80 サエの敗北
不安があると人は全力を出せない。怒って育てるのが良くない理由の1つだ。怒られないように頑張るので短期的には効果が出るが、怒られないことに思考とエネルギーを使うせいで、長期的にはのびのび学んでいる人達に勝てない。
サエも同じだった。魔道具があるから滅ぼされても復活出来るという安心感は、それを意識しているかどうかに関わらず大きかったのだ。復活の魔道具が壊されてからのサエは、明らかに慎重になった。リスクのある攻撃を避け、防衛に重きをおいていた。
ただでさえ攻撃力でも魔力でも負けているので、気持ちで負けてしまっては勝てるはずがなかった。サエはどんどんと押されて、壁際に追い詰められた。
「どうした、さっきまでの威勢を見せてみろ。」
ジークスが紫色の唇に薄笑いを浮かべてサエを挑発した。サエは悔しそうに顔をしかめた。サエもきっと頭では分かっているのだ、守っているだけでは勝てないと。でも滅びる不安があれば、無意識にためらいが生じてしまう。そして極限まで能力を使うこの状況では、そのためらいが命とりだった。
ジークスはサエを追い詰めながら、隙を見て禁書に手を伸ばした。先ほどはうまく攻撃して邪魔を出来たが、今回は一瞬サエの攻撃が遅れた。その一瞬を逃さず、ジークスは禁書を拾い上げ、サロムに放ってよこした。
「さっさと発動しろ。」
サロムを見ることもせず、背中越しにそう命令した。サロムは見られてもいないのに、背筋を伸ばして直立して、了解しましたと叫んだ。
僕はいよいよ焦った。サエはジークスを倒すことは出来そうにないが、どうやって助けたら良いか分からないし、サロムが禁書を発動したらとてつもない被害が出そうだが、どうやって防げば良いか分からなかった。
オロオロして隣のタロトを見ると、妙に落ち着いて、じっとサロムを見ていた。タロトはタロトで出来ることをしようとしている。僕も何か出来ることをしなくては、と思った。ジークスからは無理でも、サロムからなら禁書を奪うことは出来るかも知れない。
僕はサロムに向かって走り出した。ジークスが何だあのゴミ、放っといても問題無さそうだけど念のため潰しとくか的な表情で僕の方に向かって来ようとしたが、サエが立ちはだかった。もうジークスはサエに任せるしかない。僕は気にしないように頑張って、サロムに突進した。サロムは僕に気付いて警戒したが、禁書の発動が優先と考えたのだろう。女性の兵士の変身を解き、僕の姿に変身した。
僕に変身したサロムからは恐ろしい量の魔力が溢れ(転生者の僕らには見えないが)、ジークスすら驚いて少し動きが止まるほどだった。この魔力を禁書に流し込まれたら、禁書が発動してしまう!それは僕がサロムのところに辿り着くよりも早そうだった。サロムも僕が間に合わないと悟って、勝利の笑みを浮かべた。
「俺等の勝ちだ!」
サロムがそう叫び、禁書に手をかざした。




