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第一話「贋茶碗」  作者: 和泉和佐
7/16

贋茶碗7

再掲載です。今一つ使い方がわかっていません。

ご迷惑をお掛けします(>_<)



*元号の漢字は意図的です






 ――――― 7 ―――――


 話は四半時ほど遡る。

 深山一座の道具方である文治は、川の手の武家屋敷町にほど近い口入れ屋に姿を現した。

 一座の仕事に嫌気がさして転職―――というわけではもちろん、ない。

 ないのだが、口入れ屋の主人を前にしたその口からは求職の条件がするすると飛び出してくる。

「給金高くってー、通いでやれてー、朋輩にムカつく野郎がいなくてー(あ、別嬪(べっぴん)がいれば尚よし)、あんま無茶な仕事を振ってこないような―――」

 もちろん本業の芝居の道具方に差し障るようでは困る、『そうそう』と文治が付け加えるように、

「時短で♡」

 と言った。

 よくもまあ、口入れ屋の主人に叩き出されなかったものである。

 とはいえ、文治という男はこういう男なのだ。ご面相の方は到底イケメンとは言い難いのだが、童顔で何ともいえない愛嬌があり、何よりも口が立つ。

 深山一座の中で、立役者の助三をさしおいての《一番のモテ男》というのは伊達ではない。

 文治は、口入れ屋の主人の『そんな勤め先なんぞあるけえ』との文句を受け流すと、いそいそと《待機の間》の真面目に職を探している他の者らの隣に、悪びれもせず腰を落ち着けた。

 その場所は待合所ではあるが、入り口から続く通り土間からすぐの、帳場とは逆側にある障子も襖もなく衝立一つで遮られただけのオープンな板の間にすぎない。簡単な湯呑などが用意されており、早朝仕事からの帰りに一休みに立ち寄った者やら仕事にあぶれた者などがたむろしている。

 現代のような便利な連絡ツール(スマホ)などない時代だ、こうして仕事の口が入るのを待つことも就活のうちなのである。

 文治はそれらの人の中をチャッチャッと手刀でかき分けながら手ずから注いだ白湯を一口すする。

「にーさん、あんなんで仕事なんか見つかるわきゃないだろうに…。本気で働く気があんのかい?」

 隣りの、住み込みで女中の仕事を探してるという中年の女が、声をかけてきた。微妙に苦い顔には、今時の若者への批判的な思いが見え隠れしている。

 ちなみに、文治は童顔の所為で気がつかれていないが、今どきの若者と呼ぶには些か(とう)が立ちすぎていたりする。

 その文治はニパッと満面の笑み。ますます童顔が際立つ。

「俺さ、郷里(くに)で藩の剣術指南役の御家の中間(ちゅうげん)やってて…でも、殿さまお亡くなりになるわー、その内に何やらあって藩までがお取り潰しになるわーで、職にあぶれて仕方なく江戸に出てきたんだけど…。渡り中間の口でいいからねえかなあってさ」

 などと文治がお喋りをしていれば、隅の方から男が唸るように口を挟んできた。

「てめえ、なに、甘っちょろい了見でんなこと言ってやぁがる? ああ”?」

 凄みを利かせ、下から振り仰ぐような上目遣いで睨んでくるのは、がっちりとした体つきの文治と同じくらいの年回りの男だ。中年女の方は見え隠れする程度だった『今時の若いモンは…』という気持ちが前面に押し出された目つきだった。

 もっとも文治はその男と同年代ではあるのだが、文治の童g(ry

「いっやー、だって、ここらって立派なお屋敷やら多いから俺一人の働き口くらいあんじゃねーの?みたいな?」

 文治をますます世間知らずの若者らしく見せる語尾を伸ばした尻上がりのしゃべり方はわざとである。

「はっ! おめえみてえな()()()()()()を雇うようなお屋敷なんざあるかよ!」

「えー、だってッ、すぐそこの乾さまとかいう御家人のお屋敷の中間が、うちは万年人手不足だからどんなのでも来てくれたら助かるってぇ。奥も外も忙しすぎるってさ」

 言って文治は拗ねた様子で唇をとがらす。そんな表情にも違和感がないのが童顔の童顔たる所以である。

「おや、そうなのかい?」

 文治の言葉を拾い上げたのは、中年女の方だった。

「奥も手が足りないのかね。もちろん、住み込みだろ?」

 中年女は言いながら首を伸ばして、帳場に座る口入れ屋の主人の方を伺っている。だが、主人はちらりとこちらに目線はよこしたものの、黙って帳面に顔を戻した。

「………」

 ふうとため息をついて肩をすくめる女。武家に女中として雇われようというのだからある程度は礼儀も身に付いているのだろうが、昨今はそれでも中々難しいらしい。

「はん! ダメだダメだ、あんなとこ。やっぱ何もわかってねーな、テメェは。ねーさんもダメだぜ、やめた方がいい」

 どうやら男は渡り中間のようで上から目線のドヤ顔で、ふんすと鼻息を荒くする男。

「なんかあるのかい?」

 ワクテカな様子の中年女はもう聞く態勢万全である。こうした女中にしろ中間にしろ、勤めた屋敷の内情を面白おかしく噂するのが彼らの原動力なのである。

 渡り中間は中年女にちょっと頷いて見せながらも、文治の方へ体を向け腕を組み、ムホンと一つ咳払いをする。

「大体だなぁ、御家人なんてな、女中だの中間だのとそう何人も雇えるようなご内情じゃねえのさ。そこんとこわかってんのか、おまえ、あ~ん?」

 渡り中間が言うのに中年女も同調し、

「ああ、ま、そらそうだろうねえ」

 と納得顔である。そもそも旗本ではなく御家人(一万石以下)という時点でお察しである。もっとも一万石の旗本と九百石の御家人でだったら御家人の方がよほど暮らしぶりは上であるのだが。

「ましてやあそこは譜代(ふだい)でもねえ二半場(にはんば)さんよ。しかも無役だ。雇えるのは精々がとこ女中一人に下男か中間かをどっちか一人ってところさ」

 二半場というのは御家人の家格であり、《譜代》と《抱席(かかえせき)》との間くらいの格付けである。譜代と二半場は抱席と違い無役であっても幕府からの俸禄(ほうろく)(給料)がある。乾家は百石取りだという。

 勘十郎の父親、乾家の先代当主は締まりケチとの評判で相当ため込んでいるらしいが、所詮はその程度のことである。

「けどなぁ―――」

 一時期乾家に勤めていたこともあるという渡り中間の男は口を開き、文治に色々なことを教えてくれた。




 その日、文治は口入れ屋の待合所にいたほとんどの人間に話しかけ、なにやかやと仲良くなっていた。

「まあまあ、白湯でも飲みねえな」

 一番最初に話しかけた渡り中間の下に戻ってきて、手にした急須から男の茶碗に湯を注ぐ。

「うるせえ、飲むわ! てか、てめえのじゃねえだろうがよっ!」

 言われた台詞に、『まあまあ』と返し、

「そんでさぁ…」

 と続けた文治だが―――




「って…! てめえ! 文治ィッッ! こんなところでなにしてやがる!!」




 表から聞こえた大声に、

「ゲッ?!」

 一声呻いてワタワタと逃げ出していった。






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