21話 異世界のタケノコを食べに行く3
「ホント、おばあちゃんの家に来たみたいな店だな。おっ、この竹細工のカゴ奇麗だな」
「……」
彼女がそうやって色々と物珍しそうに物色しているところに――、
ガラッ――。
「よーシゲートさん。おいでかなー?」
突然店に入って来たのは、青色の帽子を被った猟師のような恰好をしたノームだった。
大きな袋を担いで持って来たようだ。
「おぉハーサクさんでふか! 今日はどうしたんでふか」
「そこの竹林で、また魔獣が死んでたんけどよ。せっかくだから、血抜いて捌いたんだけどもよぉ。量が多いんでおっそわけよぉ」
「こりゃまた立派なお肉でふね……ちょっと待っててください」
おじいさんが店の奥へ行き――出てくるとカゴいっぱいのタケノコが入っていた。
「今朝仕留めて締めたのだけど、これ持っていくでふ」
「おぉ、すまねぇな。じゃあ、これと交換ってことで」
「でふ。またいいのが獲れたら、お願いでふ」
「任せときー」
そう言うと、今度は大きなカゴを背負って店を出て行く猟師。
「なぁ今、すげー気になる事を言ってなかった?」
「魔獣が出るって事は大分危険だったんですね……出会わなくて良かったです」
「……いやそれもだけどよ。それよりもっと変な事、言ってたよな?」
「……さぁ。どうでしょう」
あえてすっとぼけてみる。
確かに竹林で魔獣が死ぬ理由も分からないし、何より“タケノコ”を“仕留める”という言葉が気にならないって事は無い。
「まぁ異世界ですし……そういう事もあるでしょう」
「あるの!?」
そうこうしている内に、夫婦で料理を持ってきてくれる。
「はいはい、お待たせしてすいません」
「こちらタケノコ定食でふ」
モナカも席へと着き、俺も目の前の料理に集中する事にした。
トレイに乗って出て来たのは、まさしくタケノコ風情の溢れる定食である。
長方形の皿には、そぎ切りされた細長く若いタケノコの刺身。
小鉢には緑色のソースが掛かったタケノコの和え物。
木製のお椀には、タケノコのお吸い物のようなスープの中に細い麺が入っている。
これがメインディッシュなのだろう。皿の上に焦げた竹筒が置いてあり、上半分がフタになっているようだ。
「これもどうぞ」
さらに竹カゴの中に入った焼きたての筒状のパンを置いて、2人は厨房へと戻って行った。
「それじゃ――」
「「いただきます」」
まずは刺身を頂く。これがタケノコの活け作りなのだろうか……。
「ひぇっ」
竹のフォークで刺した瞬間――一瞬だけ動いたような気もするが、まぁ気のせいだろう。
彼女も何かを見たようだが、俺は気にしない。
タレを付けて食べると――少し甘酸っぱい味がまず口の中に広がり、続いて新鮮な春の味――と言えばいいのだろうか。
向こうで食べるタケノコとは違い、より新鮮でシャキシャキとしていて、それでいて味が濃い――。
「――美味い」
生のようにも感じるが、アク抜きが完璧だ。全然苦みやエグみを感じない。
「ずるっ、ずる――うん。このうどんみたいな麺の入った吸い物、美味しい! なんかいつもの食ってるうどんより美味しい気がするぞ」
ここで慌ててはいけない。
次に取り掛かるのは、川魚の蒸し料理だ。これが冷めてしまってはいけないので、早めに食べる。
上半分のフタを取ると――タケノコと各種野菜が詰められた川魚の蒸し料理が入っていた。
青竹や川魚の蒸気がこちらの顔まで飛んでくると――思わず吸い込んでしまう。それだけで美味しい味が感じられるのだ。
「では……」
フォークとナイフはあるが、ここは川魚の食べ方――つまり頭と尻尾を持ち、腹にかぶりつく。
身に水分が残っているのか、ふっくらとしてほくほくとした味わいだ。
ちょっとした青臭い匂いはあるが、それに加えてタケノコの味と甘さが加わり、まさに春を凝縮した味と言うべきか――。
「嗚呼、美味い――」
「すげーこの蒸し魚。食べた事ない美味しさだ!」
二口目で今度はハラワタまで食べる――独特の苦みはなく、濃厚な旨味だけ。
クイーンマウンテンの焼き魚を試食をした時も美味かったが、これには香ばしさの代わりに竹の香りと味が浸み込んでいる。
それからタケノコ料理を堪能し尽くすと、ようやく最後にパンへと手を伸ばす。
筒状なのでもしやと思い手に取ると、竹の香りがする。竹でパンが焼けるのだろうか?
