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第10話 王太子からのプロポーズ

 アディンセル王国第一王子ユリウス・リヒト・アディンセル。二十三歳という若さで老獪な貴族を従え、国政に携わる王太子はアルフレッドとは系統の異なる美貌を湛えた青年だ。


 緑がかった青の双眸は切れ長で、けぶるようなまつ毛に縁取られている。肩まで伸びた髪は白に近い白金色プラチナ。すらりとした鼻梁、薄い唇、細い顎。整ったパーツはどこを取っても文句の付けようがなく、完成された容貌は民衆から芸術と称賛されるほど。

 義兄と並べばさぞ絵になるであろう王太子と、マリアヴェルはなぜか二人きりでお茶をしていた。


 晴れ渡った空はどこまでも青く、日差しも風も優しくて心地よい。朝の空気は爽やかで、さえずる小鳥の鳴き声がよく馴染んでいる。


 深緑の匂いを漂わせる花壇と草木に囲まれた王宮内の庭園は長閑のどかだけれど、マリアヴェルの心中はそうもいかない。


 丸テーブルに置かれた高級菓子にも紅茶にも手を付けることなく、向かいの椅子に腰掛けたユリウスの挙動に気を払っていた。


 アルフレッドとは幼馴染であっても、マリアヴェルにとってユリウスは夜会で挨拶を交わしたことがある程度の仲。初対面に近い異性というだけでも気を張るのに、それが王族ともなれば緊張は別格だ。


「突然の誘いで戸惑わせてしまったかな?」


 優雅にカップを傾け、紅茶を味わっていたユリウスが口火を切った。


「そう固くならないでくれ。庭園ここにいるのは私と君だけだ。多少羽目を外したところで、誰も口うるさく咎めたりしない」


 正確には給仕の侍女が控えているのだが、上流階級の人間にとって使用人は空気のようなもの。ユリウスは二人の侍女を数には入れず、その感性はマリアヴェルも同様だ。


 二人きりだからこそ気が抜けないのよ、と内心で悲鳴を上げつつ、淑女らしい控えめな微笑みを浮かべてお気遣いありがとうございます、と答える。


「思い返せば、マリアヴェル嬢とは社交辞令程度の関わりしかなかっただろう? 私が陛下の跡を継げばアルフレッドには宰相を任せることになる。腹心たる部下の義妹いもうとである君の為人ひととなりを、今のうちから知っておきたくてね」


 アッシュフォード侯爵邸に届いた突然の招待状に秘められた意図を、王太子はそう語った。


 ユリウスの言をそのまま受け取るには、マリアヴェルの評判がよろしくない。破談によって広まった悪評は当然、ユリウスの耳にも届いているはず。脈絡のない王太子からの呼び出しは、悪女の噂が兄の立場に悪影響を与えてしまったのではないかと不安になる。


 あからさまに表情に出したつもりはなかったが、マリアヴェルの懸念を察したように、ユリウスが目許を和ませた。


「あぁ、誤解を招く言い方をしてしまったな。アレは有能だ。多少の曰くがあったところで手放す気はない。アルフレッドがいなくては内務省はとてもじゃないが回らない。左遷などしたら、宰相が三日と保たずに過労で倒れる様が目に浮かぶ」


 冗談めかしたようにそう言って肩を竦め、


「マリアヴェル嬢の話はアルフレッドからよく聞かされている。そうだな……。突然義妹(ぎまい)ができることになって戸惑うアレの相談にも乗ったことがある。私には歳の離れた妹がいるからね。兄妹円満の秘訣を伝授したりもした」

「我が家の兄妹仲が良好なのは、殿下のご配慮のおかげなのですね」


 実際に参考になったのかはアルフレッドにしかわからないので、当たり障りのない答えを返す。ユリウスは満更でもなさそうに微笑んだ。


「そういうわけで、マリアヴェル嬢のことは幼少の頃から知っているつもりではいる。こちらが一方的に、だがね。ところが、アルフレッドが自慢する可愛らしい義妹と私の耳に入ってくる君の人物像が、どうにも結びつかない。どちらが本当の君なのか、直接この目で確かめてみたくなったというわけさ」


 確かめて、ユリウスにどんな益があるというのだろう。不思議に思いつつ、マリアヴェルは少し考えてから口を開いた。


「噂はあくまで噂ですもの。わたしも義兄あにから聞く殿下のお人柄と、市井で耳にする殿下の評判には差異がありますわ」


 ふむ、と。指先で顎をなぞった後、ユリウスが腕を組んだ。


「なるほど。アルフレッドの目に私がどう映っているか……興味はあるが、愉快な話になる予感がしないな。触れずにおくとしよう。だが、そうなると不思議な話だ」

「何がでしょう?」

「噂が信憑性に欠けるというのであれば、マリアヴェル嬢が縁談を四件も破談にしている要因は別にある、ということになる。好奇心旺盛な私はそこが気になって仕方なくてね」

「兄に尋ねれば殿下の疑問はすぐに解けますわ」


 アルフレッドと結婚したいからわざと破談にしているんです、なんて面と向かって言えるはずもない。この場にいないアルフレッドに丸投げすると、ユリウスは緩やかに頭を振った。


「真理だが、他人の手を借りるのは好まないんだ。そこで、私なりに推察してみた」


 まるで謎解きを愉しむ探偵のように、ユリウスは己の考えをひけらかす。


「破談が四度も続くのは偶然ではあり得ない。必ず要因があり、世間では君の人格に難があるとされているが……私にはマリアヴェル嬢の言動にさほど問題があるようには見えない。とはいえ、火のない所に煙は立たないとも言うからな。四人の婚約者にとって君は確かに悪女と呼ばれるに相応しい令嬢だったのだろう。とすれば、君はわざと誤解を招く振る舞いをしていた、というのが一番しっくりくる考え方だ。そして愛想を尽かされるために演技をしていたのであれば、マリアヴェル嬢は故意に縁談をふいにしているはず。では、なぜ君はそんなことをしているのか――」


 涼しげな声で朗々と語る王太子に、マリアヴェルはなんとも言えない気分に駆られる。


 ――わたしはお兄様と結婚したいだけなのだけれど、ここまで大真面目に推察して何か意味があるのかしら?


 微妙な気持ちのマリアヴェルを置いてけぼりにして、ユリウスはしたり顔で続けた。


「君は、これまでの縁談相手が不満だったのでは? 冴えない婚約者との縁談に気乗りせず、嫌われ役を買うことで破談にしてきた――というのはどうだろうか」


 筋は通っているのだが、真相からは微妙にズレている。訂正した方がいいのか、そういうことにして殿下の推論を讃えるべきなのか。そもそも、どうしてこんな話をしているのか。


 戸惑うしかないマリアヴェルに向けて、ユリウスが微笑んだ。年頃の令嬢なら誰もがのぼせてしまいそうな、優美な笑みと共に。


「ということで、だ。理想が高そうなマリアヴェル嬢。私は君のお眼鏡に適うだろうか?」

「はい?」


 謎解きを愉しんでいた王太子の話題が、明後日の方向に飛んだ。不敬なことに、マリアヴェルは気の抜けた返事をしてしまう。きょとん、とあどけなく首を傾げるマリアヴェルに、


「私の婚約者になる気はあるか、と尋ねているんだ」


 麗しい声で、そんなことをのたまうのだった。

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