17話 おじさんと魚を釣る1
見渡す限りの緑――。
時折聞こえる鳥の鳴き声――。
あとは渓流から聞こえてくる水の音――。
「ここですか」
「そのようだな」
俺とオルディンは、とある渓流へと来ていた。
ここが異世界のどこにある場所かは知らないが、かなり山の奥のようだ。
「しかしかなり深い森のようですね」
「古の時代より、こういう森や山には仙人と呼ばれる者共が住み着いていると聞く」
「仙人ですか?」
「俗世とは切り離された場所で修行する、変わった連中よ」
世間話をしながらも、準備を進めていく。
事の始まりは、俺がお頭ことジョニーの店から帰って――割とすぐだった。
仕事が終わり部屋に入ると、既にオルディンがコタツに入ってくつろいでいた。
話を聞けば、相談もあるし折角だから人気の無い場所で話したいと――。
そして、日本で買ったであろう釣りセットを手渡されたのだった。
「仙人は釣りが得意だという」
「それと私達が釣りをするのに、何か関係があるんですか?」
「……無い。しかし、たまにはこうやって静かに糸を垂らすのも、悪くない」
しかし釣りなどはした事が無いので、こうして事前にダウンロードしておいた動画をスマホで見ながら、慣れないルアーを付ける作業を進める。
手を動かしながらも、話も聞いていく。
「相談事とは?」
「む……」
オルディンは若干言い淀んだが、ポツリと喋っていく。
「……部下達と上手くいかなくてな――ある頼みごとをしているのだが、中々納得してくれず……やはり言葉のみで伝える事は厳しいと悟った」
「……そうですね。こちらから頼んでいるのであれば、誠意を見せる必要がありますね……例え部下相手でも」
「ああ……昔はそれこそ、この拳で部下を従わせて来た」
己の拳を見つめるオルディンは、何を思うのか。
「――それは、かなり直接的なパワハラですね」
「パワ、ハラ?」
聞きなれない単語に、思わず目を白黒させる。
「ようは暴力はいけないって事ですよ」
「……そうだな。俺もそう思い、なんとかそれ以外の方法は無いかと思っている」
釣り竿の準備は出来たが、結局釣りはせず……そのまま川の流れを見ながら会話をしていく。
「誠意は形にして伝えた方がいいんじゃないですか?」
「形……」
言葉を尽くそうとも、形あるモノが無ければ納得できない事も多い。
「金銭、お土産、食事――どういったモノでもいいんですけど、形として相手に渡せば、少しは聞いて貰いやすくなるんじゃないですか?」
先日のバレンタイン然り。言葉と想いは、何かにこめて渡した方が伝わりやすいだろうと、俺は思う。
「食事――そうか。食事はいいかもしれん」
俺の言葉に、彼は何かを閃いたようだった。
そこで俺はさらなるアドバイスを送る。
「食事だと……何か意味を持たせるのがいいかもしれません」
「食事の意味?」
「例えば日本だと――正月には鯛という魚を食べます。これは“めでたい”に掛けたシャレです」
「ほお」
他には“紅白のかまぼこ”には魔除けや神聖といった意味。
伊達巻きには学問成就。栗きんとんには金運上昇といった、様々な意味が込められている事を説明する。
「勝負事に勝つ、というのでトンカツを食べるなんてゲン担ぎもありますし……そういった意味や思いを料理に込めて、一緒に食べるのはどうでしょうか」
「ふむ……悪くないな」
「それもオルディンさんが自身で作るのはどうでしょうか」
「……我が?」
意外そうな顔でこちらを見てくる。
「手料理は真心とも言いますし、自分達の為に一生懸命作ってくれたとなれば――伝わるんじゃないでしょうか」
「……ふむ。具体的には」
「え?」
「具体的に何を作ればいい。我は料理などした事もないぞ」
「……ところで、部下の人達は何人くらいなんですか?」
