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33話 異世界の漬物と令嬢と3


 貴族の(もと)への出向の日――。

 チョビアン伯爵の用意してくれた馬車に揺られ、俺は事前に聞いていた情報を反芻(はんすう)する。


 3つの貴族はそれぞれ、


 『チャール』チョビアンと同じく地方領土を治める伯爵(はくしゃく)家。

 『クラフト』当主は騎士団長を務めた事もある子爵(ししゃく)家。

 『レイチェ』魔法と錬金術で富を築く侯爵(こうしゃく)家。


 という名前らしく、厳正なくじ引きの結果、俺はレイチェ家へ出向する事となった。

 モナカはチャール家。藤生はクラフト家。

 正直、どの家に行っても有利不利はそこまで変わらない気がするが……。


 だがしかし――屋敷の敷地内で馬車から降りた俺は、このクジはハズレだった可能性が脳裏を掠めた。

 

 質素でシンプルな洋館だった伯爵邸とは正反対の建物。

 建物のそこらに金や銀の装飾に、教会でもないのに無駄に高くそびえ立つ鐘塔。庭園中央には噴水と当主らしき杖を持った女性の金の像。そこらに立っている石柱や、美術品もさぞ高い石で出来ているのだろう。

 自己顕示欲がふんだんに散りばめられた、見る者を圧倒する屋敷――それが俺の受けた印象だ。


 そして、その印象はレイチェ侯爵夫人と話す事でより強調された。


「我がレイチェ家は代々魔法師として財を成した由緒正しい一族なのですよッ」

「はぁ……」


 玄関ロビーから応接室に至るまで、どこを見ても金や銀、宝石の装飾が施され、見ているだけで騒がしくて落ち着かない。

 しかも応接室に現れた侯爵夫人は、モナカを超えるほどの髪を盛っており、そこにも宝石や蝶々をあしらった装飾などを付けている。

 化粧も濃ゆいくらいキメており、こちらへ漂ってくる香水だけでむせてしまいそうだ。

 年は40代後半くらいだろうか……言ってしまえば、クリスマスツリーをそのまま擬人化したような方である。

 魔法師というより、見た目には魔女の方が近いだろう。

 

「正直、土地だけ多く開墾(かいこん)してきただけの田舎伯爵の娘には、我が次男といえど勿体ないと思うのですが――その次男が、娘の事を大層気に入ってしまってねッ」

「そうですか……」


 夫人は薄い生地のスカートを履いているのに足を組み替えてくるので、色んな意味で目のやり場に困る――嬉しくは無い。

 

「まぁそうは言っても伯爵令嬢。我がレイチェ家のさらなる繁栄と発言力の拡大の為なら致し方がありませぬ」

「大変ですね……」

「おぉお分かり頂けましたか。あっ、もちろん今の事はご内密に……」


 そう言いながら赤い宝石の付いた指輪を渡してくる。

 

「これは?」

「わたしが直々に作った魔法石の指輪です。付けて寝ると夢見がよくなると貴族の間でも評判でね……おっと、もうこんな時間かッ!」


 懐中時計のようなものを取り出し、時刻を確認したのがその場にすぐ立ち上がる。

 俺の記憶が正しければ、異世界において個人はもちろん公共の場でも時計を見た覚えがない――それだけ、彼女ら貴族が上の立場だというのが伺い知れる。


「わたしも多忙ゆえ。後の事は、そこの執事のセバンスに聞きなさい」

「分かりました」

「もしもこの縁談が上手くいけば、わたしからも褒賞をご用意しますので。気合を入れて取り組んでくださいなッ」


 そういって彼女は、豪華絢爛(ごうかけんらん)なコートをメイドに着させて貰い、部屋を出てどこかへ行ってしまった。


「ではオダナカ様。まずは客室へご案内します」


 セバンスと呼ばれた執事は、伯爵家のセウンスさんとは違いまだ若い……40代くらいだろうか。

 しかし名前が似ているのはなんでだろうか。

 

「いえ、早速で悪いんですが次男さんにもご挨拶をさせて下さい」

「分かりました。レイテ様は、恐らく地下の錬金室の所です」

「錬金室?」

「えぇ。2度も断られたのが、逆にレイテ様に火を付けたようで……もうずっと籠りきりなのです」

 

