表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪女なわたしですが、浮気も婚約破棄も望むところです  作者: 雪菜
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/48

第16話 浮かび上がる輪郭

 アルフレッドに婚約者がいた頃、マリアヴェルは気持ちを自覚していなかった。だから彼の婚約者であったマデリーナを純粋な心で慕い、三人で過ごす時間を楽しんでいた。


 ――今なら?


 もし、アルフレッドがフローリアと婚約した時、マリアヴェルは変わらずそばにいられるか。それとも、一緒にいる二人を見たくなくてどこか遠くへ逃げるのか――。


 僕のそばにいられるのか、じゃなくて。いてくれるのか、とアルフレッドは尋ねた。それなら答えは一つだ。


 じっと見つめてくる紫苑の瞳を、マリアヴェルはまっすぐに見返す。


「お兄様に、わたしが必要なら。わたしは自分からどこかへ行ったりしないわ」


 どんなに苦しくたって、アルフレッドがマリアヴェルを必要とするのなら。自分は彼のそばで無邪気に微笑んでみせる。彼の隣に婚約者や奥さんがいたとしても、妹として。


 綺麗な瞳がわずかに揺らいだ。一瞬だけ目を伏せたアルフレッドが、ぎこちなく笑みを浮かべる。


「……うん。マリィは、そうだよね。だけど、誰もがそう在れるわけじゃない。必要とされているとわかっていても、どうしたって感情が先に立つ人だっているだろう」


 誰かではなく特定の人物を指していると、すぐにわかった。


 嫉妬の炎を必死に静めて、痛む心を押し殺してなんてことない顔で笑う。地獄みたいな日々。そばにいることを求められているとわかっていても、耐えられなくて――。


「……フローリア様が極端なまでに二人から距離を置いたのは、そばにいるのが辛いから?」

「たぶんね」


 二人の仲を応援していたフローリア。でも次第に見守るのが辛くなり、距離を置いた。離れたのは空気を読んでのことだと発言していたが、それが強がりだと仮定すれば。


「そばで見ていられないくらい辛いなら、フローリア様がカイン様を慕っているのは間違いないはずで――」

「本当にそうかな?」

「え?」


 見下ろしてくるアルフレッドの瞳に灯るのは、真摯な色。心の奥まで見透かしてしまいそうな、宝石よりずっと綺麗で静謐な色味。


「彼女は否定したんだろう?」

「二人の婚約に波風を立てないよう、咄嗟に否定したのかもしれないわ」


 アルフレッドは緩やかに首を横に振る。


「マリィが引きずるくらい、フローリア嬢の精神状態は平常じゃなかった。それほどまでに感情が昂っている時に溢れ出た言葉なんだ。本音だよ」


 こういう時のアルフレッドの見立てが外れるところを、マリアヴェルは一度として見たことがない。彼の言葉をすべて呑み込むなら。


「え、……それじゃあ、フローリア様の想い人って――」

「たぶん、そういうことなんじゃないかな」


 フローリアが愛しているのは、カインではなく――。


 アルフレッドが仄めかした結論に、マリアヴェルは絶句した。


 それが事実なら、マリアヴェルの発言は刃物染みた鋭さでフローリアの心をズタズタにしたに違いない。


 見えなかったフローリアという人物の輪郭が、一気に浮かび上がってくる。彼女はきっと、マリアヴェルが想像もしていなかったほど友人想いで、気高く、繊細で――。


 理解した瞬間、顔から血の気が引いた。


「どうしよう、お兄様。わたし、そんなつもりじゃ……」


 泣くのは卑怯だとわかっている。わかっていても、堪えきれなかった。


 マリアヴェルの言葉をフローリアがどんな想いで聞いていたのか。想像するだけで目頭が熱くなって、嗚咽が迫り上がってくる。


 頭の中は、どうしようという想いでいっぱいだった。知らなかったでは、済まない。


 アルフレッドがそっとマリアヴェルを引き寄せた。幼い子供をあやすような、優しい抱擁。温かな手のひらが背中を撫でてくれる。


「――うん。マリィはアンネローゼ嬢の想いをフローリア嬢にわかって欲しかったんだよね」


 親友の望みと、自分の中にある想い。板挟みにあって苦しんでいた彼女に、マリアヴェルは追い打ちをかけたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