シーズン4 ―エピローグ―(後仕舞)
リオランガ城内、執務室――。
窓に掛けられた質素な色合いのカーテンの隙間から外の様子が見える。
夜もすっかり更け、天気も良いので空には月と星が無数に広がっているのを眺めたら最高に気分がいいだろう。
しかし、部屋の奥に備え付けられた机の上にある大量の書類とにらめっこをしている彼――レオガルドには、そんな余裕もないほど多忙であった。
「ふぅ――」
騎士団の備品の購入から、街の道路の改修予算案、街が運営している孤児院の改築工事――それらの計画書や予算案など1つずつ目を通しては承認の判を押し、ダメな部分や通せないモノに関しては、机横に置いてある木箱へと入れていく。既に木箱も満杯だ。
コンコン――ガチャッ。
「――殿下、失礼します」
「レンブランか。どうした」
「レイチェ様がご到着されました。これで今夜の夕食会の参加される貴族の方々は揃いましたので、ご報告に参りました」
「そうか――」
レオガルドは作業を止め、天を仰ぎながら右手で眉間の辺りを押える。
「お疲れのようでしたら、少し開始時間を遅らせましょうか?」
「いや。他の方々も忙しい中、時間を割いて集まってくれたんだ。責任ある者が、そんな事では示しがつかないだろう」
「では、食堂に皆様をお通しします」
レンブランは廊下で控えていたメイド達に王子の身支度を命じ、自身は貴族達を待たせている客間へと向かった。
◇
「おぉレオガルド殿下。それにレンブラン秘書官殿も。お久しぶりでございます」
ゴテゴテとした高価な装飾の入った格好の、背が低い恰幅の良い中年男性。
髪には白髪も混じり、柔和そうでどこかわざとらしい笑顔で2人に声を掛けて来た。
「レイチェ殿もお変わり無い様で」
「ご無沙汰しております」
1年に1度、第3王子の治める各地方の領主達を集めて定期報告会を開催している。
報告会と言っても、その実は領主を務める貴族達による王子のご機嫌伺いが主な趣旨であり、王子も既に前日までに報告書を受け取って処理をしているので、込み合った話などは後日行うことになっているのだ。
レオガルドは自ら各テーブルを回り、こうして挨拶をして回っているのだ。
「――ところで殿下。差し出がましいようですが、少々お顔が優れないのでは」
そう言われ、苦笑しながらレオガルドは答える。
「――皆に心配かけまいと思っていたが、レイチェ殿には見抜かれてしまいましたな」
「最近はどこも忙しい限りで……我が家の本業も、おかげ様で繁盛しております」
「ああ、そういえば確か。レイチェ様の奥方は特級魔法師でしたね。自作のアクセサリーや、本まで出版されているとか」
レンブランがそう言うと、レイチェは嬉しそうに頷く。
「えぇ、えぇ。それに最近では次男の奴も、家を出て新しい食品開発に勤しんでいまして……」
「食品、ですか?」
「美味しい漬物を作りたいと……可愛い息子の頼みですから、自由にやらせています。まぁ、そんなに長続きしないでしょうが」
「おぉ殿下にレイチェ殿。ご機嫌麗しゅうッ!」
テンション高めに、赤いワインの入ったグラスを片手にやってきた細長い初老の男性。
背格好はレイチェとは対照的だが、貴族らしい高価な服飾に身を包んでいる点は似たようなものだろう。
「オットー殿。お元気そうですね」
「ハッハッ。久々に羽を伸ばせますからね。しばらく近くの別荘でゆっくり養生してから、我が領地へ戻らせて頂くよ!」
ちなみにオットー氏の奥さんは、かなり気が強い事で有名である。
なのでこうやって各地に別荘を建てては、出張や視察と称してあまり屋敷には戻らない――という噂がある。
「先ほどの話を少し立聞きしてしまったのだが……寝不足には、レイチェ殿の奥方が作ったお手製の宝石がよろしいのではなかろうか」
「宝石?」
「これですよ」
オットーは、ポケットから紫色の宝石の付いたアクセサリーを取り出し、テーブルの上に置いた。
それはブローチのような大きさで、金の獅子を象った装飾が印象的だ。
一見すれば女性が舞踏会へ行く時に、身に付けるようなモノにも見えるが――。
「おお。これは“夢見の石”ですな」
「夢見の石、ですか」
「その名前の通り、良い夢が見やすくなる効果のあるマジックアイテムです。良い夢を見ると心身のリフレッシュにもなると、貴族から庶民まで色んな人達に人気の商品でして……」
「ほぉ」
「これには微量ですが、低級霊などを退ける魔力も込められています……なんでも一説によると、悪夢を見やすい人間は低級霊の悪戯によるものという話も聞きます」
「ワシも屋敷に来た行商人から買ったのだがな。確かに毎晩のように見ていた嫁から小言を言われる夢を見なくなり――こほん」
わざとらしく咳払いをするオットー。
その様子に思わずレオガルドとレイチェは顔を見合わせて苦笑いをする。
「どうですか殿下? 今は手元に商品がないので……なんならすぐにでもお取り寄せをしましょうか?」
「そうだな……」
レオガルドは顎に手を当て、少しだけ思案顔になるが――、
「――では、1つお願いしようか」
「おお。では、すぐにお届けできるよう手配をしておきますので……」
「ああ。よろしく頼みます」
「さぁ殿下。今日はお酒、付き合って頂きますよ」
「おいおいレイヴン殿。それじゃ石が無くても、ぐっすり寝れるではないか」
「ハッハッハッ。それでは我が国の安寧と、殿下の安眠を願い――乾杯ッ!」
「「乾杯」」
こうして夕食会は、いつも通りつつがなく終わるのであった――。