半分に割ると――中からドライフルーツのような細かい果肉が出てきてた。
「もぐっ……これもほのかに甘くて美味いな」
しっとりとしたパンの、じんわりとした果物の甘みは――食後のデザートとして最高だろう。
「いやぁ、良い食べっぷりだねぇ」
おばあさんが食後のお茶を持ってきてくれた。
花の香りがするお茶だ。さすがに竹の茶とかでは無かった。
「ごちそうさまでした」
「ありがとうございます」
「今日のタケノコは活きが良くてねぇ。美味しかったかい?」
「それはもう――」
見た目は完全にタケノコだったが、やはり異世界産のは動くんだろうか。
「美味しいけど、他の客はあまり来ないんですか?」
モナカが失礼な事を聞いているが、それを聞きたくなるくらいには店内には他の客が居ない。
「まぁ月に何人か……近くの集落の人はよく来てくれるけどねぇ」
「……一応聞くんですけど、ここって空飛ぶ島か何かなんですか?」
モナカが恐る恐る聞くが、おばあさんはくすりと笑う。
「ふふっ、お嬢さん。島なんか浮いている訳ないじゃない」
「そ、そうですよねぇ」
「ここはドラゴンの背中よ」
「ドラッ!?」
俺もまさかドラゴンの背中だとは思わなかった。それにこれだけ巨大なドラゴンが空を飛んでいるところも見た事が無い。
なんらかの理由で人里からは離れて飛んでいるんだろうか。
「へぇ。そうなんですか――」
「――大地の竜っていう古代竜の一種でふ」
厨房からおじいさんが出てくる。
「その背中に広大な森が広がり、もう地上では絶滅した植物や動物が住んでいる竜もいるでふ」
「この竜ちゃんはちょっと変わってて、タケなんて珍しい植物が生えているのよ」
「それでワシら一族が、代々このタケ林の世話をやってるんでふ」
背中に竹林を生やしたまま飛ぶドラゴンか――。
色々と謎の多い生物が多いが、そこまで巨大な生物まで居るんだな。
あるいは大将の奥さんの件もあるし――大昔にこちら側から誰かが持ち込んだのだろうか。
そうだとしたら、かなり迷惑な植物を持ち込んだものだ。
「たまに有翼のお客さんや、空を飛ぶ乗り物でここまで来るお客さんも居るのよ」
「お客さん達も、どこかにペガサスでも停めているんでふか?」
一瞬だけモナカと顔を合わせ、互いに頷く。
「そうなんですよー」
「この先のタケ林の向こうに停めて来たんです」
余計な詮索をされては面倒になるので、後はささっと切り上げて帰るだけだ。
「あらまぁ。よく無事にここまで辿り着けたねぇ」
「あそこは道を間違うと、生きたタケノコがウヨウヨいるから、気を付けないといけないでふ」
「……ちなみにその生きたタケノコって、出会うどうなるんです?」
「普段は枯れ葉や土に埋もれているけど……踏んだりしたら、一気にタケに成長して足から身体まで串刺しになるんでふ」
「たまぁにうっかり魔獣が踏んで、串刺しになってるのよねぇ」
「んだぁ。土に埋もれたまま仕留めるには、ちょっとコツがいるでふ」
「へ、へぇ……」
「そうなんですか」
つまりあの人が踏みしめたような道というのは、何か大きな魔獣が通った跡なのだろう。そのまま道を辿れば、自分達も串刺しになっていたかもしれない。
お会計を済ませ、元来た道に戻ろうと竹林に入ろうとしたのだが――。
「いやアンタ、ちょっと……」
「俺はアンタでは無いです」
「ああもう。オダナカ先輩!」
ようやく名前を呼ばれたので、振り返る。
「なんでしょうか」
「さっきの話聞いてた? うっかり間違うと、串刺しになるんだよ?」
「通って来た道なら、あの掃除小屋まで安全に行けるって聞きました」
「でも、たまーに紛れている事もあるから注意しろとも言われたよね」
「言われましたよ。なので、こうやって棒を突き刺しながら歩けばいいんですよ」
「……もう! 分かったから、先輩が先に行って下さいよ!」
「えぇ、そのつもりです」
文句を言いながらもモナカは俺の後を着いてくるようだ。
空を見上げると、どんどん雲が流れていく――。
この雄大なドラゴンは、どこを飛んでいるのだろうか。
「先輩っ! そこの左足の所、ちょっとタケノコ出てるって!」
「おっと」
この小柄な後輩と共に、俺は帰路へと着くのであった――。




