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第18話 予定調和

「何してるのっ、エレナ!?」


 衝撃を受けたのはマリアヴェルだけではない。静観していた招待客も息を呑み、令嬢たちも目を丸くしていた。


 綺麗に結い上げられた黒髪もドレスも台無しだった。滴る水滴も首筋に張り付いた髪も気にすることなく、エレナーデはヒースベル伯爵令嬢を真っ直ぐに見据える。


「マリアはわたくしの友人ですから、わたくしが代わって謝罪します。これで満足でしょうか?」


 呆気に取られて言葉を失っている令嬢に、エレナーデはふと眉をひそめた。


「ただ、先ほどからよく、わからないのですけれど。品のないことは言いたくないと思って黙って聞いておりましたが……公爵家の出であるわたくしに、あなた方はなぜ礼を欠いた態度を取るのでしょうか? 格も歴史もないハウストン子爵令嬢や成り上がりのレイクウッド男爵令嬢はまだしも、由緒ある伯爵家の出であるハクア様が、爵位の序列をご存知ないのです?」

「それは……」


 先ほどまでの狼狽え具合が嘘のように、堂々と指摘するエレナーデは人が変わったよう。


 ――もしかしてエレナ、怒って緊張が吹っ飛んだのかしら?


 彼女の目は完全に据わっていて、おっとりとした口調はそのままな分、苛烈さに拍車がかかっていた。


 身分を持ち出されれば、令嬢たちは何も言えなくなる。悔しそうに顔を歪めながらも非を認めようとしないのは、矜持が邪魔をするからか。


「アッシュフォード侯爵令嬢の行いに対する責めは負いましたわ。今度はみなさんがわたくしに謝罪すべきではないでしょうか?」


 駆けつけてきた侍女からバスタオルを受け取ったエレナーデは、水滴を拭いながら伯爵令嬢に向けて首を傾げた。


 押し黙った令嬢たちとエレナーデが睨み合っていると、


「一体何の騒ぎだ、これは」


 野次馬を押し退けてやってきたのはユリウスだ。近衛騎士を侍らせた王太子は、エレナーデの姿を見ると整った眉をわずかにひそめる。


「聞いてください、殿下! エレナーデ様が私たちに意地悪をっ」

「お父上の身分を盾に、先日の件をなかったことにしろと仰るのです!」


 天の助けとばかりに、第一王子の前で跪いた令嬢たちはそんなことを訴え出す。懲りずにエレナーデを悪者にしようとするので、マリアヴェルは呆れてしまう。


「先日、エレナーデからの嫌がらせを訴えてきたのも君たちだったな。事実なのか、エレナーデ」


 ユリウスに見据えられたエレナーデは、真っ赤になって押し黙る。水を被った自身の惨状による恥ずかしさと緊張に、頭が真っ白になっているのかもしれない。


「殿下」


 堪らず口を挟もうとすると、


「マリィ」


 不意打ちで肩を抱き寄せられて、びっくりする。マリアヴェルを押し留めたのはアルフレッドだ。唇の前で人差し指を立てた義兄は、小さくかぶりを振った。静観していろ、ということらしい。


「エレナーデ?」


 ユリウスが再度促すと、エレナーデは何事かを言いかけ、しかし、上手く声が出せないのか、一度だけ首を横に振った。


 ふむ、と形のいい顎を撫で、ユリウスが首を捻る。


「我が婚約者殿は否定しているが、そうなるとどちらかが嘘をついているということになるな。ヒースベル伯爵令嬢、偽りを私に主張しているのはどちらだ?」

「もちろん、エレナーデ様ですわ」


 自信たっぷりに令嬢が微笑むと、ユリウスの瞳が冷めた色を灯した。


「なるほど。君はエレナーデが嘘をついている、と主張するわけだ。周知の事実だと思うが、エレナーデは私の婚約者だ。婚約を申し込んだのは私だが……君は私の目が節穴だと、そう言いたいのか?」

「え? あ、いえ、決してそのようなことは――」


 令嬢たちは真っ青になる。


 エレナーデを侮辱することはユリウスを貶めるのと同義だ。そのことに、ようやく気づいたらしい。


 冷ややかに令嬢たちを見据えていたユリウスが、招待客を見渡した。


「あなた方はどうだろうか? 品位に欠けた行いを働いたのは、どちらだと考えている?」


 ユリウスの一声に、口を噤んでいた者たちが次々と意見を述べる。


「殿下の婚約者であらせられるエレナーデ様がそのようなこと、なさるはずありませんわ」

「クロムウェル公爵令嬢が殿下の名誉を損なう真似をするとは思えません」


 挙がる声はすべてエレナーデを庇うものだった。噂に反してエレナーデを擁護する声があまりにも多いので、マリアヴェルは驚きを隠せない。都合の良過ぎる成り行きに困惑していると、アルフレッドがそっと囁いた。


「今夜の招待客は殿下の派閥の方たちだから。こんな時のために、根回しは事前に済ませてあるよ」


 日々老獪な貴族と渡り合っているユリウスにとって、他愛ない令嬢たちを嵌めることなど造作もないのだろう。


 この場に味方がいないことに居た堪れなくなったのだろうか。三人の令嬢はさっさと立ち上がると、駆け出していった。


「騒がせてすまなかった。引き続き、思い思いに過ごしてくれ」


 ユリウスが微笑めば、人々は恭しくお辞儀をして何事もなかったかのように談笑に戻っていく。


 火の粉のように見物人が散っていくと、ユリウスはエレナーデに何事かを囁いた。真っ赤になった彼女はこくこくと頷き、王宮の侍女を伴って広間を出て行く。


「君はエレナーデ嬢に付き添ってあげるといい」


 アルフレッドに背中を押されて、マリアヴェルも広間を後にした。

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