32話 異世界の新人冒険者達と1
それは世界において絶対的なヒーローの称号。
弱き民を助け、邪悪な魔物を倒し、世界を冒険する。
ゆくゆくは世界征服を狙う魔王との死闘。
勝利。そして名誉と栄光。
様々な絵物語の主人公達は、人々から“勇者”と呼ばれ、その生涯を光と共に歩んでいく。
◇
ガチャ――。
俺は、もはや慣れた手つきで白い鍵を差し込み、開く。
人気のない、路地裏にあるビルの勝手口みたいなドアである。
大家から貰ったその鍵は、毎回俺の“食べたい気持ち”に反応して異世界への誘ってくれる。
「……これは、どこかの遺跡の中でしょうか」
これまでも色んな場所へと繋がった。
町中や、店のトイレ、海賊船――そしてダンジョン。
この異世界では割とそこらの山奥や、場合によっては大きな街の地下などにもダンジョンと呼ばれる遺跡がある。
前、アグリさんに聞いた時には、大小さまざまではあるが確認されているだけでも100を超える数。
ここも、その1つなのだろう。
特有の湿った空気。天井や壁には魔力を帯びたシダ系植物が発光している。
このおかげで若干薄暗いダンジョン内部の通路の形が分かる。
「……どっちに進むべきか」
石造りの通路は、そのまま左右どちらの方向にも長く続いている。
ぼんやりとした灯りでは、先の方まで見る事はできない。
「これは――」
スマホのライトを起動して石畳の床をよくよく見ると――複数の靴の足跡がいくつか残っていた。それが左から右へと続いて行っている。
床には若干チリが積もっており、その足跡からしてかなり最近のものだ。ほんの数時間前に、ここを通ったのかもしれない。
そして、少なくとも人間のものであろう。二足歩行する靴を履いたモンスターの可能性もゼロではないが――。
「…………行って見るか」
ひとまず出てきた木製扉の端に、通勤用のリュックに入れておいた油性ペンで丸印を付けておく。
足跡を辿ってどんどん進んでいくと、左右の分かれ道へとやってきた。
スマホのライトで照らすと、足跡は右へと曲がっていったようだ。
壁にペンで印を付けて、足跡を辿りながら歩くことさらに十数分。
「ん?」
異変に気付き、足を止める。
通路自体はまだ奥へと続いているようだが――。
「途切れている……」
くっきりと残っていた足跡は、完全に消えていた。
周囲を見渡しても他と壁、石畳の床共に変化はない――しかし、1つだけおかしい点がある。
足跡が消えた境には、太さは10cmほど。長さは1mも無いくらいの白い線。それが石畳に引かれているのだ。
「……もしかして」
周辺に石などはなかったので、リュックから後で捨てようと思って忘れていた空き缶の入ったビニール袋を取り出す。
それを色が変わっている床の真ん中へ放り投げると――、
カンッ――という金属と石がぶつかるような音はなく、ゴミはスッとそのまま床へと吸い込まれていった。
「――痛ッ!?」
間髪を入れず、床の中から人の声が響いてきた。
正確には、投影された映像の床の下の、落とし穴の方からである。
天井を見上げ注意深く見ると――小さな水晶のようなモノが埋め込まれている。恐らく、アレから床の映像を出しているのだろう。
「な、なんだコレ?」
「ちょっと狭いんだから……足、どけてよ!」
「ハラ減ったなぁ」
3人分の若い男女の声が聞こえる。
俺は下へ向かって声を掛けてみる。
「――大丈夫ですか?」
◇
いつも使っているリュックには、どこかで使うかもしれないとロープや軍手なども用意してあったのが幸いした。
他には前使った赤外線レーザーポインターや、水を汲む用のペットボトルなども入っている。
なので、毎回小さなポーチ1つで来るモナカには不安を覚えることもある。
「いやぁ、助かったです」
「皆さんもご無事のようで何よりです」
落とし穴自体に殺傷能力があるようなモノは取り付けておらず、底の方がかなり狭くなっていた。
1人の場合なら這い上がれそうだが、3人一緒に団子のようになってハマってたようだ。
助けた内の1人、リーダーだと思われる赤髪の青年。
どこか少年のようなあどけなさのある顔立ち。例えるならサッカーやバスケットをやっていそうである。
胸当てや肩当てを装備しており、腰には皮製の鞘に入っている剣を提げている。
「もう。折角冒険に出るって言うから新調したのにさぁー。見てよ、ここ破けちゃってる」
「おお。カワイイ服が台無しなんだなぁ」
金色のショートヘアーの少女が、破けた服の袖を隣の男に見せている。
少女は小柄で背も低く、耳が人間と比べて細長い。恐らくエルフだろう。
薄緑のコルセットのような服にショートパンツ、背中には矢筒。
