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第9話 二人は親友

 アンネローゼとフローリアは、腹心の友と表現しても過言ではない無二の親友だった。


 物心ついた頃から二人はいつも一緒。お互いの屋敷に泊まるのは日常茶飯事で、領地に帰る時だってどちらかがついて行くのは当たり前。成長して社交界デビューしてからも二人の交友は変わらず、社交以外の多くの時間を共有していた。


 お互いだけで完結していた世界に第三者が現れたのは、三年近く前のこと。


 伯爵令嬢として褒められた趣味ではないけれど、当時のアンネローゼは狩猟を好んでいた。二人の友情に変化をもたらしたのは、その狩猟がきっかけだった。


 アンネローゼは、狩猟大会で出逢ったアルバレス子爵家の次男カインと意気投合し、交流を持つようになった。二つ年上のカインは普通であれば眉をひそめるアンネローゼの趣味にも理解を示してくれる、気さくな青年だった。

 アンネローゼの勇姿を見たいからと、同行していたフローリアもカインには親しみを持っていた。それから、自然と三人で過ごす時間は増えていった。


 フローリアとカインが惹かれ合うのに、さほど時間は要さなかった。アンネローゼの知らないところで二人が時折り顔を合わせている。そう、お節介な使用人が教えてくれた。シュタットノインとイスマイールの使用人はそれぞれの屋敷を頻繁に行き来しているから、そういった話は筒抜けなのだ。

 そんなだから、当人たちが教えてくれずとも、アンネローゼは二人の仲をなんとなく察していた。


 だがそれは、あくまでアンネローゼ個人の話。下世話な詮索は互いの両親の耳までは届かず、カインとの出逢いから二年と少し。アンネローゼとカインの婚約が正式に決まった。


 年も近いし、お互いに婚約者がいないからちょうどいい。そんな理由で婚約はあっさりと交わされてしまった。


「『ちょうどいいから』で親友の恋人と結婚なんて、冗談じゃないよ」


 憤りを孕んだ瞳を隠すように俯いて、アンネローゼが吐き捨てる。


「カイン様は、婚約に異を唱えることはしなかったの?」

「カインは、すごく真面目なの。良くも悪くも。両親が決めたことなら従うのが貴族の家に生まれた子の責務だって考えてる。それに、身分は向こうが下だから。カインの本音がどんなものでも、子爵家からの婚約破棄はできないよね」


 困り果てたという顔で、アンネローゼは小さく肩を竦めた。


「フローリア様は、二人の婚約が決まってどんな反応を……?」

「祝福してくれたよ。フローラはそういう子なの。カインはいい人だから、アンネを大切にしてくれること間違いなしよ、おめでとうって」


 ぎこちない笑みを浮かべて答えたアンネローゼだが、すぐに物憂げな顔になった。


「でも……そんなの、本心じゃなかった。ううん、本心だと思うけど、本音の全部じゃなかったんだ。カインとの婚約が決まってふた月くらい経ってから、かな。フローラは、少しずつ私たちを避けるようになっていったの」


 フローリアの心中は、想像に難くない。恋人だった人が、親友の婚約者として隣にいる。そんな光景、誰だって見たくはないだろう。


「フローラが私を訪ねてくることはなくなって、私が会いに行っても取り次いでもらえなくなっちゃった。状況は、カインも同じ。社交場が重なってもあからさまに避けられるし、その社交もだんだん重ならなくなって……。一年で換算したら会わない日のほうが少ないくらいだったフローラと、私はもう四ヶ月以上まともに顔を合わせていないの」


 愛らしい顔が、くしゃりと歪む。今にも泣き出しそうなアンネローゼを見ていれば、彼女がマリアヴェルへ求めた婚約解消の真意は、容易く汲み取れる。


「フローリア様のために、カイン様との婚約を解消したいのね……」


 こくりと頷くアンネローゼに、確認しておくべきことを口にする。


「ご両親やカイン様に、ご相談は?」

「母は父の言いなりだし、父は……頑固な人だから。婚約の解消なんてよっぽどの理由がないと了承してくれない。カインは……私が何度カインと結婚したくないって言っても、親の決めたことに逆らうのはよくないって。その一点張り」


