕跡があり、食糧資源の豊富なスーパーや大型のショッピングモールはいつしか危ない連中の溜まり場になっていた。
ふたりで生活するなら今以上に物資が必要だよな。どこなら安全に集めれそうだ・・・・・・。
「おじさん、何難しい顔してんの? 結衣さっさとご飯食べて寝たいんだけど」
「すまんすまん。今日は鯖缶にしよう」
「お、鯖缶とかセンスあるね。さすがおじさん」
いつもなら焚き火を見ながら小一時間考え事にふけっていたが、JKを連れるからにはそうもいかないな。
少し温めたいつもの鯖缶なのだが、JKがやたらと美味しい美味しいとか言いながら食べるのでいつもよりうまく感じた。
「え、てかテントこれだけ? まさかおじさん女子高生の私と一緒に寝る気なの?」
「仕方ないだろ。居候は我慢してくれ」
「......寝込みを襲うとか最低だからね」
「やらねえよ。お前みたいなガキに興味ねえ」
「へぇ。おじさん何日我慢できるかな?」
俺をからかうJKの顔が、ほんのりと焚き火に照らされている。昼間は見えもしなかったJKの色っぽさを急に感じてしまった。
よく見たら意外に胸もデカいんだな。
「あ、今私の身体いやらしい目で見てたでしょ」
「アホか。幼稚な体に興味なんざねえ」
*
JKと生活を始めてもうすぐで3週間が経とうとしている。この間JKの制服が破れて替えの服を探し回ったり久々にラジオが繋がったりと色々充実していた。
そのかわりJKの横で寝るたびに俺は要らぬ時間と体力と物資を消耗する生活が続いたので、とうとう2つ目のテントを用意してしまった。
「おじさん、ラジオの内容から考えると長野に自衛隊がいるんでしょ? 行けば救助とはいかなくても物資はもらえるかもだよ」
「さすがに遠過ぎるな。そもそも山を越えるには物資が足りない」
なにより、自衛隊が本物かどうかすらわからない。もし偽者だったら物資だけでなく命が危ないのだ。
「そっか〜」
何ともテキトウな調子で答えたJKは元避難所に残っていたカレー缶を温めている。
「でもあれだね。救助されちゃったらおじさんとの生活も終わっちゃうもんね」
「何言ってんだ......」
さっきまでとは少し違う、あたかもこの生活が終わるのが寂しいかのようなテンションのJK。
「おじさんは私との生活、楽しい?」
「急にどうしたんだよ。んなもん、ひとりでやってた頃よりはずいぶんと楽しいよ」
「ふふん。そっか、ならよかった」
その時JKが見せた表情は、いつになく幸せそうで嬉しそうな眩しい笑顔だった。
「カレー冷めるぞ。明日近くのショッピングモールに行くんだから早く食べて寝ろ」
「は〜い!」
俺は、こいつの支えになれているのか。この命題に俺が答えを出すことは出来ないと気づいた時には、眩しい朝日がのぼり出していた。
JKが寝ている間に荷物をまとめて今日の経路を確認しておく。歩いて2時間くらいだな。目的は各々の服の調達と食料確保。
問題は、危ない連中の溜まり場になっているということくらいか。
ナイフは持っているが、今まで人を刺したことなんてないしできれば使いたくはない。
「ふぁぁ。おじさん早起きだね」
「お前が遅いだけだ」
テントから寝癖のついたまま出てきたJK。首元がゆるくなったTシャツからは肩が丸出しだし、ショートパンツから見える太ももは汗と日差しでてらてらと光っている。
JKってこんなエ◯かったっけ。
「お腹すいた。朝ごはん何ぃ?」
少し妖艶に見えたJKだったが、そのひと言で全部消し飛んだ。
「カロリーメイトだよ」
*
この遠征の約束事はただひとつ。
『逸れたら日が暮れるまでにいつものテントに戻ってくること』
この提案をしたのは意外にもJKの方で、提案された時はびっくりした。正直言ってこいつの考えていることはよくわからない。
「もう少しだな」
「だね。お洋服、まだ残ってるかな?」
「だといいな」
なぜか俺の前を歩きたがるJKは鼻歌を歌いながらどんどん進んでいく。
電気も人気もないショッピングモールは外壁を蔦に覆われており、硬いコンクリートからは植物がそこら中に生えていた。
ひと昔前なら『ど根性〇〇』みたいにテレビが取り上げそうな状況が、今となっては普通になっている。
