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第21話 アルフレッドの職務

本エピソードの時系列は第1話より以前のものとなっております。

 アルフレッドの執務室の扉を叩こうと手を挙げたところで、ユリウスはその美貌に微かな険を滲ませた。


「私に口応えするな! 貴様が甘やかすからあのじゃじゃ馬がつけあがるのだろうが!」


 扉越しでもはっきりと聞き取れる、男の怒声。背後に控えていた近衞騎士が身体を強張らせたのが、気配だけでわかった。


「これでもう三度目だぞ? どれほど醜聞を増やせば気が済むのだ! 下賤な娘が公爵家まで貶めることなど、絶対に許さんぞ!」

「縁談……叔父上で……」


 反論は断片的にしか聞き取れなかったが、困り顔で男を諭すアルフレッドの姿は容易く想像できた。


「非を私に押し付けるでない! そもそもが、縁もゆかりもない小娘を引き入れたアリステラが――」


 そこで、ユリウスは断りなく扉を押し開けた。無遠慮に足を踏み入れれば、男が振り返る。


「取り込み中だ! 後に――」


 しろ、と言いかけたのであろう男――ルドガー・スタンフィールドが固まった。骨張った顔つきに立派な顎髭を蓄えた公爵に、ユリウスは冷笑を向ける。


「ここは内務省のはずだが。スタンフィールド公の用件は私のそれより重要なのか?」

「滅相もございません。王太子殿下」


 丁寧に腰を折り、そそくさと出て行くルドガーの後ろ姿を呆れ顔で見送る。五十半ばを過ぎた公爵は、爵位を振り翳すことしかできない小物だった。


「甥はとっくに成人したというのに、相も変わらず保護者面か?」


 ソファに腰を下ろし、膝を組んだユリウスは肩を竦める。


 公爵がアッシュフォード兄妹の後見人だったのは、アルフレッドが十八になる(成人する)までのこと。今となってはアルフレッドにとってルドガーは母方の親戚でしかないのだが、妹が産んだ子供に口煩く干渉する所は相変わらずなようだ。


「保護者風を吹かせたいというより、マリィをアッシュフォードから遠ざけたいだけですよ。自分の親戚が貴族の血を引いていない、叔父上はそれが気に食わないんです」


 執務机に積み上がった書類を一枚手に取り、アルフレッドがそっけなく言う。


「血統だけは上等な堅物を親戚に持つと、苦労するな」

「そうでもないですよ。口煩いだけですから」


 ネチネチとした説教を意に介する様子もなく、


「パウエル家との縁談が破談になった時点で文句は覚悟していましたが、王宮まで押しかけて来るとは。義妹いもうとの縁談が難航しているので、とうとう苛立ちが頂点に達したみたいですね」

「他人事のように言うが、公が苛立つ要因の一端はお前にもあるじゃないか。ハーバード殿が改革派に鞍替えしたのは、裏でアルが手を回してのことだろう?」


 書類に視線を落としたまま、アルフレッドが首を傾ける。


「何事も疑ってかかるのは王太子に相応しい姿勢ですが、根拠もなく糾弾するのはどうかと。何か証拠でも?」

「次期宰相殿は、証拠を残すうっかり屋じゃないさ。あまりにもタイミングが良すぎたからな。得をしたのが誰かという結果から、逆算しての結論だな」


 そこで初めて、アルフレッドが顔を上げた。惚れ惚れするほど綺麗な顔に、胡乱な色が浮かぶ。


「得?」

「可愛い可愛い義妹を他所の男にくれてやろうと決めたが、いざ現実味を帯びたら抵抗感が勝った。そういうことだろう?」


 アルフレッドは五つ年下の義妹を溺愛している。彼があまりにも義妹を可愛がるものだから、暗黙の了解で決まっていた幼馴染の婚約者が憤り、一悶着あったほど。その婚約者はとっくに別の男性と結婚してしまったが。


 口煩い叔父に従って縁談を進めはしたものの、上手くいく兆しが見えたら受け入れ難かった。そんなところではないだろうか。


「ハーバード殿はアルが関与しているが、それまではマリアヴェル嬢が機転を利かせてきたんだろう? お前を慕うがゆえに。健気なことだ」


 挨拶程度でしか面識のないマリアヴェルは悪評でしか知らないが、アルフレッドの話を聞く限り、一途で可愛らしい令嬢なのだろう。アルフレッドが義妹の縁談に抵抗を覚えるなら、彼女の願いを叶えてやれば済む話。


「応えてやればいいじゃないか。今はスタンフィールド公が囀るだろうが、アルが宰相になれば黙るさ」


 アルフレッドの答えは貴公子然とした微笑みだった。それは、これ以上踏み込んでくれるなという無言の圧力。彼は他人に干渉されるのが大嫌いなのだ。


「なぜ応えてやらない? お前にその気がまったくないわけでもないんだろう?」


 拒絶を察しつつも話題を続けると、アルフレッドはため息を吐いた。


「殿下の思い過ごしですよ。パウエル家との破談の真相は、ハーバード殿にマリィはもったいなかった。ただ、それだけの話です。いい相手がその内見つかりますよ」

「いないからこれだけ婚約者がコロコロ変わっているんじゃないのか?」

「縁談を持ってくる叔父上の見る目がないだけですよ。それでもいずれ、当たりを引く時は来るでしょう。さぁ、我が家の婚約事情はもういいでしょう? 本題に入ってください」


