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悪女なわたしですが、浮気も婚約破棄も望むところです  作者: 雪菜
第一章

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第24話 葛藤

「我ながら運に恵まれているけど……叔父上の底意地の悪さは筋金入りだな」


 アッシュフォード侯爵邸の書斎で、デスクに頬杖をついたアルフレッドはそんな愚痴をこぼした。


 スコット・ワルポーレとの交渉から四日が過ぎた。現在アルフレッドが眺めているのは、マリアヴェルの婚約者候補が記載された目録――叔父が押し付けてきた薄い冊子だ。


 ロバート・ガスリーの名がスコットの口から飛び出した時、アルフレッドは呆れが表情に出ないよう、神経を注ぐ必要に駆られた。


 王宮に押しかけてきた叔父が新たに置いていった縁談の目録に、ロバートの名前が載っていたのを記憶していたからだ。ガスリー男爵家に対しては炭鉱で儲けた金で爵位を買った成り上がり、程度の認識しか持っていなかったのだが。


 部下が提出してきたロバートに関する調査書の内容は、アルフレッドが想像していた通りのもの。女性関係に限っていえば、率直に言って最低な男だった。


「……どうしようかな」


 ロバート・ガスリーの文字を指先でなぞりながら、呟く。


 誰にどう動いてもらうか。筋書きはすでに立てている。不確定要素が残されてはいるが、十中八九、アルフレッドの望んだ展開に進行する自信はあった。


 かなりの長期戦になるだろうがユリウスは期日を設けなかったし、スコットからしてみれば治療費さえ事前に支払われれば、後は長引いたところで困ることは何もない。寧ろ、彼のロイドに対する憤りが薄れて冷静になる可能性だって期待できるのだから、事が長引くのはこちらに有利とさえいえる。ロイドに至っては文句を言える立場ではないので考慮する必要などない。


 だから後は、最初の一手を打つだけなのだけれど。


「…………」


 心のどこかで躊躇う自分がいて。その要因を自覚しているだけに、自然とため息が漏れ出てしまう。


 嘆息と共に目録を閉じると、乾いたノックの音が響いた。応じれば、開いた扉の隙間から顔を覗かせたのはマリアヴェルだった。下ろしっぱなしの亜麻色の髪を揺らして、義妹が小首を傾げる。


「お兄様、お仕事はまだ終わりそうにない?」

「……一段落付いたところだよ。どうしたんだい?」


 立ち上がりながら横目で時刻を確認すると、二十三時を回ったところだった。今日はアルフレッドの帰宅が遅くなり、夕食はマリアヴェル一人で取らせてしまった。なので、きちんと顔を合わせるのは朝食以来だ。


 部屋に入ってきたマリアヴェルが、おずおずと口を開いた。


「あのね、お茶会でシルヴィーから聞いたのだけど……叔父様が破談の件で王宮まで押しかけたってお話は、本当?」


 情報通な上にお喋りな彼女の友人には困ったものだ。マリアヴェルが気に病むと思って伏せていたのに。


 誤魔化しようがないので肩を竦めると、案の定、マリアヴェルは愛らしい顔を曇らせた。


「……迷惑をかけてごめんなさい、お兄様」


 長いまつ毛を伏せて謝罪を口にするマリアヴェルは、心底申し訳なさそうで。破談の件で彼女に負い目を感じさせてしまうのは、アルフレッドの本意ではなかった。


 婚約は彼女が心から望む相手と。両親が事故で亡くなり、アルフレッドがマリアヴェルの保護者となった時からそう考えていた。


 しかし、叔父の干渉でそうもいかなくなった。当時は叔父が選んだ候補者の中からアルフレッドが指名する、という譲歩を引き出すのが精一杯だったのだ。


 養子であり、平民の出でもあるマリアヴェルの出自は目立つ。快く思っていない親族も居て、そういった悪意から彼女を守るのはアルフレッドの役目。庇いきれなかったのはアルフレッドなのだから、マリアヴェルが謝ることは何もない。