モールへの侵入は職員用の裏口から。
大学生の頃ここでバイトしていた経験が、まさかサバイバルで生きてくるとは。職員用の裏口はさも当然かのように開いていた。
「先にお前の服を見つけに行く。俺は時間かからないから後でいい」
「ほんとに? やった!!」
レディースはこのショッピングモールの全フロアにまあまあな数の店がある。昔いた彼女と一緒に来た時は一日中下から順にフロアを見て回ったのを覚えていた。
破れているもの、床に落ちて変色してしまっているもの、そんなのばかりではあったが案外着られそうな服は多いらしい。
JKは楽しそうに服を選んでいる。季節はすっかり秋だが、いまだに春物が並び続けているお店ばかり。ここも“あの日”から時が止まっていた。
半年前なら普通のカップルにしか見えないよな。そんな失われた日常を感じられると、涙が出てきた。
「おじさん、寂しいの?」
「バカ言え。あくびだあくび」
「私じゃダメ......かな?」
胸の鼓動が強くなる。俺は今、不覚にもJKにドキドキしてしまった。俺を真っ直ぐに見つめるJKは、いつもよりずっと魅力的だ。
「お前が近くにいてくれればそれでいい。それだけで寂しくないよ」
「ふふっ」
「何がおかしい!」
「何も。でも私、嬉しいよ」
やっぱりJKが何を考えているのか俺にはよくわからない。
トントントントントン......。
「静かに」
俺とJK以外の足音がした。
生き残り。いい人もいるだろうが当然このご時世そんなやつほとんどいない。
「もう十分か? ここを出てテントに帰るぞ」
「でもおじさんの服は?」
「服より命だ。せっかく選んだ服、着たいだろ」
一応サバイバルナイフに手をかけておく。今いるのは四階。最短ルートはエスカレーターか。
ゆっくり、慎重に。吹き抜けのエスカレーターを降りるのは正直かなり怖い。
三階......二階...もう少し。一階のメインゲートまで行けばあとは逃げ切れる。足音が響かないよう俺たちは少しずつ降りていた。
「おい、もう逃げられないぜ」
数人の男たちが、俺たちの前にぞろぞろと出てくる。二階に逃げようとしたが、すでに他のやつらに塞がれていた。
「何人様の縄張りで、盗みを働いてやがる。きっちり料金はいただかねえとなぁ」
リーダー的なゴツい男が一段ずつエスカレーターを登ってくる。
「料金って何円だ。払うから命は助けてくれ」
「お前、ばっかじゃねえの! もうお金はただの紙切れ同然なんだよ。そうだなぁ、お前らの手持ちの食料全部よこせ」
「バカ言うな、俺たちにも暮らしがある。そんなのできるわけないだろ」
「お前らの暮らし? 知らねえな。なんせ俺たちにも“暮らし”があるもんで」
ヒャヒャヒャ。
ハハハ。
俺とJKを囲んでいる男たちは一斉に、下品に笑い出した。
「じゃあ隣のお嬢ちゃんをいただこうか。俺たち花がなくてよ、前使ってた花は枯れちまったんだ。補充させてくれよ」
隣にいるからわかる。今こいつらはJKを性の捌け口としてしか見ていない。
―――JKの様子がおかしい。この状況で無理もないが足の震え方、俺の服を握っている手がブルブルと震えている。
「わかった。食料は全部やる。だからこいつには何もしないでくれ」
「ッチ。この後に及んでカッコつけんのかよ。じゃあお前らが持ってる荷物、全部置いてけ」
「は、話が違うぞ! 食料だけって......」
「は? こっちはその嬢ちゃんが欲しくなったんだよ。妥協してやってんだからさっさとしろ」
信じられない。怒りで手が震えるってこういう事を言うのか。
「食料も水も全部俺のリュックに入ってる。だからこいつのはやめてくれ」
「わかった。じゃあ降りてこいよ」
一階のメインホールに降りる。それと同時に俺たちは全周囲を囲まれてしまった。
「これで全部だ。と、通してくれ」
一瞬だけ、俺とJKの前に立っていたやつらが退いたがすぐに元に戻った。
「話が...ちがうぞ」
「え? 通そうと道を開けたにに通らなかったのはどこのマヌケだよ」
ニヤニヤとこちらを見る男たち。手慣れているな。人は生き残るためならこうも残酷になれるってのかよ。
