13話 冒険者とダンジョン鍋を食べる2
「アイヤー。オダナカさん、久しぶりネ」
「……お久しぶりです、リーエンさん」
出てきた扉の先には前回と同じく、またもやキャンプ中のリーエンが居た。
ピンク髪が特徴的なエルフの女性で、背丈は15歳くらいだが、こう見えてかなり長生きらしい。希少食材探求家……だったか。
しかし、今回は1人では無いらしい。
「リーエン、誰その人」
「紹介するネ。前に不死の山を一緒に登った熱烈な珍味ファンの人ヨ」
「そう……」
艷やかな黒髪だ。腰まで届くような、長い髪。
小さな眼鏡を掛け、クールな雰囲気のある女性だ。
喫茶店で読書をしていそうな雰囲気だが、構えているのは鋼で出来た武骨な剣だ。
「私はレイゼンよ。ダンジョン攻略の為に、彼女に雇われたの」
「レイゼンが子供の頃からの付き合いネ。こういうダンジョンの時は、よく誘ってるヨ」
「ダンジョン……」
コケが覆われた石畳や壁、独特な匂いと雰囲気――。
入ってきた木の扉も相当年季が入っているし、部屋全体は結構広いせいで薄暗い。
耳を澄ませば、遠くから唸り声が聞こえてくる――気がする。
ここが、噂に聞くダンジョンか。
「リーエンさん達は、どんな目的で来たんです?」
「ふふん。ここには伝説の調理器具が封印されているって噂を聞いて、はるばるやってきたネ!」
「伝説の……」
このダンジョンとやらを見ると、その調理器具とは錆びてしまってそうだが――。
得意げに笑っている彼女の手前だ。そういう水を差すのは止めておこう。
「オダナカさんもやっぱり調理器具狙い? それともここの食材に興味あるネ?」
「食材?」
「ここのダンジョンの魔物や、自生している植物は食べられるモノばかりネ。ダンジョンは魔力に満ちているから、地上のより美味しいモノが多いヨ」
「ちょっとリーエン……」
「ナニあるカ?」
「この人、大丈夫なの? ここってダンジョンの地下2階よ……どう見ても普通の人が入って来れる場所じゃないわよ」
こちらに聞こえる程度の音量でリーエンと話しながら、抜いた剣を収めるレイゼン。
寒いので厚手の茶色のコートを着ているが、下はいつものスーツである。
何かあった時の為にいくつか道具を入れたリュックを背負って来ているが、冒険者のような格好からは程遠いだろう。
「前の不死の山の時も、こんな格好でフラッとキャンプ地に来たから、こう見えてかなりのやり手ヨ」
「ふーん……」
品定めをするように俺を見てくるレイゼン。若干気まずい。
ひとまず自分の自己紹介を済ませておく。
「ええっと……レイゼンさん。私は小田中と申します。実は商人でして……食べ物も取り扱っているので、こうしてダンジョンへ潜る事もあるんですよ」
久々の商人設定を持ち出す。
もちろん今でも米と日本酒を卸しているのだから、そこに偽りは無い。
ただ、ダンジョンへ潜るような商人が武器や護衛も無しに来るのは……言っていて、自分でも無理のある設定だと思う。
「そうだったんネ! こうして会ったのも何かの縁だし、今回も一緒に来るヨ。レイゼンもそれでいい?」
リーエンはそれで納得したようだ。
「……別に。足は引っ張らないでよね」
レイゼンの方も一応納得してくれたらしい。
しかし、だ。
料理屋すら無いパターンは初めてでは無いが、こういうのはもう辞めて欲しい――レイゼンの刺さる目線を感じながら、俺は愛想笑いをするのだった。
■◇■◇■◇■◇■◇■◇■
小部屋から出て、ダンジョンの奥へと進んでいく一行。
道中は――。
コカトリスが通路の曲がり角で強襲してきたり、スライムが天井から降ってきたりと大変だった。
しかし、出てくる魔物は全て彼女達が倒してくれたので、ここまで俺がやった仕事と言えば荷物持ちくらいである。
今、扉の前に居た石像の魔物を倒し、リーエンが扉に手を掛けた所だ。
「よーし。多分この先がダンジョンの最奥ネ。準備はイイ?」
「えぇ」
「一応大丈夫です」
ギィィ――。
リーエンが扉を開け、先に入る。部屋の中を魔法で作った照明で照らす。
