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第一話「贋茶碗」  作者: 和泉和佐
8/16

贋茶碗8

再掲載です





 ――――― 8 ―――――


 ところ変わって、深山一座の座頭・惣右衛門の家である。江戸の中心部より少しばかり郊外へと外れるが意外なほど立派な一軒家であり、一座の主立った者も一緒に暮らしている。全員に別の長屋を用意するよりも掛かり(経費)が少ないのかもしれないが、普通であれば若い者たちが息が詰まって一人住まいに逃げ出していきそうなものである。しかし、深山一座はこの一軒家でまるで家族のように暮らしているのである。

「それで?」

 と言ったのはこの家の主人(あるじ)であり座頭である惣右衛門と、立役者の助三、女形の雪之丞、そして道具方を努めている文治であった。

 惣右衛門からの促す言葉に文治が応えて話し出す。

「乾勘十郎という男は御家人で無役なのですが、先代が締まりの良い人物だったとかで、信濃屋さんは金には困っていない……と思っているようです」

 文治の口調はあの口入れ屋で見せたものではなく、大家に仕える中間のようだった。

「内実は違う、ということか?」

「先代は確かに締まりがよかったようですが、趣味の骨董に金を注ぎ込むばっかりで家内のことにはそりゃもう厳しくて、下で働くものなぞに飯を食わせることすら無駄金と考えるようなお人で、あそこで働いていたら飢え死にをするともっぱらの噂だったようです」

「そらひでえな」

 助三が口を挟む。

 父親の死の知らせを吉原で受けた乾勘十郎は快哉を叫んだという程だから相当だ。

「まあ、その分しこたまため込んでたってのは確かなようでしたが……先代の頃には」

 文治がニヤリと笑って答える。若い二人に向けては多少言葉も砕けるようだ。それを見て惣右衛門も、助三と雪之丞に話の主導権を譲った。

「というと?」

 雪之丞が問う。さすがに家の中であるため、女形姿ではなく男装なのだが、総髪を束ねての町人姿であるため、役者独特の不思議な雰囲気をたたえている。

「先代に厳しく締められた反動かもしれませんが、跡目を取った勘十郎という男がこれがもうとんでもない放蕩者で跡目を継いで半年もならねえというのにあらかた食いつぶしたんじゃないかって噂です。なにしろ呑む打つ買うどころの騒ぎじゃなくって―――それも、元服するかしねえかって頃からの話だそうで。まあ、あのケチな先代からは当然先立つものなんざもらえやしないんで、ガキのくせしていっぱしの顔でヤクザどもとツルんでたってことですがね」

「ははぁ、なるほどな」

 助三が得心が言ったとばかりに頷いた。

「なにが『なるほど』なんです?」 

 きょとんとした顔で小首を傾げる雪之丞。男姿であるにも関わらず中々にあざとかわいいのだが、これが天然物なのだから、びっくりである。

「いやさ、いくら悪仲間と言ったとて、ごろつきどもが身銭を切ってガキを遊ばせてやるか?」

「それは―――やらないですね。ということは…」

「そうさ。跡目を継いだ今になって乾勘十郎はこれまでのツケをさぞや厳しく取り立てられていることだろうよ」

 それこそ《これまでのツケ》は多岐に渡って()()()、である。

 肩をすくめる助三に雪之丞も呆れたように頭を緩く振った。文治も言いたいことが伝わったと見て、三人で顔を見合わせてはプークスクスと笑い合う。ひとしきり笑ったところで、

