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悪女なわたしですが、浮気も婚約破棄も望むところです  作者: 雪菜
第二章

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第19話 アルフレッドの本音

 自室に飛び込み、ベッドに身を投げ出したマリアヴェルはアルフレッドへの悪態を激しく後悔していた。


「やっちゃったわ……」


 何もかもがうまくいかなくて、アルフレッドに八つ当たりしてしまうなんて。


 本心で言ったわけじゃない。アルフレッドは公正な人だ。必要があれば手を差し伸べるし、そうでなければ静観する。それだけ。


「わたしってば、何やってるのよ……もう〜〜」


 謝ったらアルフレッドは許してくれる。


 気にしてないよ、と優しく微笑んで頭を撫でてくれる。わかっている。わかっているけれど。今アルフレッドの顔を見たら、思考を放棄してしまう気がした。


 理由はわからないがあそこまで頑なに拒むのだから、間違っているのはマリアヴェルなのだろう。門前払いの現状は、別の手段で脱却する必要がある。


「一体どうすれば……」


 謝らせてすらもらえない現状から抜け出す手立てが思い浮かばなくて、マリアヴェルは途方に暮れた。



◆◆◆◇◆◇◆◆◆



 乱暴に閉ざされた扉を見つめて、アルフレッドは嘆息した。


「あんなに賢いのに、どうして肝心なところで鈍いかな……。マリィらしいといえばマリィらしいんだけどね」


 今頃はアルフレッドへの悪態を後悔して自己嫌悪に陥っているであろう義妹の姿を想像して、苦笑する。


「どうしたものかな……」


 笑みをかき消したアルフレッドは、神妙な面持ちで天井を見上げた。


 マリアヴェルの提案自体は悪くない。今の状況でフローリアとの仲裁役にアルフレッドが適しているという結論は、妥当だ。十中八九、フローリアはアルフレッドと面会してくれる。問題なのは、アルフレッドがフローリアに手を差し伸べる意味をマリアヴェルが正しく認識できていないことだ。


 公爵から期待されている役割はわかっているし、フローリアが求めている甘い慰めの言葉なんていくらでも吐けるけれど。それが何を意味するのか、マリアヴェルがまったく気づいていないのだから困ったものだ。元気付ける、の範疇には収まらないのに。


「フローリア嬢の性格を加味すればやりようはいくらでもあるけれど……厳しそうだな」


 無策で挑むから門前払いを喰らうのだ。とはいえ、駆け引き上手なのにいざという時に絡め手に走れず、一直線なのはマリアヴェルらしくて微笑ましくもある。


 今しばらく静観するか、手を貸すか。


 アルフレッドの案をマリアヴェルが実行することはないだろう。優しいあの子が傷口を広げるような手段を選ぶはずがない。わかっていて提案したのは、ヒントを出したつもりなのだが。これまでの人生でここまで躓いたことがない今のマリアヴェルの余裕のなさでは、気づかないだろうなと思う。


 フローリアを失意のどん底に突き落としたのがマリアヴェルである以上、知らん顔でいるわけにはいかない。というか、元を辿ればアルフレッドのせいだし。だいたいというか全部というか、本当に何もかも、アルフレッドが悪い。マリアヴェルは何も悪くないのだ。


 この数日を振り返って、深く深くため息を吐く。


「マリィのことだけを考えるなら、突っぱねるのが正解だったのかな……」


 フローリアの問題に首を突っ込めば、マリアヴェルは躓くと思っていた。真っ直ぐで素直なあの子がフローリアの地雷を踏み抜くのは、想像に難くない。


 関わらせれば壁に当たり、マリアヴェルが苦しむとわかっていながら巻き込んだ。すべてを見越した上で告げた。僕を助けてくれてもいいんだよ、と。


 縁談を申し込むために侯爵邸を訪ねてきたフローリア。本当は違う。彼女はアルフレッドに救いを求めてやってきた。おそらくは、マリアヴェルが想像している以上に。


 シュタットノイン公爵からは何も聞いていない。フローリアと顔を合わせる前も、会った後も。


 アルフレッドならすべての事情を見抜けると、公爵はそう考えているのだろう。だから娘にアルフレッドを推薦した。フローリアは父がアルフレッドをよく褒めているから白羽の矢を立てたと口にしていたが、事実は異なるのだと思う。そうでないと辻褄が合わないから、あの発言は嘘だ。


 公爵から相談があると打診された時、アルフレッドは公爵家を調べた。


 といっても、アルフレッドが把握している事情はマリアヴェルの認識と大差ない。フローリアが長く社交場に顔を出しておらず、引きこもりがちなこと。長年の親友と疎遠になっていて、その親友が婚約者と上手くいっていないこと。把握している情報の差は、フローリアがかつての婚約者に浮気された原因くらいだろう。


 フローリアとの会話で欠けたピースを補いながら、推論を広げて公爵の意図を悟った時――アルフレッドはかなり悩んだ。


 アンネローゼとのすれ違いで心を擦り減らしているフローリアに手を差し伸べるか、気づかなかったフリをして突っぱねるか。


 なんの打算もなしに他家の問題を解決してやろうと意気込むほど、アルフレッドはお人好しじゃない。だが、マリアヴェルの見ているアルフレッドは違う。あの子は自分の兄が公正な人物だと信じている。


 マリアヴェルからの信頼を想うと突っぱねるのは躊躇われて――だが、手を差し伸べれば後々マリアヴェルを苦しめることになるのもわかっていた。アルフレッド自身に、フローリアと関わりを持つ気はなかったから。


 どちらを選択すべきなのか、迷うアルフレッドの決断を促したのは――。


 アルフレッドの動向を窺いながら、一生懸命に駆け引きしようとしていたフローリア。彼女のひたむきな眼差しを脳裏に描いたアルフレッドは、苦く笑んだ。


「僕にマリィが必要なら、か」


 先日マリアヴェルと交わした会話。想定通りの答えが返ってきて、あの時のアルフレッドは敵わないなと思った。


 マリアヴェルは気づいている。アルフレッドには彼女しかいないのだと。だからこそ、マリアヴェルの想いは受け入れられない。あの子のアルフレッドへの想いは、恋と呼ぶような純粋なものじゃないから。


「よく考えたら、僕とフローリア嬢は真逆だな」


 独りでは耐えられないから、フローリアは縋る先を求めている。一方のアルフレッドは、独りでいたい。誰も傷つけずに済むから。


「公爵も、僕の何を見て娘の行く末を委ねようと思ったのやら……」


 周囲が持て囃す完璧な貴公子なんて、どこにもいないのに。


 交渉にやってきたフローリアの姿に思うところがあったから、迷った末に絆されることを決めたが。

 

 その判断は、果たして正しかったのかどうか。答えは出ない。この事態が収束した後であっても、正解か不正解かはわからないだろう。


「……難しいな」


 誰も彼もが、アルフレッドに期待を寄せてくる。様々な結果を視野に入れながら、最良だと思う道を選択しているつもりだ。それらの決断を難しいと感じたことはない。


 ただ、今回のようにマリアヴェルが敬愛してくれている公正な兄としての対応が結果として彼女を苦しめてしまう場合。どちらを優先するのが正しいのか。それが、アルフレッドにとって唯一の難題だった。

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