 執事に案内されて、俺は地下の研究室になっている部屋の前へとやってきた。

 分厚い木製のドアが目の前にあるのだが、ここに立っている時点で異臭が凄い。


「この匂いは……」

「色々と試しているようなのですが……難航してまして」


 コンコン――。


『誰だ』

「セバンスです。チョビアン伯爵様の下から派遣された、漬物のプロフェッショナルのオダナカ様がおいでになられました」


 あの手紙にはそんな紹介が書いてあったのか――無駄にハードルは上げないで欲しい。


 ガチャッ――。


 ドアが開くと、ボサボサの少し茶色掛かった黒髪に無精ヒゲの生えた青年が立っていた。

 薄汚れている紺色のローブは、袖の部分が火で焼け爛れたようになっている。


「入れ。セバンス、用があれば呼ぶ」

「かしこまりました」


 丁寧にお辞儀をする執事のセバンス。

 俺も出来るだけ口呼吸をしながら室内へと入る。

 

「失礼します……」


 思ったよりも広い部屋だった。学校の教室ほどの広さに、高さも4m以上はある。

 その中央には赤い魔石を組んだコンロに乗せられた大きな釜から、何かを茹でているのか酸っぱいような匂いが漂ってくる――匂いの正体はこれか。

 他にも壁際に並べられた棚には本や箱などが並べられ、目の前の大きなテーブルの上にはガラスの容器に入った色とりどりの液体。何かの物体が液体の中に沈んでいるのが見える。


「これは――」


 しかしそれ以上に目に留まったのが、部屋の大きさに似合わない大きな肖像画だ。

 壁に飾られたそれは、金色の変な模様の額物に入れられている。

 

 そこに描かれているのは金髪で、前髪が切り揃えられたロングヘアーの若い女性。

 舞踏会に行くような余所行きのドレスを着て、胸には白い花のコサージュ。高価そうな椅子に座ってこちらに向かって微笑んでいる。

 俺が見た肖像画の頃よりずっと成長した姿だが、この女性は恐らく――。


「ヒラレーさんの肖像画、ですか」

「むっ!」


 ここで前を歩いていたレイテがいきなり振り向き、俺の両肩を掴む。


「ヒ、ヒラレーさんは――その、お元気か!?」

「それが……」

「お加減が悪いのか!?」

「いえ。私達はヒラレー様とはお会いになってないのですよ。伯爵様から、この事についてはご内密にという話でしたので」

「そ、そうか……」


 俺の肩から手を離し、適当な椅子へと座るレイテ。


「…………それで、お前が漬物に関して詳しいという話だったな」


 彼女の話から逸れると、途端に冷静な立ち振る舞いになる。

 

「そうです。あまり何度もお断りが続くのは、他の家にも申し訳がたたないとチョビアン伯爵様も気にしていらして……」

「ふんっ。大きなお世話だ。僕は必ず、自力で彼女を振り向かせる漬物を作って見せるさ」

「そうですか――でも2回提出されて、2つともダメだったんですよね?」

「うぐっ」

 

 痛いところでも突かれた、とでも言いたげなリアクションを取るレイテ。

 

「ふ、ふんっ。“新しい味”となれば、それは錬金術の分野だ。いつだって、魔法錬金は新しいモノを創り出してきた」

「それで、新しい味の漬物は出来たんですか?」


 少し長めの沈黙の後に、レイテは小声で言った。

 

「……試作の最中だ」

 

 テーブルの上には細切れになった野菜クズが散らかっており、ガラスの容器に入っている漬物らしき物体には”×”印が記された紙が張り付けられている。

 期限にはまだ時間はあるが、未だに納得のできるモノは完成してないようだ。


「ひとまず何かの参考になればと、色々買って――いや、用意してきました」


 俺が背負っていたリュックから、日本のスーパーで買ってきた漬物をいくつか取り出す。

 特に特別なモノはないが、それでもこちらの世界では無いモノ多いだろう。


「なんだそれは」

「これは梅干しです。私の住んでいる国では定番の漬物です」


 さすがに買ったままのプラスチック容器そのまま持って来ては色々と怪しまれそうなので、全部それっぽい入れ物に移し替えて来た。

 俺は小さな陶器のツボから梅干しを3つほどスプーンで取り出し、小皿の上に乗せてレイテに渡す。


「僕の試作24号と見た目は似てるが……ぱくっ」


 小皿の梅干しを、そのまま摘んで口へと入れる。

 口に入れた瞬間から、レイテの顔色が見る見る変わっていく。


「言い忘れてましたけど、これ凄い酸っぱいですよ」

「ひゃ、ひゃきに言え!!」


 涙目になりながらこちらへ訴えてくるレイテ。

 そして俺は、いくつかの漬物を紹介していくのだった――。


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