「迷惑だなんて思ってないし、気にしなくていいよ。マリィが悪いわけじゃない。候補者を選出した叔父上と、その中からハーバード殿を選んだ僕の見る目がなかっただけの話だ」


 天真爛漫に見えるマリアヴェルだけれど、周りが思うほど好き勝手に振る舞う子ではない。寧ろ、マリアヴェルは他人をよく見ていて、空気を読もうとする気遣い屋だ。


 今でこそ家族としてアルフレッドにはわがままを言えるようになったが、引き取られたばかりの頃は血筋を気にしてか常に周囲の顔色を窺っているような、大人しくて従順な子だった。今でもその気質は残っているように見える。身内と揉めることを、人一倍気にするのだ。


「そもそも、ハーバード殿との破談は成り行きであって、マリィは何もしていないだろう? 君に非はないよ」

「今回はそうでも、叔父様が怒っていらっしゃるのはこれまでのこともあるからでしょう?」

「マリィの条件を呑んだのは他の誰でもない僕自身なんだから、叔父上の文句だって想定内だよ。その上で許したんだから、マリィの好きにすればいいよ」


 機転の利くマリアヴェルは、アルフレッドが驚くくらい円満に婚約を解消していた。揉め事に発展しているわけでもないのだから、咎めることは何もない。


「本当に、怒ってない? うんざりしてない?」


 アルフレッドの心のすべてを読もうとでもするように。じっと見上げてくる藍色の瞳に、苦笑する。直接こうやって確認してくる素直さは、この子の可愛いところだった。


「怒ってないし、うんざりもしてないよ。本当の本当に、ね」


 あやすように頭を撫でてやると、ようやく安堵したのか強張っていたマリアヴェルの表情が緩んだ。猫のように擦り寄ってくる滑らかな頬をひと撫でして、アルフレッドは手を離す。


「今夜はもう休んだらどうだい? 一晩経ったら叔父上の憂鬱な顔だって忘れられると思うな」

「……そう、ね。お兄様の助言に従うことにするわ」


 無邪気に微笑んだマリアヴェルはおやすみなさいと言って、書斎を出て行った。


 再び椅子に腰掛けたアルフレッドは、目録を見つめて呟く。


「本当に、本意じゃないんだけどな……」


 アルフレッドはただ、マリアヴェルが心から愛する男性と、そして、彼女の想いに負けないくらいマリアヴェルを愛してくれる相手と結ばれて欲しい。それだけだ。噂に惑わされることなく、きちんとマリアヴェルを見てくれる誰かに。


 ところが、困ったことに叔父の持ってくる縁談はどれも微妙な男だった。地位や人間性。どちらか、あるいは両方に難のある人物ばかり。有力な貴族はマリアヴェルの悪評が誇張されていることを認知しているし、叔父は公爵なのだから伝手はいくらでもあるはずなのに、だ。


 本人に問い質したことはないが、明らかに叔父はマリアヴェルに幸せな結婚をさせる気がなかった。親戚とはいえ平民出の娘に良縁など勿体ない、なんて考えがあるのだろう。


 その中から比較的まともそうな人物を指名しているが、マリアヴェルが惹かれるはずもなく――結果はこの通りだった。


 アルフレッドが縁談を持って来れば解決はするのだが、そもそも婚約自体をマリアヴェルが望んでいないのだから最善とは言い難く、実行する気にはなれなかった。それに、勇気を振り絞って想いを打ち明けてくれたマリアヴェルに、アルフレッド自らが縁談を勧める真似はしたくない。


 結局アルフレッドは、叔父が根負けして良縁に舵を切るか、マリアヴェルに不意の出逢いが訪れるかを待つしかなかった。


 ――ただ。


「こうなってくると、ちょうどよくはあるの、かな」


 アルフレッドのしようとしていることは、自分が破談の件を気にしていないというマリアヴェルへの意思表明にもなるのだから、色々と都合がよかった。

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