「ひとまず直属の部下が4人だが、全体に通達する事を考えれば約50人ほどか」
「うーん」
ひとまず考える。
そこそこの規模の人数に振舞う料理。それも素人でも作れるモノ。
オルディンの想いを伝える事ができる料理――昔、漫画でそういった展開を読んだ事がある。
それに倣いたいところだが、正直あまり覚えていない。
「真意を伝える。それは腹を割って話すこと……で、あるならば」
それに相応しい料理――渓流、川魚――。
「アァーー!!」
「ッ!?」
「むっ」
思わず2人で、下流の方角を見る。
岩陰からこちらを指差して来たのは、ピンク色の髪が特徴的なエルフ。リーエンだ。
背中に大きなリュックサックを背負い、ここまでやって来たのだろうか。
「またまた会ったネ! いやぁ奇遇だヨ、オダナカさん!」
「本当に奇遇ですね……こんな奥地なのに」
「秘境中の秘境、エルフだって住まない魔の樹海ネ。よくここまで来れたアルヨ」
「エルフの娘か」
「そちらのおじさんは初めましてダネ。ワタシは希少食材料理家のリーエン言うネ。よろしくヨ!」
「我はオルディンだ。今日はオダナカと共に、川釣りをしに来たのだ」
「なるほど。この春の時期に川釣り――つまり、ゴッドクイーンマウンテンを釣りに来たってコトあるナ!」
「「ゴッドクイーンマウンテン?」」
聞いた事もない名前の魚に、俺とオルディンは思わず声がハモる。
「クイーンマウンテン自体は、春頃の渓流なら大抵いるヨ。でも、ここの樹海にいるのはクイーンマウンテンの中でも、特に希少なゴッドなヤツヨ。実はというと、ワタシもそれ狙ってきたヨ」
「ふぉっふぉっふぉっ。つまり、儂らは同じ獲物を狙うライバルという訳じゃな」
リーエンの隣に、いつの間にか長い釣り竿を担いだ背の小さな老人が立っていた。
髪、眉毛、ヒゲ全てが白く繋がっており、目がどこにあるのか分からない。簡素な麻の服を着ていて、全体的にみすぼらしく見える。
一体いつからそこに居たのか、全然分からなかった。
「むぅ……この我に気配を悟らせないとは……」
「リーエンさん、この方は?」
「古い知り合いネ。毎回、魚のいる所まで案内して貰ってるヨ」
「ふぉっふぉっ……せっかくここまで来たんだし、ヌシらも奴を釣っていくかのぉ。まぁ、釣れるかは知らんが」
大量の毛の奥から、こちらを値踏みするような瞳が見える。
それを見て、オルディンは不敵に笑う。
「ふっ。面白い。この我が、挑戦者となるとはな……そのゴッドクイーンとやら、見事釣ってやろうではないか」
こうして謎の老人を加えて4人で、俺達は樹海の奥まで移動するのであった。
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一方その頃――。
どこかにある遺跡へカルロスと、部下の3人で来ていた。
2人共、茶色い翼を背中から生えており、兵士の鎧を着ている。
カルロスの部下の中でも、最も従順な有翼獣人の兄弟だ。
「ここだ。前に人間共の砦を奇襲する時に、空から見えた古代遺跡だ……あれから城の書物を調べ上げ、そして見つけた。ここに眠る、禁忌のゴーレムの目覚めさせ方をな!」
「さすがカルロス様、目ざとくございます!」
「これで人類種の国を落とせば、魔王様も目を覚ますでしょう!」
その言葉に気分を良くしたカルロスは、その赤い翼をバサッと広げる。
「もはや魔王さえ恐れる事は無い! このゴーレムさえ居れば……今日からオレが魔王と成れる!」
「なんと!」
「カルロス様、万歳!」
そしてこの兄弟――割と頭も軽かった。
「ふっふっふっ。魔王となったあかつきには、お前達も将軍として活躍して貰うからな」
「いよっカルロス様!」
「一生着いていきます!」
「だーっはっはっはっ!」
自信たっぷりにカルロスは笑うと、遺跡の内部へと侵入するのであった。