 紫苑の瞳に酷薄な色がちらちらと灯り出したので、ユリウスはそれ以上の追及を諦めた。機嫌を損ね過ぎると締まるのは自分の首なのだ。


「もう三ヶ月ほど経つか? 不在だったユスティール伯爵位が埋まっただろう?」

「あぁ、その話でしたら記憶していますよ。外国から帰国した青年が、伯爵家の血縁者だと認められたんでしたよね?」


 ユスティール伯爵家は一家が海難事故に遭い、十三年の間当主不在の期間が続いていた。伯爵家の生き残りを名乗る青年ロイドが現れたのは、半年前のこと。家紋の石がはまった指輪を所持していた点と血縁を思わせる容姿を加味し、国王は彼を行方不明だった伯爵家の長男だと認めたのだ。


「当主不在の間、伯爵邸は代々家令を務めていたワルポーレ家が管理していてね。ところがロイド殿は家令と馬が合わず、一家をクビにして追い出したんだ。それが、二ヶ月ほど前のことかな。それからひと月が経ち、新しい屋敷にも領主の仕事にも慣れ始めたロイド殿は、両親の墓前を訪ねようと思い立った。領内には伯爵家専用の礼拝堂があってね。礼拝堂と隣接した墓地に一族が埋葬されている。墓所を訪ねたロイド殿は生憎と鍵がなく、立ち入ることができなかったんだ」


 両親の墓といっても遺体は見つかっていないのでただ墓碑が立っているだけ。それでも訪ねることで両親を偲ぶ行為に繋がると思っていたロイドは、ひどく落胆したらしい。


「墓所の鍵は元々は教会の牧師が管理していたんだが、牧師は五年前に亡くなり、鍵はワルポーレ家が保管していた」


 真剣な面持ちで聞いていたアルフレッドがぴくりと眉を動かした。おそらく、話の流れに察しが付いたのだろう。


「ワルポーレ家の所在を調べたところ、一家は王都で暮らしていてね。家令を務めていた老人は亡くなっていたが、その息子であるスコット・ワルポーレと接触することには成功した。ところが……」

「鍵の引き渡しを渋ったんですね」


 ユリウスは頷く。二十五歳の青年スコットは、ロイドの訴えに耳を貸すことをしなかった。


「鍵なんて知らない、の一点張りでね。訴えようにも癇癪でワルポーレ一家を追い出した手前、公にすれば世間から非難されるかもしれない。領民との信頼関係を一から築いていかねばならないロイド殿はこの件をあまり騒ぎ立てたくないのさ。穏便にワルポーレ氏を説得できないかと相談してきた」


 ユリウスは眉間の皺を深くした。


「既にワルポーレ氏には使者を送ったんだが……取り付く島もなくてね。周囲が貴族嫌いと評するほどに彼はユスティール伯を恨んでいるらしい」

「墓所の鍵を取り替えれば済む話では?」

「頑固さに負けて長年受け継がれてきた鍵を取り替えるのは、ロイド殿の矜持が許さないそうだ」

「矜持、ね」


 アルフレッドの呟きには呆れた響きがこめられていた。


「説得できるか?」

「できないと答えたら、諦めてくださるんですか?」

「他の適任者を探すが、アルへの信頼度は下がるな」

「次の適任者は、貴族以外から選出することをお薦めしますよ」

「アルフレッド」


 真面目に取り合う姿勢を見せない側近に、ユリウスは顔を顰める。


「貴族嫌いな男の説得を貴族である僕に命じるのは、畑違いでしょう」

「お前なら上手くやれるだろう?」


 誰もを一瞬で魅了する恵まれた容貌と、計算しきった会話運びで交渉を優位に進める。アルフレッドの得意分野だ。


「傲慢な男だが、貸しを作っておけば何かの役に立つ時が来るかもしれない。そうだろう?」

「その手の人間は恩を仇で返してきますよ。前科もあるので素質は充分でしょう」


 長年尽くしてきた一家を追い出したロイドの人物像を、アルフレッドはそう捉えたらしい。その通りな気がしたので言葉に詰まった。


 短慮な男だが伯爵家の当主である以上、次期国王のユリウスが蔑ろにするわけにはいかない。そう考えていたのだが。アルフレッドの言も一理あるかと思案していると、


「期限はありますか?」


 一通り文句を口にして満足したらしい。アルフレッドはあっさりと態度を翻した。渋ったのは、余計な詮索への意趣返しだったようだ。


 苦笑と共にかぶりを振る。


「……いや、他の案件を抱えていて忙しいだろう。片手間になるだろうし、いつでも構わない」

「では、気長に待つよう伯爵に伝えてください」


 億劫そうな顔をしながらも、アルフレッドは引き受けてくれた。

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