34話 異世界の漬物と令嬢と8
全員が食べ終わり、メイドにより皿が下げられる。
次はクラフト家と藤生の出番だ。
「次は私の、クラフト家次男であるグラウ・クラフトの、世にも珍しい漬物をご覧にいれます」
立ち上がり自信満々に、金髪の細身な青年は言った。
少しくすんだ色の、短い金髪。緑を協調し、金のラインが入ったスーツのような格好だ。胸元には白いヒラヒラとしたタイが揺れている。
鋭い目つきだが、少し軽薄そうな顔つき。
オブラートに包まずに言えば、チンピラのような風貌――クラフト家は名門騎士の家柄だというのだが、彼も騎士なのだろうか。
「おいフジオ。ご紹介しろ」
「はいグラウ様――」
アゴで指示され、いつもより少し低めのトーンで応対する藤生。
このやり取りだけで、裏ではどんな対応をされてきたのか察してしまう。
そういう意味では、彼は1番のハズレを引いたのかもしれない。
「えー漬物と言えば、野菜が主流ではございますが――何もそれだけが漬物じゃねー……いや、ございません」
メイドが布を取ると、ワゴンにはいくつかの取り皿が置いてあった。
漬物らしいモノは――その奥に積まれている、赤黄カラーの丸い缶詰。
「まさか……」
もう嫌な予感しかしない。
1つの思い当たる食べ物を思い浮かべてしまい、冷や汗が出てくる。
これにはモナカも――いや、いつの間にか席に居ない。
「こちらは、魚を発酵をさせた漬物でございます」
藤生は缶詰を手に伯爵達へ紹介。
気のせいか、パンパンに膨らんでいるように見える。
「ほー。魚の漬物とは意表を突かれたのぉ! ジョニー君のカイテンズシも素晴らしかったが、これも美味しいんじゃろうな」
「では、今から開封させて――」
「いや羽柴! アタシらまで巻き込む気かよ!」
「あ痛っ」
藤生の背後から、ジャンプして銀色のトレイで殴るモナカ。
今、面じゃなくて角でいったな……。
「何すんだよ大中」
普段からの鍛えようなのか、藤生は対してダメージが入ってないようだ。
そんな藤生に、怒りの表情でモナカは詰め寄る。
「これ。まさかと思うけどなぁ……例のアレ。シュールなんとかじゃねーだろうなぁ」
「ぎくっ」
俺らの世界では有名なニシンの塩漬け。
普通の漬物と大きく違う点として、発酵したままの状態で缶詰へと入れるのだ。
なので、缶詰の中でも発酵が進み――過去には、食品倉庫の中で放置し過ぎて爆発事故が起こった事もある。
そして、それ以上に有名なのが――世界最高の悪臭。
その悪臭故に、屋内で開封するのを禁じられ、発酵した汁が服に付けば一生取れないとまで言われるくらいだ。
本来、食べる際にも事前に酒で洗う必要がある。
ちなみに単体で食すると匂いが強く食べ難いが、他にも色々と付け合わせと一緒に食べると匂いが緩和されて美味しいと聞く――もちろん、俺は食べた事が無い。
藤生はそんな缶詰を、今ここで開けようとしているのだ。
それをすぐに察したモナカは急いで止めに入ったのだが、それを咎める者が居た。
「おいチャール様よぉ。こっちの漬物出すの邪魔するのは、どういう了見だ?」
これがグラウの素なのだろう。
貴族とは思えないくらいガラの悪い口調だ。
「公平を期する為に、正々堂々とこっちはやってんのによぉ」
彼が大げさに喚き立てるも、ルガルーは相変わらず落ち着いた物腰で、
「これは大変失礼をしました」
そしてモナカの方へと向き直り、口調は変えず彼女を咎める。
「モナカさん、それがどういう漬物かは知りませんが、用意されたモノである以上――それを邪魔するのは、家の名に恥ずる事ですよ」
正論だ。
正論ではあるが――。
「せ、せめて野外で開封を――」
「おいチビ! チャール様が言ってんだ。すぐにそこを退け」
「――グラウ殿。モナカさんにそれは失礼ではありませんか」
物腰こそ落ち着いているが、こちらも少しムッとした様子だ。
そんな2人のやり取りに目もくれず、藤生はモナカに向けて、握り拳に親指を立ててこう言った。
「心配すんな大中。オレは今日、鼻が詰まってんだ」
「お前の心配なんかしてねーよ! ここでバイオテロでも引き起こすつもりかよ!」
「あのお坊ちゃんがいいで言ってんだ。ここらで1発かましてもいいだろ!」
やはりかなりの鬱憤を溜めていたようだ。
しかし、流石にこれを見過ごすと俺らの漬物発表にまで響く。
「チョビアン伯爵様」
「どうしましたオダナカ殿」
「彼女の言う通り、野外での開封をオススメします。その、かなり独特な匂いで気分を害してはいけないので……」
「ふむ――ではハシバ殿。野外での開封を許可しますので……セウンス」
「はい。ではハシバ殿。こちらへ……」
「……へーい」
なんとかこの場に居る全員、醜態を晒さずに済みそうだ。
しばらくして――一緒に着いていったセウンスさんと、メイド達が青い顔をして戻って来た。
その手には、少し厚めに切ったパンやチーズと、少しヌルとした表面の切り身が乗った皿がある。
「……こ、これは――確かに凄い匂いですな」
「こ、こんなもんが食えるのか……?」
他の人らも一斉にハンカチで口元や鼻を覆う。
「い、いやチョビアン伯爵様、ヒラレー様! これこそが、まだ見ぬ新しい漬物です! さぁ、お食べになって下さい!」
本心はカケラもそう思っていないのだろう。
グラウは震える声を抑え、視線もどこを見ているのか分からない。
「ではグラウ殿。ここは勇猛果敢で知られるクラフト家の名に恥じない為にも、どうぞお先に食べてみてはどうですか」
先ほどのやり取りの仕返しなのか、紳士的な笑顔のルガルーは――鼻元をハンカチで覆いながらも、グラウに試食を薦めた。
「え」
「見たところグラウ殿も初めて見たご様子――危ない食べ物ではない事を証明する為にも、まずは先陣を切るべきではありませんか?」
「え……」
1人を除いた全員の視線がグラウへと集まる。
あからさまに狼狽える彼だったが、ちょうど隣に戻ってきた藤生は声をかける。
「大丈夫だグラウ様」
詰まっていたとか言いながら、しっかり鼻栓をしてあるので鼻声だが。
「オレ様を信じろ――」
「ハシバ……分かった」
その曇りなき眼は、彼の言葉に一切の偽りが無い事を示していた。
グラウは勢いよくフォークを掴み、切り身の中央を突き刺した。
「ここで退いては、クラフト家の恥だ!」
それを勢い良く口の中へ――。
◇
※お見苦しい描写が多数ございますので、ここは割愛させて頂きます。
※魚の漬物は、付け合わせに用意したパンやチーズなどを合わせ、美味しく頂きました。
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