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第17話 夜会は戦場

 王宮で開かれた夜会は着飾った招待客と煌びやかな内装で眩く――まさに豪華絢爛といった様相だった。


 挨拶回りを終えたエレナーデがユリウスと別れ、件の令嬢たちの輪へと近づいていく。


「そんなに心配なら、側で見守っていればいいのに」


 遠くからエレナーデを見つめるマリアヴェルがあまりにも落ち着かない様子だからか、見かねたようにアルフレッドが言った。


「わたしが一緒にいたら、余計な火種になりそうなんだもの」


 悪評ばかりのアッシュフォード侯爵令嬢と一緒だなんて、と眉をひそめられるかもしれない。


 確かにね、と同意したアルフレッドが、ふと柔らかな笑みを浮かべた。義兄の視線を追えば、名前も知らない令嬢が真っ赤になっている。


 夜会服に身を包んだ義兄は華やかな会場でも一際目立つ。熱い眼差しは数え切れないほど注がれていて、その一つにアルフレッドが気まぐれで応えたのだろう。


「笑顔を振りまくのは禁止よ、お兄様」

「はいはい」


 じっとりと上目遣いに睨むと、アルフレッドは忍び笑いを漏らす。マリアヴェルがめくじらを立てるほど義兄は面白がるので厄介だ。


 エスコートを頼んだのはマリアヴェルなのだが、アルフレッドが年頃の令嬢と話す姿は見たくないので悩ましい。


 少しでも牽制になればとアルフレッドにぴたりと身を寄せ、令嬢たちと話し込んでいるエレナーデに視線を戻す。流石に内容まではわからないが、愛らしい顔の曇り具合を見る限り、話し合いは難航していそうな雰囲気だ。


 ハラハラしながら見守っていると、ヒースベル伯爵令嬢がふらりとその場に倒れ込んだ。何事かとマリアヴェルが駆け寄るあいだに、令嬢がわっと泣き出す。


「ひどいですわ、エレナーデ様。このあいだの一件で私が足を痛めたことはご存知でしょう? それなのに、突き飛ばすなんて!」


 ――はい?


 一部始終を見ていたが、エレナーデは手も足も動かしていない。言いがかりにもほどがある。


 友人の手を借りて立ち上がった伯爵令嬢の小さな悲鳴と涙声は、周りの目を集めるには十分だった。


「あの……」


 狼狽するエレナーデに、伯爵令嬢の取り巻きが詰め寄る。


「殿下に相談した私たちが気に入らないからといって、こんなのあんまりですわ!」

「そうです。いくらなんでもやり過ぎです。ハクアに謝罪してくださいませ」


 野次馬に混じって令嬢たちの訴えを聞いていたマリアヴェルは、じわじわと腹が立ってきた。


 衆目に晒されることとなったエレナーデはすっかりパニック状態で、青褪めたまま一言も喋らない。たぶん、混乱していて上手く言葉が出てこないのだ。


 せっかくエレナーデが前向きになってくれたのに。これでまたユリウスとの婚約話がこじれてしまったら、どうしてくれるのか。友人の婚約を破談にされて面白くない気持ちはわからないでもないが、それだって原因は本人の浮気にあるのだから、エレナーデに恨みを募らせるのは筋違いだ。


 ぴいちくぱあちく囀る令嬢たちと、興味本位で眺めている招待客に取り囲まれたエレナーデの状況は、地獄でしかない。ドレスの裾を握る小さな手は震えていて、すっかり怯えてしまっている。


 近くのテーブルに置かれていた水の入ったグラスを掴んだマリアヴェルは、揉め事の輪へと近寄った。


「ちょっといいかしら、ヒースベル伯爵令嬢」


 声をかけると、令嬢が振り返る。彼女の足下めがけて、マリアヴェルはグラスの中身を振り撒いた。


 きゃ、と可愛らしい悲鳴を上げた伯爵令嬢が慌てて飛び退く。スカートの裾から覗くかかとの高い靴にもドレスにも水はかからず、絨毯に染みを作っただけ。素早く水を避けた令嬢に、マリアヴェルはにっこりと微笑みかけた。


「あら。足を痛めている割には随分と素早い反応だわ」

「なっ、どういう意味よ!?」


 真っ赤になる令嬢に、冷ややかに言う。


「皆まで言わせるの? 足を痛めているなんて、嘘なのでしょう? 本当に痛めていたらもっと負担の軽い靴を選ぶはずよ」

「言いがかりはやめてちょうだい。養子風情が何様のつもりなの?」

「今わたしの出自は関係ないわ。足を痛めていないなら女性の力で押されたくらいで転んだりするはずないでしょう? 言いがかりをつけているのはあなたじゃない」


 マリアヴェルの指摘にぐっと言葉に詰まった伯爵令嬢は、ふん、と鼻を鳴らした。


「関係なくなんかないわ。私は由緒あるヒースベル伯爵家の血を継ぐ貴族なの。知っているのよ? あなたってば、平民の家の子なのでしょう?」


 開き直ってそんなことを言い出す。取り巻きがすかさず追従した。


「あら。どうりでアルフレッド様とは似ても似つかないわけだわ。平民ってすぐに嘘をつくもの。嘘ばかりついているから婚約者に捨てられるのではなくて?」


 クスクスと笑う令嬢たちに、マリアヴェルは呆れて閉口してしまう。話題は逸れていたが、同時に収拾もつかなくなっていた。


「でもこれって大変な話だわ。平民なんかがハクアに水をかけるだなんて」

「そうよ。ハクアにどう許しを乞うつもりでいるの?」


 矛先はエレナーデから逸れ、マリアヴェルに向いていた。それ自体は僥倖かもしれない。これ以上注目を集めてエレナーデの悪い噂を煽るようなことにはなって欲しくない。エレナーデには申し訳ないけれど、彼女たちとの和解は見切りをつけるのが賢いと思う。どう好意的に見ても、話が通じる人間性を持っていない。


「わたしが謝罪すれば、この場は収めてくれるのかしら?」

「心を込めて、しっかりと頭を下げてちょうだい。そうすれば許してあげるわ」


 心を込めるのは難しい注文だが、彼女たちの自尊心を満たして溜飲が下がるのであれば、この場はそれでいい。


 マリアヴェルが形だけの謝罪を口にしようとすると、


「待って、マリア」


 小さな声が、マリアヴェルを制した。


 振り返ると、声の主であるエレナーデは可哀想なくらい青褪めていて、今にも倒れそうだった。彼女の手には、たっぷりと水の注がれたグラスがある。


「謝罪は……マリアがする必要は、ないわ」


 震える声でそう言って。エレナーデは持ち上げたグラスを自身のつむじまで持っていき――ばしゃんっ、と。頭から水を被ってしまった。

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