続いてレイゼンも入り、合図を貰ったので俺も入って行く。
上が見えないくらい天井が高く、部屋も石柱などが等間隔で立っていて、広い。
その1番奥に、これ見よがしに置いてある古びた宝箱があった。
「ダンジョンの宝ってあんな風に置いてあるモノなんですか?」
「大体のダンジョンはそうね」
「……親切なんですね」
ダンジョンとは、冒険者や探検家に優しい仕様なのか――あるいは。
「ひとまず魔物も居ないし、早速宝を見てみるネー」
リーエンが宝箱へ向かって走って行く。
ふと――風の流れが生まれた気がする。
それは天井の方へと流れて――、
「リーエンッ、上!!」
「ッ!?」
ズドンッ――。
巨大な影が上から降ってきた。
黒くトゲトゲした鉄のような黒い甲殻。両腕は鋼鉄のハサミ。足は3本。
それは俺でもよく知っている見た目だった――。
『ガニッ!』
「カニだ!?」
「これはダンジョンカニの一種でモズクカニあるネ。ただ、ここまで大きいサイズはちょっと見た事ないケド」
俺のよく知っているカニは「ガニー」なんて鳴いたりしない。
だが、確かに見た目だけはカニだ。
「こんなの、魔法で吹っ飛ばして――」
『ガニィィィィ!!』
モクズカニが叫び両手を上げる。
一瞬だが壁や床に魔法の文字が光りながら走った。
その瞬間――照明になっていた魔法の球が消滅し、部屋に暗闇が訪れる。
光っているのはモクズカニの、赤い2つの眼。
「げっ、魔法封じのワナ!?」
「ガニィ!!」
暗闇の中、床が砕ける鈍い音が聞こえた。
その瞬間――俺の身体は誰かに引っ張られ、どこかへ降ろされる。
「貴方はここに居なさい」
声からしてレイゼンだが、暗闇のせいで全く見えない。
「リーエン、大丈夫!?」
レイゼンが時折聞こえる破壊音の方角へ叫ぶ。
「――身体強化の方は、大丈夫そうだから、なんとかネ。でも、気配だけじゃ、避けるのが精一杯ネ」
「この暗闇は厄介ね……」
2人の会話で状況は分かった。
俺は手探りで背中のリュックからアレを取り出し、隣に居るであろうレイゼンに話しかける。
「レイゼンさん、これを!」
「なによ」
「これです」
俺はスイッチを押し、全方位に光る非常用のランタンを手渡す。
1万ルーメンのかなり明るいヤツだ。
「魔法のランタン!? でも今、魔法は使えないはずじゃ……」
「あとコレもリーエンさんに渡してください。頭に付けられます」
こっちはゴムバンドで頭に付けるタイプのライトだ。
「分かったわ――リーエン!」
レイゼンは駆け出し、未だ攻撃を避け続けているリーエンの下へ走る。
「助かるネ!」
リーエンも頭にライトを取り付けるも、形勢は依然として悪いようだ。
「ガニィィィッ!」
灯りのおかげで多少だが戦況が分かる。
カニはその質量を活かした攻撃を行っているようだ。周りの石柱ごと薙ぎ倒し、あるいは掴んで投げている。
2人は攻撃を避けるのが精一杯のようだ。
「くっ。せめて隙を作れたら――」
「ワタシが突っ込むから、レイゼンは腕を斬り落とすネ」
「危険よ!」
俺もさすがにこのまま見ている訳にもいかない気がするが、だからといって戦える訳もなく――。
囮なんてなろうものなら、そのまま吹っ飛ばされてグチャグチャになるのは目に見えている。
「何かあったかな……」
スマホの灯りでリュックの中を照らしながらゴソゴソと探す。
すると――もうなんで入れてあるかは忘れたが、あるモノを見つける。
「ガニィ、ガニニィィィ!!」
「あっ、不味いネ。オダナカさん!」
「えっ」
ドスンドスンドスンッ――。
カニの癖に前へ突進してきた。
俺は出来るだけ冷静に、手に持ったモノのスイッチを入れ――モクズカニの赤く光る眼に当てた。
「ガニッ!?」
これは害獣撃退用などに売っているレーザーポインターだ。
特殊な眼をしているモズクカニに、効果はあったようだ。
俺は咄嗟に、思いっきり横へ飛んだ。
モクズカニは目標を失ったように、そのまま壁へ激突する。
「チャンス!」
「はぁぁッ!」
その瞬間を逃さず、2人は背後から攻撃を当て――モクズカニを撃破したのだった。




