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高瀬みらいの進学

「東京大学へ行きなさい」と母は言った。

「はい」と高瀬(たかせ)みらいは答えた。

 みらいは中学3年生の女の子だ。少しばかり勉強ができるだけで、他にはなんの取り柄もない。少なくとも、彼女はそう思っている。わたしには、なんの取り柄もない、と。

 彼女の容姿の特徴は背が高いこと。のっぽと言ってもいい。女子にとって、取り柄とは言えない。胸は目立たず、腰のくびれも目立たず、スタイルがよいわけではない。

 幸いなことに、顔の造作は悪くはない。ふつうだ。髪は茶色く、天然パーマである。

 趣味は小説を書くこと。母に知られるとまずいことになると直感的にわかっているので、隠れて書いている。

 映画音楽が好き。「映画音楽をあなたに」というラジオ番組が好きで、それをカセットテープに録音している。テープをくり返し聴きながら、受験勉強をしている。

 みらいは桜園(おうえん)学院高等学校をめざしている。東京大学へ毎年50名ほどの合格者を出している進学校だ。

 彼女の成績では合格はむずかしい高校だ。

「桜園学院以外の高校は受けなくていいわ。落ちたら浪人して、再受験しなさい」と母は言う。

「はい」

 みらいは内心の反抗を隠してうなずく。嫌だと言っても、殴られるだけだ。 

 結論から言うと、みらいは桜園受験に失敗した。落ちた。

 滑り止めは受けていない。

 高校受験浪人決定か、とみらいは思った。

 母は彼女の髪をつかみ、頭を壁に叩きつけた。

「この親不孝者! うちは裕福じゃないのに、私立の高校に行かせてあげようとしていたのよ! 落ちるなんて! 落ちるなんて! もう勉強以外しなくていいわ!」

「痛い痛い! 許して、お母さん!」

 みらいは泣き叫んだ。落ちたら浪人しろと言っていたのに、母の暴行は止まらなかった。みらいの額から血が流れた。虐待はそれだけでは終わらなかった。

 母は娘の勉強机に向かってつかつかと歩き、一番下の引き出しの奥から、みらいの小説ノートを取り出した。

「あ……それ……」

「知っているのよ、みらいがお母さんに隠れて物語みたいなのを書いているのは! つまらないからやめなさい! いままでは息抜きも必要だと思って、見逃してあげていたの。浪人生には息抜きは必要ない。ずっと勉強だけしていなさい!」

 母はみらいの大切なノートを破り始めた。びりびりに破かれていくそれを、みらいは拾い集めた。顔を蹴られてもやめなかった。

「お母さん、やめて、それだけは捨てられないの」

 母は激昂し、ついに小説が書かれていた紙片をガスコンロで焼いた。

 みらいは言葉を失った。

 その夜、桜園学院高等学校の事務員から高瀬家に電話が入った。受話器を取ったのは母だった。

「はい、高瀬でございます」

「こんばんは、桜園学院高校の庶務係、佐藤と申します。高瀬みらいさんのお宅ですか?」

「みらいの母ですが」

「お母さまですか。お知らせがあります。みらいさんは、我が校を補欠で合格していました。合格辞退者が出ましたので、みらいさんは繰り上がり合格となりました。みらいさんが当校に入学するご意志がありましたら、3日後までに入学金を納めていただきたく、ご連絡をいたしました」

 桜園学院を超える超難関高校もあり、毎年辞退者が出る。みらいはかろうじて、合格することができたのだった。

「入学します! 入学金は明日お支払いします!」と母は即答した。

 こうして、高瀬みらいは桜園学院高等学校に進学することになった。

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