「じゃあ、その嬢ちゃんもいただこうかなっ⁈」
「行くぞ!」
俺はJKの腕を掴んで前にいた男に突っ込んだ。
上手くいくあてなんてなんにもない。でも、上手くいく可能性があるならそれに賭けるしかなかった。
怯んだ男は尻もちをつき、俺はそれと同時にJKを前へ投げ飛ばす。
「走れ!とにかく走れ! 俺のことは忘れてとにかく!」
JKは躊躇していたがなんとか走り去った。
「おいおいおっさん。よくもやってくれたな」
「自分犠牲にするとか安い恋愛ドラマの見過ぎだろ」
「はいはいカッコいいカッコいい(笑)」
多勢に無勢。四面楚歌。もう俺に生きる術はないのだろう。でもいい気がした。JKはこれで生きながらえることができる。
そのためには時間稼ぎが必要だよな。
サバイバルナイフを手に取る。
「おいおいそんなちっぽけなナイフで俺らに勝とうとかバカすぎだろ」
勝つ必要はない。ただ一瞬でも長く、こいつらを引止めなければ。
「......かかってこいよ。雑魚どもッッッ!」
*
何発殴られたのか、何回蹴られたのか、そしてあれから何日経ったのか、俺にはよくわからない。
ひとつわかるのは、俺はなんとかまだ生きているらしいことだけだった。
JKを逃がしてからは男たちとの戦いに明け暮れていた。全方向から何発も殴られて、でも俺は一人ずつ確実に殺した。
腕には人の肌を貫く時の嫌な感触が鮮明に残っている。思い出しただけで吐きそうだ。
息が浅い。このまま俺、死ぬんだな。
JKは元気かな。テントにはまだ食料を残して来ているししばらくは安泰か。
JKとと過ごした時間は楽しかったなぁ。あいつはきっといい女になる。あいつの未来を見られないのは惜しいな。
広いショッピングモールのどこかで俺は死ぬ。どうせ誰にも見つけられず、この建物と一緒に土に帰るんだろう。
いい人生だった。
「お、おい! 本当に人が倒れているぞ。ほとんど死んでやがる。生きているやつはいないのか」
人の声、久しぶりに聞いた。
......JKに会いたい。せめて最後に、俺の気持ちを伝えたかった。
「大丈夫ですか? おい!ここに息があるやつがいるぞ」
俺に呼びかける男は緑の服を着ている。その男の声で続々と人がこっちに来ているらしい。
「救護班、ショッピングモールの五階にて生きている男性を発見。そちらへ運びます」
体が浮いた。俺は一体どうなるんだよ。
次に目を覚ましたのは、テントの中だった。
俺の右手を誰かが握っている。
ゆっくりとその方向を見ると、JKがこちらを見ていた。
「おじさん...おはよう」
「ああ。おはよう」
急に抱きつかれて傷がバカみたいに痛かった。でも、その痛みに勝るくらいJKが生きていたことが嬉しかった。
「ごめんな。約束守れなくて」
JKは首を横に振る。
「いいの。おじさんが生きてたなら、私もそれだけで満足なの」
正直めちゃめちゃ嬉しかった。JKの頭を撫でてやると安心したように俺の胸の上で寝息をたてだす。
俺を保護してくれたのは長野に本部を置いて立て直しているとラジオで言っていた自衛隊の部隊だった。
なぜこの町に来たのか問うとどうやらJKが必死の形相でやって来て、この町の救助をやって欲しいと懇願してきたかららしい。
俺はJKに救われてばっかだな。情けない。
*
“あの日”から今日でまる一年が経つ。今の俺とJKは長野県のとある町で保護生活を送っていた。町には優しい人が多く、もう盗みをしながら生きていく必要はないようだ。
「ねえおじさん! 近所のおばあちゃんから納豆もらったよ〜」
「冷蔵庫に置いといてくれ。今晩食べよう」
「は〜い!」
たまにテントでJKとふたりきりで暮らしていた頃を懐かしく感じる。今となっては家もあるし近所によくしてくれる人もいるからだ。
普段は笑顔のJKもたまに寂しそうな顔をする。
まだ失った日常を取り戻したいと、どこかでみんながそう思っているだろう。
でも俺は未来を向いていたい。
今の日々を、JKと過ごせるこの日々を、これからも大事に生き続けたい。
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