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悪女なわたしですが、浮気も婚約破棄も望むところです  作者: 雪菜
第一章

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第19話 答え合わせをお願いします

 王宮の侍女によって身支度を整えられたエレナーデは、あっという間に公爵令嬢に相応しい装いへと戻った。


「ごめんなさい、エレナ」


 ソファに腰掛け、暖炉の前で冷えた身体を暖めている彼女に謝罪すると、大きな瞳がきょとん、と瞬いた。


「どうしてマリアが謝るのです?」

「わたしがきちんと考えて行動していたら、エレナが水を被るようなことにはならなかったはずよ。わたしが考えなしだったわ……」


 他にやりようはあったと思う。エレナーデにあんな形で謝罪させてしまったのは、マリアヴェルの行動が軽率だったからだ。


 自分はもう少し機転が利く人間だと自負していただけに、ショックも大きかった。


 しょぼくれるマリアヴェルを見て、エレナーデはふふ、と笑う。


「マリアは聡明だけれど、時々考えなしな所があるみたいですね。ですが、それもマリアのいい所なのではないでしょうか? 嘘がなくて、わたくしは気楽ですもの」


 それに、とエレナーデが続ける。


「わたくしがもっと上手くあの方たちを窘めることさえできていれば、マリアに苦労をかけることもありませんでしたから。結局、殿下に収めていただく形になってしまいましたし……」


 ふぅ、と悩ましげな吐息を漏らしたところで、客室の扉が叩かれた。エレナーデが入室を許可すると、入ってきたのはユリウスだった。


 弾かれるように立ち上がったエレナーデが跪こうとすると、ユリウスが手で制した。


「あぁ、構わないよ。堅苦しい挨拶は抜きにしよう」


 その声の柔らかさにマリアヴェルは驚くが、当のエレナーデは自覚がないようで表情を曇らせる。


「せっかく殿下に機会をいただいたというのに、和解どころか夜会を台無しにした挙句、殿下の面目まで潰しかけ――申し開きのしようもありません……」

「重く捉え過ぎだ、エレナーデ。私は何も気にしていないし、久しぶりに君の怒った姿が見れて安心したくらいだ」


 困ったように髪に指をうずめたユリウスが、ちらりとマリアヴェルを見た。救いを求めるようなアクアマリンの瞳。たぶん、何を言えばエレナーデの憂いが晴れるのか、彼には思いつかないのだ。


 マリアヴェルはにっこりと微笑んだ。


「気が利かなくて申し訳ありません、殿下。早くエレナと二人きりになりたかったのですね。わたしはこれで失礼しますわ」

「は? いや、待ってくれ、マリアヴェル嬢」


 追い縋ってくるユリウスの声は聞こえなかったことにして、さっさと部屋を出て行く。


 エレナーデのユリウスへの想いは今更だし、ユリウスのエレナーデへ向ける声音の柔らかさと眼差しは、まぁ、そういうことなのだろう。


 想い合っている者同士なら、放っておいても問題ないはずだった。



◆◆◆◇◆◇◆◆◆



 マリアヴェルが再び広間へと戻ると、ダンスが始まっていた。アルフレッドの姿を探して視線を彷徨わせる。すると、壁際で令嬢と話し込んでいる義兄を発見した。女性側からダンスを誘うのも声をかけるのも褒められた行為ではないが、型破りな令嬢というのはどこにでもいるものだ。


 邪魔をしてやろうかしら、と邪な心が湧き上がったのは一瞬のこと。頰を上気させて一生懸命アルフレッドに話しかけている令嬢の顔を見れば、気力は削がれてしまう。面白くはない。だからといって、勇気を出した女の子の邪魔をするのも気が引ける。


 結局、見なかったことにしてマリアヴェルはバルコニーへと移動した。まん丸の月に照らされたバルコニーは無人で、熱気のある広間と違って風が心地良い。


 そういえば、ロバートに婚約破棄を突きつけられたのも夜会のバルコニーでの出来事だった。あれからひと月以上が経とうとしている。これまでの間隔からして、いつマリアヴェルに新しい縁談が来てもおかしくない。


 今見た令嬢のように一生懸命相手の気を引こうとしたり、エレナーデのように一途に見つめて心から尽くしたり。マリアヴェルがそんな風に婚約者へと向き合う日は来ないのだから、ちょっぴり虚しくなる。


