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Marginal Man  作者: 志藤天音
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ホームステイ〜由香里編〜

 一日ロンドン観光をした翌日。今日からいよいよホームステイが始まる。

 朝食後バスに乗り、これからの滞在先となるイーストボーンに出発する。


 あらかじめホストファミリーの情報は知らされていたし、私たちも写真付きの履歴書みたいなプロフィール表を送ってはいたけど、文字だけじゃわからない部分も沢山ある。

 私は前もってホストファミリーに手紙を送ったんだけど、返事は無かったし。凄く不安だった。せっかく帰国子女の里香に英語を確認しながら書いたのにさ。たぶんそういう文化なんじゃないかって言われてたけど、割と緊張しちゃってたからね。

 でもね、一緒に行くバンドメンバーのファミリーは老夫婦とか、老人の一人暮らしとかだったのに、私だけは夫婦と小さい子ども三人っていう、まさにファミリーっていう構成だったの。

 情報によると、お父さんは大工さんで、お母さんは先生。先生? 何の先生なんだろう。気になる。いろいろ話聞いてみたいなあ。私の英語力でそんなコミュニケーション取れないか。なんてことを一人で思い巡らせてた。


 イーストボーンは、イギリスの南西部にある海沿いの町だ。ロンドンからの移動中、草原地帯が現れた。そこに羊の群れが。

 「イギリスの羊ってさ、顔が黒いんだよな。♪バーバーブラックシープ……っていう歌あるじゃん? そうだ、時間があったら本屋さんに行ってマザーグースの絵本でも買ってみたら? イギリスの童謡だから、小さい子どもがいるんだったら一緒に楽しめるんじゃない?」

 にしやんが教えてくれた。まず、マザーグースを知らなかったのでピンと来なかったけど、本屋さんがあったら探してみよう。

 りっちゃんも智美も英語の勉強になるかなと、マザーグースに興味津々だった。まあ、智美はにしやんのことに興味津々なだけだと思うけど。小さい子どもがいる家なんて、私のホストファミリーぐらいじゃない。一番マザーグースが必要なのは私なんじゃないかって思うんだけどね。


 海が見えて来た。なんか不思議な光景。砂浜とかじゃなくて、断崖絶壁が果てしなく続く。しかもその崖の色は黒じゃなくて白、真っ白だった。

 青い空、緑の草原、真っ白な崖、そして青い海。絵葉書みたいに綺麗な景色。私はこの夢みたいな景色を目に焼き付けていた。


 バスは町に入り、明日から通う学校へ。大自然の中の小さなお城みたいな可愛らしい建物だ。門をくぐってから学校の入り口までが遠く、広い芝生の庭ではリスやウサギが駆け回っている。

 外国の映画のワンシーンに紛れ込んだみたいな、異世界に来ちゃったみたいな感覚で、実際に自分がここに立っているのか確認しなければいけないほど浮き足立っていた。


 学校の食堂でランチ。なんかレストランみたいに食事を一人一人に提供してくれる。まるでお嬢様学校の生徒たちみたいな待遇だね。

 食後に出たデザートのチョコレートケーキ。そのままでも美味しそうなケーキの上に、さらにチョコレートソースをかけられる。食べてみたら、やっぱり激甘。

 「私、このソースいらなかった……」

 恵美子が呟く。

 「私もだよ、鼻血出そう」

 と言いながら私は悶絶していた。


 「Tea?」

 私、イギリス人のteaの発音好きかも。それだけお茶を求めていたのかもしれないけど、やっぱり聞き心地が良い。

 「オー、イェスイェス、プリーズ」

 「Sugar?」

 「ノーノー、あ、オンリーミルク」

 めちゃめちゃがっついてお茶を求める女に見えただろうか。だが私にミルクティーを注いでくれたご婦人は、優しく微笑みながら対応してくれた。

 

 「Thank you」

 「My pleasure」

 どういたしましての意味で返すMy pleasureという言い回しも好きだ。私の悦びですって人に対してなかなか言えることじゃないよ。どれだけ奉仕するんだって感じ。こういうのもイギリス特有の言い回しなのかな。


 貴子は別のケーキをお代わりした上に、また激甘の追いソースをしていた。平気な人は平気なんだな、私は無理だけど。

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