「さて」

 それまで聞き役に徹し黙っていた惣右衛門がゆっくりと言った。

「此度の仕掛けはどのように算段するがよかろうかな」

 惣右衛門の言葉に、

「それはやはり……助さんがよろしかろうと……」

 雪之丞が答える。何やら考えがある様子である。

「はぁ? また今回も俺か? また今回も俺か? おまえらは俺を働かせすぎだっつうの」

 助三が茶化すように文句を並べ立てる。

 が、不自然に言葉を切った。首を傾げた雪之丞と惣右衛門だったが、すぐに彼らも近づいてくる人の気配を察知した。


 ハタハタと軽い足音はおなご、おことだろう。


「―――ははぁ、なるほど。さすがはそうした方々との交誼も常に欠かさない助さんだ。よくもそこまで考えが及びますね」

 話を変えるようにニパッと笑う雪之丞。女形姿ではないこちらの方が彼本来の笑顔である。年上をからかってくるその笑顔に、

「こんニャロ!」

 助三も笑って雪之丞の頭をこづく。

「なるほど、色々と覚えがありそうだな、助三よ」

 惣右衛門までがそう言いだしたものだから助三の表情(かお)が歪む。

「惣右衛門さままで……些かひどうございますぞ」

 それがあまりにも情けない顔だったもので、雪之丞と文治が顔を見合わせてぷっと吹き出した。

「ww…助さん、口、調…プッ…お気をつけてwww」

 言われて助三も笑いつつ、

「座頭ぁ~、ひでぇっすよ」

 と言い直してからつるりと顔を撫でた。

 これには惣右衛門もたまらずに吹き出した。

 ひとしきり四人で笑いあったところで、部屋の外で足音が止まり、

「失礼します」

 おことの声がかかった。

「如何いたした?」

 惣右衛門の声に部屋へと入ってきたのはやはりおことであった。しかし、惣右衛門たちが贋物屋の相談をするということがわかっていたのでおことは遠慮していた筈なのである。

 何か急な用であろうかと惣右衛門が首を傾げる。そして、おことの手にある江戸では珍しい京菓子に女が止まる。おことはその視線を受けて、

「大黒屋の巳之衛門さんがおいでなされましたので」

 と続けた。

「巳之衛門どのが?」

 惣右衛門は言いさして迷ったものの、腰を浮かせる。

「あ、いえ」

 が、おことがそれを押し留めた。

「もうお帰りです。お忙しいようなのでまたとおっしゃって。おとっつあんがお話したいのではとお知らせに来たのですが……まだお帰りになったばかりなのでお引き止めしてきましょうか?」

 対応を間違えたかと不安そうに見やるおことに惣右衛門は、

「いや、よい。帰ったのならばそれで…」

 思案しながらも浮かせた身体を元に戻した。『それで良い』と宥めるようにニコリと笑い、ついでおことが持ってきた京菓子に視線を戻し、

「それは?」

 と問うた。

「巳之衛門さんからの頂き物です」

 大黒屋巳之衛門というのは、ずっと()()()交誼(つきあい)のある米問屋だ。焼き物の趣味が高じて息子に跡を譲ったのを機に、謂われのある茶碗を集めるために東奔西走している。最近は上方へ赴いたと聞いたので、これはその土産であろう。惣右衛門に声をかけていかなかったところをみると、ずっと探している黒唐津の…あの茶碗は手に入らなかったと、そういうことである。

 ちなみに、贋物屋としての惣右衛門に会いに来る客が持ってくる添え書きはこの巳之衛門のものであって、大黒屋(息子)のものではない。

「確かに。美味いですな、これは。それに江戸ではあまり見ないのではないかな? 食べたことのない味ですよ」

 と、そこへ助三。もうすでに食べ始めているではないか。雪之丞と文治が慌てて横から袖を引いているが、どこ吹く風だ。

 ハハハと惣右衛門が笑い、おことも楽しげに笑ってから急いで茶を運んできた。

 深山一座で飲まれている茶というのは煎茶のことで、近頃流行りの茶の飲み方である。茶が日本に伝来した当時は薬として飲まれていたものであるが、戦国時代に茶の湯(お抹茶)として発展し豪商や武家の間に浸透した。一方で庶民にはとんと縁のないものであったのだが、近頃は抹茶のように茶を粉末にしたものではなく葉をそのまま煎じた(煮出した)お手軽な茶が新たな飲料として大流行している。流行の最先端を誇る芝居の一座である深山一座でもお茶を常用しているのである。

 茶と菓子を美味そうに味わう助三の姿に、おことは我が意を得たりとばかりに、

「でしょう~?」

 とニンマリ。もう不安げな顔は見せていない。深山一座の一番のムードメーカー・助三の面目躍如というところか。機嫌を直したおことのその可愛らしいドヤ顔に、雪之丞がクスクスと笑いだした。

「?」

 キョトン顔のおこと。それがなおさら可笑しかったのか、笑いが止まらぬ様子の雪之丞。ようやく笑いをおさめると、

「お先にお上がりでしたか」

 と言った。

 大黒屋の隠居の巳之衛門が買ってくる大抵の土産物はおことのためのものだが、一応は主である惣右衛門への贈答品であるし、おことも大抵は包みを解く前に父親に渡している。(そしてそのまま渡し返されている)

 しかし、どうやら今回のこの菓子は先に『食べちゃった』らしい。

 もっとも長い間、ごそごそと内密の話をしている惣右衛門たちが悪いのだが、堪えきれなかったのだろう。おことは菓子でも料理でも食べることが大好きで、大黒屋はそれをよく知っているからこそ土産にと色々なものを持ってくるのだ。この菓子についても帰る前にさんざんプレゼンされたようだ。

「っ! あら、だって?! えっと、巳之衛門の小父さまが別に取り分けて下すって―――」

 頬を赤らめ色々言ってみるも、最終的にはテヘペロ、な表情を見せてくるおこと。

「ふふっ」

 雪之丞が目を細めてまぶしげに見やった―――のを他の三人が微笑ましげに眺めるのであった。






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