34話 異世界の漬物と令嬢と7
試行錯誤を繰り返し、気付けば数日が経過していた――。
そして、ついにお披露目会の日がやってきた。
場所はチョビアン伯爵邸、食堂。
晩餐会などを行う大広間よりは狭いが、それでもウチの会社の大会議室くらいはあるだろう。
中央にある大きな丸いテーブルに清潔な白いクロスが掛けられ、今日参加する人数分の椅子が用意されている。
手前入り口側にはヒラレー嬢の婚約者として名乗り出たチャール家、クラフト家、レイチェ家から立候補者が3名。
奥にはチョビアン伯爵と、その隣には金髪のおしとやかな雰囲気の女性が座っている。
ジョニーは見届け人として、他数名のメイドやセウンスさんはお手伝いの役目があるので後方で待機している。
俺達はアドバイザーとして各担当した立候補者達の隣で、同じように座っている。
本来であれば貴族の方々と同席は許されないだろうが、今回は公平を期す為に俺達も漬物を食べる事になっている。
ちなみに俺と藤生は、執事のような黒い燕尾服を着ていて、髪型もオールバックに仕立てられている。これは屋敷のメイドさん達にセットされたのだが、慣れないせいでむず痒い。
モナカも黒い生地に白いレースのメイド服を着ている。茶色い髪はポニーテールに結われているのだが、その伊達メガネはなんなのだろうか。
この席から見えるモナカの顔は自信たっぷりといった感じで、余裕そうだ。
藤生は――目を閉じているが、若干不機嫌そうにも見える。緊張しているからそう見えるのだろうか。
「今日はヒラレーお嬢様の為にお集まり頂き、誠にありがとうございます」
全員が席に、あるいは配置に着いたのを確認したセウンスさんが深々とお辞儀をする。
「3回目という事もあり、細かい紹介は省かせて頂きます。では早速――」
セウンスが3台のワゴンへ視線と手をやった。
どれにも白い布が掛けられ、上の乗せたモノは見えない。
「これより皆様の用意した“新しい漬物”を順番に配膳致します。今回はチョビアン伯爵様のご要望もあり、各家の皆様と御付きの方々にも召し上がっていただきます」
さすがに何度もやり直しを要求され、ヒラレーだけの審査では納得がいかなかった部分があるのだろう。
他の立候補者の顔を見ると、頷いている者も居た。
少なくとも全員が食べれば、それだけは回避できると考えたのだろう。
「今回は3人の方々が、スペシャリスト達を雇ってまで考え出した漬物だ。ヒラレーも期待が募るだろう」
伯爵も朗らかな笑顔で、スペシャリストの部分を気持ち言葉を強調してヒラレーへ視線を向ける。
「はい、お父様。わたくしも楽しみでございます」
俺もヒラレーの顔は初めて拝見したのだが、あのホールに飾ってあった絵画の少女が、そのまま歳を重ねて美しく成長した姿である。
白色を強調したドレスに、鮮やかな紫色のレース。肩まで届く絹糸のような金髪。
凛とした声の持ち主で、少し喋っただけなのに候補者の1人が目をとろんとさせ――ているのはレイテだった。
「ではまずはチャール男爵家より、ルガルー様の漬物でございます」
「ご紹介にあずかりました、チャール男爵家の嫡男。ルガルー・チャールです。今日はお日柄も良く、チョビアン伯爵様とヒラレー様におきましてはお元気そうでなによりです」
定例の挨拶をするルガルーという男性。
歳は自分と同じく30代だが、もう少し老けて見える。
ベージュの髪と繋がるようなモミアゲとヒゲ。貴族らしい立派な恰好をしており、胸にはいくつかの勲章のようなアクセサリーを付けている。
ヒラレー自身は17歳。
だいぶ歳が離れているのだが、割とよくある話なんだろうか。
「今日は新しき漬物をご用意しましたので、ご賞味いただければと思います」
ルガルーが言い終えると同時に、メイドが白い布を取る。
そこには木製の桶が1つと、予め皿に載せられた漬物がいくつか置かれていた。
桶を見るに、漬物自体の正体はすぐに分かった。
メイド達が漬物が乗った皿を、各人の前に置いていく。
皿の上には3種の漬物が、数切れずつ並べられていた。
「奥から右回りにマンドラゴラ、ガブ、水瓜の皮の部分。それらを漬物にしました。モナカ君」
材料そのものは、どこの市場で入手可能な野菜だ。
「はい。こちらは、この糠というモノを使って、2日3日ほど漬けました」
席から立ちあがり、小さめの桶の形をした糠床を紹介するモナカ。
ちなみに糠床とは、漬物用に材料を入れた糠の入った容器の事だ。
材料としては米糠の他にも塩や昆布、唐辛子が入っている。
さらに野菜クズを予め漬けておくことで、発酵の具合を整える事ができる――参考として買った漬物の本にそう書いてあった。
恐らくモナカも、基本に忠実に作ってあるだろう。
モナカがフタを開けると、独特な匂いが周囲に流れ込んでくる。
匂いが気になるのか、チョビアン伯爵は少し鼻を摘む仕草をするので、すぐにフタを戻す。
「う、うむ。少し変わった匂いがするな」
「慣れてくればクセになると思います。では、ご賞味下さい」
俺の前にも配られたので、まずはガブから頂く。
少し厚めに切られた白い身に、遠慮なくフォークを突き刺し口へと運ぶ。
まず口に入れる前に、特有の香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。
「シャクッ――」
古漬けではないので、まだ新鮮な食感が残っている。
それでいて若干の酸っぱさと、ガブと糠の甘みが口の中を支配する。
この日の為に、相当良い糠床を用意したのだろう。
これだけでもご飯が1杯頂けるくらいに美味しい。
「うーむっ。確かにクセの強い匂いと味だが、慣れてくるとこれもまた美味だな!」
「えぇ。食べた事の無い味で、美味しゅうございます」
「――ありがとうございます」
クラフト家の立候補者も、口にした後に少し顔をしかめたのが見えた。
味に関しては文句は無いという事だろう。もしくは、高評価なのが気に入らないか。
レイテは――糠漬けを味わいながらも、ヒラレーの方しか見ていなかった。
「はぁ――食べる姿も美しいなぁ……」
ヒラレーの反応的には、悪くない感触だったのだろうか。
彼女の微笑みからは、それは読み取れなかった。




