18話 大将とラーメンを考える3
それから店仕舞いした後に、早速新メニュー作りがスタートする。
試作の準備を進めながら、俺は大将に尋ねてみた。
「前から思ってたんですけど、コカトリスって魔鳥ですよね。どこから仕入れているんです?」
「そりゃ近所のオーガ牧場からだ。オーガは昔から魔獣や魔鳥の畜産を専門にやってる。同じオーガ族なら顔も利きやすいしな」
「へぇ……」
「今まではコカトリスのスープに塩ダレと魚醤ダレで味を分けてきたが……やはり新しい味を作るべきか」
「私の国の定番だと味噌とかありますけど」
「なんだそりゃ」
「一応何かのヒントになればと持ってきて見ました」
クーラーボックスから近所のスーパーで買った味噌(お徳用)を取り出す。
「よし、早速ちょっと作ってみるか」
丼を2つ用意し、味噌を適量入れる。
そこへコカトリスのスープを流し、味噌をよく溶かす。
この時点で味噌の良い香りがこちらまで漂ってくる――。
茹で上がった麺を丼に入れ、一先ず完成だ。
「ずずっ――」
「ずずっ……なんだこりゃ! すげぇ美味ぇじゃねぇか!」
「豆を発酵させて作った調味料で、スープの中でも割とスタンダードなんですよ」
大将は何度かスープを味見して、少し首を傾げた。
「美味いは美味い――ただ、コカトリスの味が飛んでしまってるな」
「あんまり元のスープの味がしませんね」
味噌という調味料の“味”が強すぎるのだ。
例えば、スーパーの中にあるフードコートの安い値段のラーメン。
インスタントとそう変わらない業務用スープと、汎用的なちぢれ麺。
そういう味を期待していないような所でも、味噌だと不思議と美味しく感じることがある。
「やっぱ元の味の形は残してぇ……」
「そうなると、この調味料はどうでしょう」
他にも色々と用意していた食材を試してみる。
ああでもない、こうでもないと試作を続けていたら――空の向こうが白くなってきた。
もう少しで夜明けだ。
「……とりあえず。今日はここまでにしましょうか」
「だな――また、色々考えておくわ」
こうなる事も予見して、有休を取って置いた。
まだ2月だし、本格的に忙しくなる前なので、多分大丈夫だろう。
「そういえば大将って、このラーメン……いや、汁そばってご自分で考えたんですか?」
「それだ」
「え?」
「アグリも旦那も、そばの事を“らーめん”って呼ぶだろ。どっかで聞いた事あるなぁとずっと引っ掛かってたんだ――ちょっと待っててくれ」
そう言うと、大将は店の奥へと引っ込み――待たされること十数分。
古びた皮表紙の手帳を持って来た。もう何度もめくったのだろう。紙はヨレヨレになってしまっている。
「すまねぇ。奥の金庫にいつもしまっててな」
「これは?」
「これは俺の師匠が命より大切にしていた、コカトリスそばのレシピだ。ここを見てくれ」
「……ここにワシの愛した妻の残した、“らーめん”と呼ばれる汁そばの作り方を残す……って書いてありますね」
「そうだ。このレシピは、師匠が奥方から聞いたらーめんという料理を再現する時に残したものなんだ」
「……」
これには驚いたが、しかし納得もした。
この異世界に小麦を使った麺はあるが、どれもスパゲッティのような麺か、うどんに近いモノばかりだ。
しかし大将の使っている麺は中華麺特有の匂いがする。恐らくカン水が入れられているのだ。
カン水を入れることにより、独特のコシを生み出し、スープとの釣り合いも取りやすくなる――と、前に読んだラーメンレシピ本に書いてあった気がする。
それを大将が1人で発見したとは、少し考え難いのだ。
「麺を作る時、灰とか入れるように指定されてます?」
「さすがオダナカの旦那だ。水瓶に灰を溶かして沈殿させ、その上澄みを使っている……ぶっちゃけなんでそんな事が必要なのか、考えもしなかったな……」
「では、その師匠もこのラーメンを作ってお店を開いてたんですか?」
「もちろんだ……そうだな、あれは俺がこの街に来た頃の話だ――」