軽装な少女とは対照的に、全身金属の鎧に身を包んだ大柄な男性。
顔もフルフェイスのせいで見えないが、素朴な声からして彼も若いのだろう。
彼は背中に荷物の入ったリュックを背負い、左手には大きな鋼の盾。他に武器のような獲物は見えない。
彼らに共通して言えるのは、若者であること。そして、装備の殆どが新品であること。
「皆さんは冒険者ですか?」
冒険者――と聞くと俺は探検家のようなものを想像するが、こちらの世界ではそうではないらしい。
色々と説明を聞く限り、簡潔に言えば“なんでも屋”が一番近いだろう。
彼らは冒険者ギルドに所属し、そこへ入ってくる依頼を受けて各地方で仕事をする。
騎士団の手が足りない時の魔獣の討伐、まだ探索がされていない洞窟や遺跡の調査、危険な森へ薬草摘み、商人の護送、迷子猫の飼い主探し――と、仕事は多岐に渡る。
最近は傭兵から冒険者への転向も多くギルドのある町の賑わいが増えたが、代わりに住民や冒険者同士のトラブルも増えていると――これはアグリさんに聞いた。
「はいっ。ボクらは“紅き旋風”として活動してます!」
冒険者は個人のみでなく、時に複数人でチームを組んで活動することもある。
一時的な場合もあるが、恒常的に活動する場合はメンバーとチーム名をギルドに届ける必要があるらしい。
しかし、なんとも背中がむず痒くなる名前だ。
「ボクはリーダーのグレンです」
「……ジータ」
「お、おれはモルトって言います」
「私は小田中と言います。よろしくお願いします」
互いに自己紹介も終わり、当然の疑問をぶつけられる。
「で、おじさんはこんなところで何してんの? 見る限り、同業者じゃないでしょ?」
今の俺は、いつもの濃い紺色のスーツ姿である。
もう梅雨に入ろうかと言う時期なのに、日射は容赦なく降り注ぐので夏用に替えようかと検討中だ。
そこに黒い革靴。背中に大き目のリュックを背負っているが、どれも現代の装備品だ。
「私は商人をやっていて、ここには珍しいモノがあると聞いて来てみたんです」
こういったことはよく聞かれるので常套句ではあるのだが――異世界では、商人が単独でこんなダンジョンに潜ることはあるのだろうかと毎度思う。
「へぇ……おじさんベテランなんだ」
「おれ達はま、まだ冒険者はじめて半年くらいでぇ……」
「単独でここまで来れるなんて、尊敬します!」
グレンには羨望のまなざしで見られてしまう。
「やっぱりここにはお宝があるんだよ。オダナカさんも言ってただろ」
「そうみたいね――あの情報屋も、たまには良いのくれるのね」
どうやら彼らはどこか近場の町で、このダンジョンの情報を仕入れたのだろう。
しかし宝が眠るダンジョンということが情報として出回っているなら、もう先に他の冒険者が来ていてもおかしくないような……。
「でもオダナカさんが知ってるってことは、他の冒険者にも漏れている可能性はある。少し先を急ごう」
「そ、そうだなぁ。口留め料ちゃんと払ったんだから、おれたちが1番乗りしたいんだよなぁ」
なるほど。恐らく情報屋はただ情報を売るだけでなく、追加料金を払えば一定期間販売の差し止めをしてくれるのだろう。
それでも他の冒険者に売ったりする阿漕な商売をしてないといいが――。
「オダナカさん」
「はい?」
などと思案していると声を掛けられた。
「恐らく、オダナカさんもこの遺跡最奥にある“アレ”が狙いでしょうが――ここでひとつ提案があります」
「なんでしょうか」
もちろん“アレ”のことなんか知る訳も無いが、ここはそれに乗っておくとする。
「目的のモノを入手するまで、一時的に協力しませんか?」
「ちょっとグレン!」
「――さっきの落とし穴にハマってこのまま餓死していた可能性だってある。経験の浅いボク達だけじゃ、まだこの遺跡の探索は早いのかもしれない……」
「……それは、そうだけど」
「この依頼をこなし、あの伝説の“アレ”さえ手に入れれば、もっと良い装備だって買えるし、実績も出来てもっと貴族から依頼も来てたくさんお金稼いで、余生を遊んで暮らすことだって出来るはずだ!」
「そうねグレン。これも全部、わたし達3人のためよね」
「そ、そうなんだな。お金一杯稼いで、田舎の奴らを見返してやるんだな!」
「という訳でオダナカさん。ご協力、お願いしますっ!」
「「お願いしますっ!」」
なんか勝手に盛り上がって勝手に話が纏まった。
こちらとしても、もちろん断る理由はない――というより、新人でも武装した彼らにくっついていた方が安全だろう。
「分かりました」
二つ返事で、俺は了承した。




