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第11話 王太子からの無茶振り

「あるはずありません」


 あまりの爆弾発言に反射で反応してしまってから、相手が一国の王子であることを思い出したマリアヴェルは慌てて付け加えた。


「えぇと、殿下はクロムウェル公爵家のご令嬢と婚約されていらっしゃるでしょう? わたしとの婚約は殿下の名誉を損なう上に、我が家が公爵家からの不興を買ってしまいますもの。王家とアッシュフォード。双方に旨みのない婚約となりますわ」


 ぐうの音も出ない満点回答のはず。マリアヴェルがどうだ、と言わんばかりに微笑むと。ユリウスが口元を手のひらで覆い、肩を震わせた。


「く、は、ははっ!」


 麗しの第一王子様は大笑いだった。相好を崩し、無邪気に笑う様はユリウスを実年齢よりも幼く見せる。


 少しのあいだ声を上げて笑っていたユリウスが、笑いを噛み殺しながら言う。


「最初の断り文句がなければ及第点をやれたのだがな。アルは君を素直で可愛い子だと評していたが。なるほど? マリアヴェル嬢は直情型で間違いないらしい」


 失言はしっかりと拾われてしまっていたらしい。


 恥じらいながら、腑に落ちない気持ちになる。


 隙のある笑みといい、アルフレッドを愛称で呼んだことといい、ユリウスの態度は明らかに先ほどまでと異なった。その真意はどこにあるのだろう。


「殿下。本日のお誘いは婚約の話でわたしをからかうことが目的なのでしょうか?」


 ズレた謎解きは切れ者と評判の王太子らしからぬもので、違和感があった。そして今、ユリウスは及第点と言った。両者を踏まえると、この王子様はマリアヴェルを試しているような気がする。ただ、肝心の何を試しているのかがさっぱりだった。


 笑いを引っ込めたユリウスは、表情を引き締めた。そうすると、纏う雰囲気もどこかひりつくような、緊張を煽るものへと変わった。


 心臓を握られるような圧に、マリアヴェルはちょっぴり怖気づいてしまう。


「これ以上の悪ふざけは君の機嫌を損ねてしまいそうだし、本題に入るとしようか。今しがた話題に上がった我が婚約者――エレナーデ・クロムウェルに関する知識を、君はどの程度有している?」

「今年で十七歳になられる、クロムウェル公爵家のご令嬢で殿下と婚約を交わされたのは四年前。王妃教育のために十四の年から後宮に通われ、二年ですべての課程を修められた才女と伺っております」

「当たり障りのない回答だな。では、公爵令嬢の人間性についてはどうだ?」

「それは……」


 言葉に詰まったのは、まったく知らないからというわけではない。


 エレナーデとの親交はないけれど、王族主催の夜会で挨拶を交わしたことならある。その時はユリウスの側で控えめに微笑んでいる大人しい令嬢、という印象を抱いたのだけれど――。


 マリアヴェルの躊躇いを見透かしたように、ユリウスが神妙な声音で促した。


「ここには私と君しかいないんだ。遠慮することはない。求めたのは私だ。素直な答えをくれ」

「……交友がありませんので直接のお人柄は存じ上げておりませんが、社交界で嫉妬姫と呼ばれていることは存じております」


 エレナーデは、マリアヴェルとは方向性の異なる悪評で有名な令嬢だった。


 幼い頃から第一王子に心酔していた彼女は、家柄を盾にして当時ユリウスの婚約者だった令嬢を破談に追いやり、その座を勝ち取った。以降はユリウスに近づく令嬢を牽制し、時には嫌がらせまでしているとか。付いた渾名は恋に狂った嫉妬姫。


 マリアヴェルの答えに、ユリウスは憂鬱そうにため息を吐いた。


「その通りだ。エレナーデの過ぎた行いの数々は私の下まで報告が来ている。私を褒め称えたヒースベル伯爵令嬢を池に突き落としたとか、ハウストン子爵令嬢のドレスに紅茶を故意にこぼした――とかね。他にも嫌がらせで大量の手紙を送りつけて精神を参らせた、なんて話もある。私が直接エレナーデに確認したところ、本人も事実に相違ないと証言した」