 カインを非難するのは酷だろう。貴族の次男として、彼の言は真っ当なものだ。


「仮に婚約解消が上手くいったとしても、必ずしもおふたりが婚約するというわけでもないんじゃあ……」


 子爵家と公爵家では身分が離れ過ぎている。子爵家からすれば美味しい話だが、公爵家には何のメリットもない。


 だが、アンネローゼははっきりと首を横に振った。


「そんなことないよ。フローラが一度、婚約を解消しているのは知っている?」


 エレナーデが教えてくれた話だ。四年前、フローリアは婚約者にこっぴどく振られたと。


 頷くと、アンネローゼが続けた。


「あの時、フローラはなんてことない顔してたけど、本当はすごく傷ついていて……おじ様もおば様も、ずっと心配していたの。今でもフローラを気遣って婚約者を選んでない。だから、フローラを大切にしてくれて、フローラが望む人なら、釣り合いなんて関係なく祝福してくれるよ。フローラのご両親はそういう方なの」


 幼少の頃から付き合いがあるのだから、公爵夫妻の人柄についてはマリアヴェルよりアンネローゼのほうが理解しているはず。


 彼女がそう言うなら、真実なのだろう。


 だからといって、円満に決まった婚約を赤の他人であるマリアヴェルが壊していいものなのか。判断が付かなかった。


「フローリア様がアンネ様を避け始めた要因は、カイン様との婚約で間違いないの? 一度は祝福してくれたのでしょう? 何か、誤解があったりとかは――」

「誤解、か。そうだったらよかったのにな」


 とにかく事情を把握しておきたくて尋ねたことに、アンネローゼはこれまでで一番暗い顔になった。


「フローラが私を避け始めて、ひと月くらい経ってからかな。業を煮やした私は、フローラが出席するお茶会に不意打ちで参加したの。事前の招待客に私の名前を載せないでって友達に頼み込んで……。私はフローラに言ったんだ。カインとの婚約はどうにかして解消するって。私はフローラが一番大事。フローラの為なら、私はなんだってできるもの。でも……フローラは泣き出して……私に言ったの」


『これ以上わたくしを惨めにさせないで。わたくしは婚約解消なんて望んでない。アンネの顔を見ないで済むことだけが、わたくしのたった一つの望み。自分の想い人と結婚するアンネの顔なんて、二度と見たくない』


「これが、フローラが泣きながら私に言ったこと。あの子の泣き顔を見たのは、その時が初めて。婚約者に浮気された時だって、そういうこともありますわよね、って表面上はなんてことない顔してたのに……」


 無二の親友に、そんな風に詰られたら――マリアヴェルが同じ立場なら、どんな気持ちになるだろう。たぶん、婚約を受け入れる気になんてなれない。友人のためにできることを模索する。


 そして、アンネローゼは決断を下したのだ。


「フローラはフローラで真面目な子だから、カインへの気持ちを必死に隠していたんだろうね。家のためにはならない結婚だもん。でも、一番身近な私と婚約なんて……」

「フローリア様はそこまで想う男性がいらっしゃるのに、どうしてわたしの兄と婚約したがっているのかしら……」

「私がカインとの婚約に二の足を踏んでいるから……だと思う。フローラが結婚すれば、私も準備を進めるって考えたんじゃないかな」


 フローリアは親友に絶交を宣言するくらいカインを想っているのに、アンネローゼとの結婚は受け入れている。


 腑に落ちないマリアヴェルの心中を察したのだろう。アンネローゼは補足するように言う。


「私とカインの婚約が決まった時点で、フローラにとって私たちの結婚は覆しようのない、決定事項なんだよ。でもカインへの未練が断ち切れないから……私の顔は見たくない。私と会ったら、どうしたってカインを連想するもの。私の送った手紙に何の音沙汰もないし……。だからお願い、マリア。私に知恵を貸して」

「……」


 懇願してくる瞳に、マリアヴェルは困り果てた。力になってあげたいけれど、やっぱり他人であるマリアヴェルが二人の婚約を駄目にするのは、よくないことだとも思う。


「気乗りしないなら、破談まで持っていけなくてもいいの。私が本気でカインと婚約解消するつもりでいるって、フローラに伝わってくれさえすれば。それも、駄目?」


 今にも涙をこぼしそうな、切なげな瞳に見つめられれば、突っぱねることは難しかった。


「……わかったわ。一緒に、手立てを考えましょう?」


 根負けしたマリアヴェルは、悩んだ末にそう答えた。

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