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第15話 時間を巻き戻したいです

 就寝前の居間リビングでの団欒は、マリアヴェルにとって一日で一番好きな時間だ。このひと時だけは、アルフレッドはマリアヴェルだけのものだから。


 普段ならご機嫌で過ごす夜。ソファに座るアルフレッドの膝を枕にして、マリアヴェルはうんうん唸っていた。


 帰宅してからずっと考え続けて。王宮から帰ってきたアルフレッドに一部始終を話すことで頭を整理してからもう一度しっかり考えて。夕食を食べ終えてからも悩み続けて、今に至る。


 半日もの時間を費やしても、何がフローリアにとって地雷だったのか。明確な答えは出なかった。


 漠然とはわかるのだ。アンネローゼと向き合うよう促したのが、よくなかったのだろう。だが、なぜそれがあそこまでフローリアを傷つけてしまったのか。それが、よくわからない。


 食い違っているフローリアとアンネローゼの主張。話が二転三転して、もう何が何やら、だ。


 確かなのは、マリアヴェルはやらかしてしまったということ。


「……時間を巻き戻せたらいいのに」


 何が最善だったのか、考えても考えてもわからなくて現実逃避してしまう。


 友人の縁談をぶち壊そうとしたのだ。フローリアが憤るのは当たり前。おまけにマリアヴェルは余計なことまで言ったらしく、フローリアを酷く泣かせてしまった。何もかもが最悪だった。


「時間を巻き戻せたとしても、マリィは同じ轍を踏みそうだけどな」


 上から声が降ってくる。なにやら難しそうな専門書を読んでいるアルフレッドが、目線を活字に向けたままそう言った。


「……記憶は引き継がれる設定で」

「その場合だと、フローリア嬢も君のやらかしは覚えているから巻き戻す意味がないんじゃないかな?」

「覚えているのはわたしだけなの!」


 がばりと身を起こして主張すると、アルフレッドがクスクス笑う。


「マリィは好感を持った相手の言葉は信じて疑わないのが玉に瑕だよね。交友関係が狭いから同性だと特に顕著だ。素直なのが君の最大の美徳だけれど、今回に関しては裏目に出てしまったみたいだね」

「……今欲しいのはわたしの分析じゃなくて、名誉挽回のための助言だわ……」


 微笑むだけで、アルフレッドは何も言わない。その視線は、相も変わらず分厚い書物にのみ注がれている。


「他人事なお兄様が恨めしい……。元々の当事者はわたしじゃなくてお兄様だったのに」

「フローリア嬢は停滞しているアンネローゼ嬢の婚約を進めようと、契約結婚という手段に出た。フローリア嬢がカイン殿への未練などないと示せば、アンネローゼ嬢も結婚に意欲的になると踏んでね。その相手に僕を選んでくれたわけだけれど……僕にその気はないからね。徹頭徹尾、部外者だよ。僕は、ね」


 本来ならマリアヴェルも部外者だった。だが、アンネローゼとカインの婚約に水を差した挙句、フローリアを泣かせてしまった。


 しゅん、と肩を落とす。


「謝らなきゃって思うのは、わたしの自己満足でしかない……?」


 アルフレッドが書物から顔を上げる。大好きな紫苑の瞳が優しく細まった。


「それを決めるのは、僕じゃないよ」

「うん……」


 マリアヴェルの謝罪を受け入れてくれるかどうかは、フローリア次第。


「ただ、マリィのどの発言がフローリア嬢に刺さってしまったのか――わからないまま謝罪するのは、よくないかもしれないね」


 アルフレッドの言う通りだ。何がそこまでフローリアを追い詰めてしまったのか。


 マリアヴェルは呟く。


「『自分の想い人と結婚するアンネの顔なんて、二度と見たくない』」


 面と向かってフローリアにこう言われたから、アンネローゼはカインとの婚約解消を決意した。


 フローリアが徹底してアンネローゼを避けた理由。アンネローゼはその原因をフローリアがカインを愛しているからだと主張し、婚約は呑めない、解消したいと言った。


 伯爵邸での二人の口論を思い出す。


 アンネローゼは面と向かってフローリアに告げていた。カインと結ばれるべきなのはフローラ、この記事が本心である証明だと。それなら、今し方マリアヴェルが呟いたフローリアの発言は、実際に起きた出来事とみて間違いなさそう。


 だがフローリアは、カインを愛していないと言い放った。


「フローリア様がアンネ様に告げた言葉が、嘘……?」


 そんな嘘を吐いて、フローリアはどうする気だったのか。カインを好きだと仄めかされて、アンネローゼが気持ちよく婚約に臨めるはずもない。それくらい、短い付き合いのマリアヴェルですら想像がつく。


 なぜフローリアはそんな嘘を吐いたのか。たぶん、先の事態を想定できないほど切羽詰まっていて。それほどまでにアンネローゼやカインと顔を合わせたくなかったのだ。執拗に二人を避けるのはなぜなのか。


 空気を読んでのことだと言っていた。本当にそれだけなら、マリアヴェルの言葉にフローリアがあそこまで動揺することはないだろう。


 そもそもが、アンネローゼとカインの仲を取り持ったのはフローリアのはず。アンネローゼとの関係を発展させる上で色々とフローリアに協力してもらったと、カインが発言していた。


 マリアヴェルに対する怒り具合からみても、フローリアがアンネローゼとカインの婚約を祝福しているのは間違いないのに。


「うぅ〜〜」


 考えがまとまるどころか、こんがらがるばかりだ。


「そう複雑な話じゃないよ。先入観を捨てて双方の言い分に耳を傾ければ、マリィなら気づけるよ」 


 アルフレッドはとっくに答えに辿り着いているみたいだ。教えてとねだるのはずるいから、彼の言葉の意味を一生懸命考えてみる。


「先入観、先入観……せんにゅう、かん……」


 段々と険しくなっていくマリアヴェルの顔を見て、アルフレッドが苦笑した。手にしていた本をローテーブルへと置き、真っ直ぐこちらに向き直る。


「マリィ独自の先入観を一つ、取り払おうか」

「独自の先入観?」


 独特な言い回しだなと首を傾げるマリアヴェルに向けて、


「あくまで例え話だから。他意はないよ?」


 念を押すようにそう前置きしたアルフレッドが、柔らかな声音で言う。


「もし僕がフローリア嬢と正式に婚約することになったとして」


 聞きたくない単語が飛び出したので、反射的に手のひらで両耳を覆ってしまった。


「こら、耳を塞がないで。ちゃんと聞いて」


 ただの例え話だよ、とアルフレッドが苦笑する。


「マリィはそれでも、これまで通り僕のそばにいてくれるかい?」

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