 噂がアテにならないことを、マリアヴェルは身を持って知っている。だが、嫉妬姫の噂は誇張されたものというわけではないらしい。


「マリアヴェル嬢はエレナーデとの婚姻が王家に何をもたらすと思う?」

「……少なくとも、殿下の名誉を傷つける恐れはあるかと」


 嫉妬で他者を傷つける人間が未来の国母だなんて頭の痛い話だが、そういった不安要素もあるだろう。


 率直な感想に、ユリウスは満足そうに微笑んだ。テーブルの上で組み合わせた両手の甲に顎を乗せ、さらりと告げる。


「そう言ってくれるのであれば、この件は君を頼るとしようかな」

「はい?」

「私は嫉妬姫との縁を切りたくてね。だが、王妃教育を終えた令嬢との婚約を私から破棄するのは悪評を加味しても、いささか世間体が悪い。そこでマリアヴェル嬢には彼女から婚約を破棄したくなるよう、上手く立ち回ってもらいたい」


 肩を竦めた王太子はなんてことない調子で言うが、空いた口が塞がらないとはこのことだった。


 ユリウスに好意を抱いている令嬢との縁談を当の令嬢から破棄させるなんて、ただでさえ無理難題なのに。よほど上手く立ち回らない限りクロムウェル公爵家に真っ向から喧嘩を売り、不興を買うことになる。高位貴族からの反感は、アッシュフォード侯爵家の立場を貶めかねない。


「幸い君は私の立場を理解してくれるだけでなく、破談の名人だろう?」


 クスリと微笑む王太子にあっ、と思う。あの謎解きは、マリアヴェルが縁談を故意に破談にしている事実を確かめるためのものだったのだ。


 ――この王子様、ぜっったいに性悪だわ!


 内心で悲鳴を上げつつ、マリアヴェルは必死に逃げ道を模索する。


「ですが、殿下。殿下の名誉はもちろん尊重されるべきものですが、わたしがエレナーデ様に干渉することは公爵家から不興を買う恐れがあります」

「なるほど。君は我が身が可愛いあまりに王家の悩みには関われないと?」

「わたし個人の問題ではなく、アッシュフォードの家名にも関わるのです。安請け合いして侯爵家の将来を潰すことにでもなれば、義兄あににも亡くなった両親にも顔向けできません」


 どうにか考え直してくれないかと、懸命に訴えかける。すると、ユリウスは細めた双眸に冷ややかな色を灯した。


「無理難題であることは百も承知だ。マリアヴェル嬢が尻込みするのも当然だろう。だが、アルフレッドなら私の望みに否は言わない。不可能を可能にし、王家への忠誠を示すのが臣下の役目だとわきまえているからだ。アッシュフォードの血を持たない君は、私への忠義を示せないと言うのだな?」


 有無を言わさない口調に、ハッとする。


 王宮に勤めているアルフレッドだけではない。アッシュフォードの姓を名乗る以上、マリアヴェルもまた、王家への忠義を貫く義務があるのだ。


 これは交渉ではなく命令で。そうである以上、マリアヴェルに選択権などない。わかりきったことなのに。貴族としての自覚の甘さは反省すべきだが、それを血筋のせいにされてしまうのは悔しい。

 

 椅子から立ち上がったマリアヴェルは、ユリウスの足下にひざまずいた。


「……失言をお許しください。養子とはいえわたしもアッシュフォードの家名を背負う王家の忠臣です。殿下の望みに応え、わたしの忠誠に偽りがないことを証明してみせます」

 

 こうべを垂れながら、マリアヴェルは悟る。


 縁談の破談。この課題をもって、ユリウスはマリアヴェルを見極めようとしているのだ、と。


 アルフレッドが宰相となれば、アッシュフォード家は王家にとってこれまで以上に重宝すべき忠臣となる。その一員であるマリアヴェルが王家にとって同じように忠臣であるのか、それともあくまでおまけでしかないのか。


 ユリウスはそれを確かめようとしているのだ。


 青々とした芝を辛抱強く見つめていると、威厳に溢れた声が期待しているよ、と紡いだ。

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