第16話 エレナーデのお願い
公爵邸を訪ねてから二週間が過ぎた。あれからマリアヴェルは足繁く公爵邸に通い、エレナーデとはお互いに愛称で呼び合うまでに打ち解けた仲となっていた。
「どうでしょう、マリア。今日の茶葉は殿下が贈ってくださった王室御用達のものなのですけれど」
キラキラと瞳を輝かせたエレナーデから感想を求められたマリアヴェルは、カップを傾ける。清涼な香りの紅茶は美味しいけれど、渋みが強かった。
「うーん。わたしは一昨日のエレナがおすすめしてくれた茶葉の方が好き」
「マリアは甘い紅茶が好きなのですね。段々掴めてきました」
それなら今度のアフタヌーンティーは、と語るエレナーデの表情は明るく、屈託のない笑みも増えてきていた。
面と向かって話し合えないのなら手紙で相談するのはどうか、というマリアヴェルの提案は見事にハマったようで、エレナーデとユリウスは現在、小まめに手紙を送り合っている。
「お手紙を書く暇がない時はカードと一緒に贈り物だなんて、殿下は意外とまめな方なのね」
「意外でもなんでもありませんよ? 殿下は気遣い屋さんですもの。きっと、途絶えたらわたくしが気にすると思っていらっしゃるのです」
エレナーデはにこにこと笑う。
――殿下はわたしに、エレナの話し相手になって欲しかったのかしら?
あれからユリウスに呼び出されることはなく、アルフレッドもエレナーデとの交流に口を出してこない。その上でユリウスが小まめに返事を書き、贈り物までしているのだから、きっとそういうことなのだろう。
それなら最初からそう説明してくれればよかったのに、なぜあんな迂遠な命令をしたのかは謎だった。
初めから精神が参ってしまっている公爵令嬢の話し相手になってくれないか、と言われればあんなに憂鬱な想いはせずに済んだのに、とユリウスに不満を抱きつつ。エレナーデの眩い笑顔を前にすればまあいいか、とも思ってしまう。
「エレナが楽しそうで何よりだわ」
「色々と気を遣わせてしまってごめんなさい。冷静になってみたらわたくし、思い詰め過ぎていたのかもしれません……」
かもではなく実際にそうなのだけれど。
苦笑するに留めて、首を傾げる。
「殿下とは婚約の件については何か話しているの?」
「そのことで、マリアに相談があるのです」
ハッと表情を引き締めたエレナーデにつられるように、マリアヴェルは居住まいを正した。
「わたくしが婚約解消を望まない限りは、殿下の方から解消するつもりはないと仰ってくださって……。マリアのおかげで、殿下にどのような意図があったとしても望んでくださっている以上は、わたくしも努力する必要があると考え直せたのです」
どのような意図も何も、ユリウスはユリウスでエレナーデを想っているのでは、と思うのだけれど。噛み合っているようでどこか噛み合っていなさそうな未来の国王夫妻のやり取りに首を捻りつつ、マリアヴェルは一生懸命話そうとしてくれるエレナーデの声に耳を傾ける。
「ですので、殿下の名誉のために嫉妬姫の噂を解消したいのです。来週末に王宮で殿下主催の夜会が開かれるのですが、殿下にお願いしてわたくしが揉めてしまったご令嬢たちを招待してもらいました」
例の池に落とされた、紅茶をかけられた、と抗議していた令嬢たちのことだろう。
「わたくしが上手くわだかまりを解けるよう、マリアに見守っていて欲しいのです。夜会に出席してもらえませんか?」
「そのくらい構わないけれど、エレナは大丈夫なの……?」
今はこうして問題なく話せているが、夜会の会場となれば人の目は多い。エレナーデにとってあまりにもハードルが高くないだろうか。
初めて公爵邸を訪ねた時から感じていたが、エレナーデは何かと気負ってしまう性質なので心配だった。
「大丈夫……だと思います。身分はわたくしが上ですもの。公の場でしたら彼女たちもわたくしを立ててくださるはずですから。表面上だけでも仲直りができれば、噂も自然と消えていくでしょう」
「それは、そうだけど……」
身分を弁えてくれる程度に賢い相手なら、そもそも公爵令嬢に喧嘩を売るような真似はしないとも思うので、不安は拭えない。
「上手くやりますから、応援していてくださいな」
やんわりとしたエレナーデの微笑みを見れば、面倒事に発展しませんように、と祈るしかなかった。