 エレナーデとユリウスの悩みは尽きなさそうだが、婚約者から想われているという点は純粋に羨ましかった。


 いいなぁ、と。ついため息をこぼしてしまう。


「一曲踊りませんか、お転婆なお嬢さん?」


 音楽に混じって聞こえてきたのは、甘くて優しい、大好きな人の声。弾かれたように振り返ると、アルフレッドが立っていた。どうやらあの令嬢の誘いは断ったみたいだ。


 誘いを断ったことも、一人でいるマリアヴェルに気づいてくれたことも嬉しい。だが、お転婆な、という形容が何を示しているかは明白で。


「うぅ……」

「ははっ」


 上目遣いに睨むと、アルフレッドが吹き出した。


「ごめんごめん、意地悪だったね。そんなに気にしなくても大丈夫だよ。ヒースベル伯爵令嬢に対するマリィのちょっとだけはしたない行動は、みんなもう忘れてるよ」

「皆まで言わないで、お兄様! 今度会った時、叔父様にどんな嫌味を言われるか……想像するだけで恐ろしいのにっ」

「あぁ、あの人ね」


 マリアヴェルの悲鳴にアルフレッドは顔をしかめたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。


「それなら尚のこと、嫌なことは忘れて一曲どうだい?」


 差し出された手のひらをじっと見つめたマリアヴェルは――しかし、首を横に振った。


「お兄様とのダンスは魅力的だけれど、わたしは先に答え合わせがしたいわ。殿下はわたしに何を求めていたの? お兄様のことだもの。お見通しなのでしょう?」 


 嫉妬姫の噂は風化していくだろうし、ユリウスとの婚約を解消しようとしていたエレナーデの気も変わったようだから、この件はひと段落。


 あの日、ユリウスはどんな意図を持ってマリアヴェルを招いたのか。教えてもらってもいいはずだ。


「殿下の命令を、マリィはどう解釈したんだい?」

「わたしにエレナの話し相手をさせたかったのかしら……って」


 点と点を結んでいけば、それが一番しっくりくる。


「その解釈で合ってるよ。後宮での一件以来、エレナーデ嬢のことで殿下はずっと悩んでいたんだ。殿下としては婚約を継続したいけれど、彼女の気持ちを汲んであげたい想いもある。殿下本人が会いに行っても話し合いが上手くいかないから、同じ年頃の令嬢ならエレナーデ嬢も話しやすいんじゃないかと考えて、僕の義妹である君が適任だと判断した。年が近くて二人の不和に付け込む下心のない、信頼できる令嬢。マリィはぴったりな人物像だろう?」

「それなら、最初からそう説明してくれればよかったのだわ」


 アルフレッドが緩くかぶりを振る。


「最初から事情を知っていたら、マリィの考えは婚約の継続に傾くだろう? 殿下はあくまで、エレナーデ嬢の意志を尊重したかったんだよ。公務に関してはいくらでもやりようがある。ただ、王室との関わり自体に嫌気が差していて、殿下に対する情もないなら婚約を解消してエレナーデ嬢を解放してあげた方が彼女の為になる――殿下本人に直接聞いてはいないから僕の想像も入っているけど、こんなところだろうね」

「殿下がエレナを想っているのは伝わってくるけれど、拗れてしまったのは殿下が悪いと思うわ」


 エレナーデの症状が公務に差し支えると考えていないのなら、そこまで拗れる話ではない。ユリウスがあまりにも及び腰過ぎたのが原因だと思う。


 好きな女の子に泣かれて弱ってしまう気持ちはわかるが、言葉を尽くすのはとても大切なことだ。


「マリィからすれば、そうだろうね。君は真っ直ぐで甘え上手だから」


 アルフレッドが苦笑する。


「殿下の名誉のために言っておくと、殿下が頼りないのはエレナーデ嬢に関することだけなんだよ? 俗に言う惚れた弱みってやつになるのかな。誰だって想う相手には嫌われたくないだろう? 言葉を重ねて心が離れていったら目も当てられない。殿下が消極的になるのは無理もないよ」


 好きな人に嫌われるのが怖い、という感覚がマリアヴェルにはピンとこなかった。アルフレッドに嫌われる可能性を一度も考えたことがないからだ。


 将来は夫婦になる関係性なのだから弱みを曝け出し、支え合うべき。それがマリアヴェルの考え方だが、アルフレッドは一筋縄ではいかないと言う。


 マリアヴェルの価値観が世界のすべてというわけではない。でもやっぱり、


「わたしは、どんなお兄様でも大好きだわ」


 完璧な貴公子のアルフレッドが情けなかったり、気の利かない一面を見せたとしても。マリアヴェルは変わらず、アルフレッドが大好きだと思う。


「…………」


 アルフレッドなら知ってるよ、と自信たっぷりに微笑む。そう思っていた。だが、返ってきたのは長い沈黙だった。


「お兄様?」


 言葉に詰まるような発言だったとは思えず、マリアヴェルは首を捻る。月明かりと広間から漏れてくる光だけでは、俯いたアルフレッドの表情を窺うことは難しい。


 顔を上げた時、アルフレッドが浮かべていたのは困ったような微笑みだった。


「……踊ろうか」


 脈絡なくダンスに誘われて、困惑は深まるばかりだ。マリアヴェルは更に大きく首を傾けたが、アルフレッドが差し出した手を一向に引っ込めないので、戸惑いながらその手を取るのだった。

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