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33話 異世界の漬物と令嬢と2


「それで、ご依頼の漬物の件なんですが……」

「ああ。あれにも困ったものだ……」


 部屋の中で1番高価な作りの1人掛けソファに座った伯爵は、そのアゴ髭を撫でながらため息をつく。

 

「先ほどジョニーから聞いたんですが、漬物とは?」

「娘が、縁談を持ちかけて来た多くの相手方に、こういう条件を出したんだ」


 “わたしくが満足する、新しい漬物を持って来て下さい”


「……なんで漬物なんです? 条件とするにしても、ちょっと変わってるっていうか」

「そこは私が説明しましょう」


 俺らの座っている横で待機していたセウンスさんが、口を挟む。


「この屋敷での食事は特別な場合を除けば、長年メイド長をしていたメリアが決めていました」


 屋敷では、普段の食事に関してはあまり過度な贅沢はしない方針でもあり、食材にしても無駄の出ないような調理方法を考案していった。

 魚を捌けば、余ったアラなどは捨てずにスープに利用する。

 根野菜などの葉も、キチンと調理をして1品料理にする。


「しかしメリアは去年、亡くなってしまってな……」


 伯爵は席を立つと、部屋の縦長の両開きの窓を開く。


「あそこに見える畑も、彼女が率先して作ってくれたものだ」


 畑には青々とした野菜が並び、傍には果実が成っている木もある。

 キチンと手入れがされた良い畑だ。


「あそこの畑の野菜を使って彼女がよく保存食を作ってくれていた……」

「それが、漬物」


 少し遠い日の事のように語る伯爵。

 

「我が屋敷での食事には欠かせないほど評判が良くてね……」

「もう作れないのですか?」


 流石に漬物のレシピを1から作りだせと言われたら、かなり困る話になるが――。

 

「いえいえ。メリアも自分の歳はよく分かっていましたので。ちゃんとレシピを残してくれていましたし、再現された漬物をお食べになったお嬢様も特に不満は無い様に見受けられましたが……」


 セウンスさんが補足の説明をしてくれた。

 伯爵は、再びソファに腰掛けるとやはりアゴ髭を撫でる。

 考え事をしている時に出るクセなんだろう。

 

「内心では、やはりショックだったのだろう。小さい頃からメリアの事はよく慕っていた」

「お食事も減り、共に出したワインもあまり手を付けられません……」

 

 慕っていた身近な人に先立たれれば、精神的なショックは思ったより大きい。

 それが日常生活に影響が出ない訳が無い。

 

「……もしかしたら新たな漬物を求めるのは、お嬢様なりのケジメなのかもしれません」


 セウンスさんは天井の方――いや、空の方へ視線を移しながら語る。

 

「ケジメ?」

「もういつまでもこの家の味に引きずられるのではなく、新しい家庭の味を求めるのかも……」

「……だとしても、相手が持ってきた漬物を突っぱねて2回になる。ワシのメンツはどうでもいいが、相手の顔に泥を投げつけるような真似が続けば……」


 伯爵家の令嬢ともなれば相手の家柄も相当なモノだと思う。

 そんな相手の機嫌を損ねてしまえば、これからの貴族としての付き合いも、伯爵令嬢としてのヒラレーの立場も危うくなるだろう。

 

「どうかヒラレーが気に入るような漬物を、婚約者候補の彼らに教えて頂きたい」

 

 これが依頼の内容だ。

 貴族達に、漬物の作り方を教えろというのだ。

 

「それで、オレらに話が回ってきた訳か」


 藤生が納得したように頷く。

 

「……相手方とはもう話がついてある」


 いくつかの家が名乗りを上げたが、その条件を飲んだ貴族は3つ。

 3つの家の立候補者は、ヒラレーや伯爵などの審査員に新作の漬物を出す。

 それを順番に食し、ヒラレーが気に入った漬物を出した立候補者を婚約者として指名するというのだ。

 

「……おあつらえ向きに、オレ達も3人だよな」

「なるほど。つまり、これはあの時の勝負の仮を返す時が来たようね――パパッ!」

「あの、その呼び方は辞めて貰えますか」


 やる気充分といった感じに、自身の拳を握るモナカ。


「というか、フェスでの戦いは一応ガンドル側が勝ってた訳だし、別にいいんじゃ……」

「よくない! 実質、あれはこっちの負けのようなもんだし、ここでどっちの用意した漬物が気に入られるかで、勝負だ!」

「おっ。大中がそう言うなら、オレもその勝負乗ったぜ」


 さっきまで緊張でガチガチだった藤生も、勝負となったら急にやる気を見せて来た。

 

「ここで貴族のお坊ちゃんに対して顔を売っとけば、本業にも繋がるって訳よ」


 藤生は猿やゴリラと呼ばれる事もある見た目だが、こう見えて異世界で水産加工の会社を営んでいる社長だ。

 急なこの話を受けたのも、そういった打算があったようだ。 


「負けた奴が罰ゲームだからね。アタシが勝ったら――叙〇苑でも奢って貰おうかな!」

「じゃあオレはこっちで1番高いワインだな。1回飲んでみたいんだよなぁ」

 

 その様子にジョニーも申し訳なさそうな表情で、

 

「……すいません、チョビアン様。ウチの助っ人達が勝手に盛り上がっちゃって」

「ほっほっ。別にいいですよ。ではセウンス――例のモノを」

「はっ」


 そう言われてセウンスはテーブルの上に3つの手紙と地図、中身のある小さな麻袋を置いた。


「これが先ほど申した3つの家の場所と手紙です。これを見せれば、通して貰える手はずになってます」

「少ないが手付金として受け取っといてくれたまえ。成功したあかつきには、もちろん追加で褒賞を用意させて頂く」

「かしこまりましたっ!」

「頑張りますぜ!」

「――よろしくお願いします」


 こうして俺達は、かぐや姫の難題ならぬ令嬢の漬物探しを依頼されたのであった。


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