第22話 待ち伏せ
病院の大部屋。カーテンで仕切られたベッドの一つに、スコットの妹がいる。妹のミーシャが入院してから早くも一週間が経とうとしていた。
「調子はどうだ、ミーシャ」
シーツに潜り込んだ少女からの反応はない。馬車の横転に巻き込まれ、歩けなくなったミーシャは入院してからというものまともにスコットの顔を見てくれない。塞ぎ込んでいたところに不幸が重なって、毎日泣き暮れているのだ。
丸椅子に座り、七つ年下の妹が可愛らしい顔を覗かせてくれるのを辛抱強く待つ。だが、時計の針が半周してもミーシャは反応してくれなかった。
人と話す気分になれないのか、本当に眠ってしまっているのか。どちらなのかは判断が付かない。ため息を押し殺し、スコットはできる限りの柔らかな声音を心掛けて、語りかける。
「兄ちゃん、この後仕事なんだ。長居できなくてごめんな。また顔を見にくるから」
ミーシャの入院費用を工面するため、スコットは朝から真夜中まで料理店で下働きの仕事をしている。今日は見舞いのために出勤を午後からにしてもらったのだ。
返事はない。ミーシャの負った心の傷を思えば仕方のないことだ、と自分に言い聞かせ、スコットは話し声の飛び交う大部屋を後にした。
白壁の建物を出たスコットは、病院の敷地内を歩きながらため息を吐いた。どんよりとした空模様は、彼の気分を体現したかのよう。
ミーシャの足は手術をすればまた歩けるようになる。医者はそう言ってくれたが、手術にかかる費用はスコットが一生をかけても稼げない大金で、到底支払える額ではなかった。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。苛立ちと暗澹とした想いを抱えて、石畳を睨む。それもこれもすべて、あいつらのせいだった。
主人一家が消息を断ってからも伯爵領に留まり、屋敷の管理をしていたスコットと亡き父とは異なり、ミーシャは三年前から別の貴族の屋敷で小間使いとして働いていた。伯爵に解雇された二人が王都で暮らすことを決めたのは、ミーシャがこの街に居たからだ。
裏切られた二人とは違い、妹だけは幸せな生活を送っていると思っていたのに。
浮かんでくるのは、二つの顔。スコットと父の忠義を踏み躙った伯爵、それから――。
「こんにちは」
柔らかな声に顔を上げると、一目で貴族とわかる青年の姿があった。曇り空の下でも眩い金髪。優しげな紫苑の双眸。美貌の貴公子は初対面だったが、彼が誰であるかはすぐにわかった。アルフレッド・アッシュフォード。年若い侯爵だ。
「アッシュフォード侯爵……」
「流石は長年伯爵家に仕えてきたワルポーレ家のご子息ですね。名乗る手間が省けて助かります」
人懐っこく瞳を細めるアルフレッドに、スコットはそっけなく対応する。
「王太子の懐刀が俺に何の用だ」
「心当たりはあるかと思うのですが」
スコットはうんざりした。一日中働いて疲れているというのに、こいつらは出勤前の早朝や休みの日に押しかけて来ては、横柄な態度で鍵を返せと主張するのだ。
「……鍵ならとっくに捨てた」
吐き捨てると、アルフレッドがぱちりと目を瞬かせた。




