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第一話「贋茶碗」  作者: 和泉和佐
12/16

贋茶碗12

再掲載です





 ――――― 12 ―――――


「ふ、…ッえっくしょイッ!!」

 盛大なくしゃみを懐紙で拭って茶人・里村宗介は目の前の人物に謝意を示した。

「とんだ不調法を…」

 里村と相対していた男(武士である)は気にした様子もなく、

「いやなに。お風邪かな?」

 と緩く笑んだ。

「いえいえ、体の方は何ともありませんので―――はて、どこぞで噂でもされておりますかな」

「ハ、ハ、ハ、噂か。それはよい―――で、里村どの、お見立ての程は…?」

 問われて里村は自分たちの周りにずらりと並んだ茶碗や壺などの陶磁器にちらりと目をやった。

 場所はじっと黙って里村の様子をうかがう武士の自宅である。並べられた焼き物はすべてこの武士が趣味で集めたものである。

 ゴクリと唾を飲む武士。

「左様―――こちらとこちら―――」

 二つばかりの茶碗を脇に除ける里村。

「………」

 緊張が高まる。

「以外は素晴らしいものかと…」

「…ふぅ」

 里村の言葉に安堵のため息がもれる。

「畠山さまのお目は確かにございますな」

 里村がそう言ってにこりと笑えば、畠山と呼ばれた武士は隠しきれないドヤ顔を覗かせながらも謙遜で返した。里村が脇に除けた二つはわざと用意した二束三文で手に入れた茶入れと花器であった。

 この男は畠山(はたけやま)玄蕃(げんば)といい小普請組(こぶしんぐみ)組頭を勤める武士である。趣味は骨董で、主に陶磁器を集めている。骨董の世界は奥が深いものだが、良い物を見抜く目さえ確かであれば、べらぼうな金を出さずとも楽しめるし、元緑(げんろく)のバブル期に差し掛かる昨今は特に粋人が増えている分野でもある。

「実は上方あたりによい窯がありましてな。現川(うつつがわ)焼きと申し…」

 茶人である里村も目利きの力が高く、そうした粋人たちに重宝されているらしい。畠山玄蕃は出入りの商人から紹介され、蒐集した陶磁器の目利きを頼んだのである。

 畠山と里村はそれから良い焼き物の定義について、あるいは流行りの窯について、あるいはドコソコの窯にいる陶工が作る茶碗がどうしたこうしたと話題の尽きることがない。

 話が盛り上がりに盛り上がったあたりで、ふと思い出したように里村が言った。

「ところで、畠山さまは小普請組の組頭さまでいらっしゃる? ということは、御家人の方々のことにお詳しい?」

 小普請組とは、役職に就いていない三千石以下の幕臣たちをグループ分けしたもので、全体を統括するのは小普請支配という大身旗本の役目だが、御上から通達や小普請金の集金などといった細々とした実務を行うのがグループの長、畠山のような組頭なのである。

 そして、この三千石以下の幕臣という括りにはもちろんアノ、例の、御家人の乾家も含まれていた。

「御家人で、乾さまとおっしゃる方がおられるのですが、ご存じではございませぬかと思いまして。―――先代さまがお亡くなりになって…確か…ご子息が跡をお継ぎになったとか伺っております」

「おお、存じておるぞ。我が組下の者じゃが、乾が如何したか?」

「はい。―――これは…ここだけのお話ということにしていただきたいのですが……」

 屋敷の中ではあるものの一応と形ばかりに辺りをはばかる様子を見せる里村。誰も聞いている者はなくともそこは様式美という奴である。

「乾さまが古道具屋にとある茶器をお預けになったという話を仲間内で聞き及びまして」

「ほう茶器とな?―――なるほど―――確か、乾の亡くなった父親は骨董が趣味であった。相当なモノも蒐集していたとか。以前はわしのところにも付け届け代わりにいくつか持ってきたこともあったな」

 小普請組は基本的に無役の者が所属するもので、小普請金を待ってほしい時や、『こういう特技があるので、それを生かせるお役に就きたい』などといった就活における要望を上に挙げる時には必ず組頭を通す必要がある。故に、組頭のところへは盆暮れは言うに及ばず何くれと物品が集まるものなのである。付け届け(賄賂)というとイメージが悪いが、当時の日本においては人間関係を円滑にする当たり前の気遣いの一つであったのだ。これより後の世に活躍することになる老中・田沼意次(賄賂で有名)も現代人の価値観ばかりで一概に批判出来るものではない。

「して、乾が如何致したと…?」

 畠山も声を落としてくる。やはり様式美であろうか。何となく二人して、顔を近づけ語り合う。

「乾さまが信濃屋さんに御拝領の茶器をお預けになったという話でございますよ」

 里村が言い出した言葉に畠山は鼻で笑った。

「拝領というて無役の御家人が何処から拝領するというのじゃ」

「いや、はて、そこは―――乾さまもフいてらっしゃったのかも知れませんが―――あの信濃屋さんが二百両も出されたそうですよ」

「何? あの信濃屋が? 二百?!」

 思わず、というように畠山の声が大きくなる。噂というのはとかく話が大きくなるものだが、さすがに盛り過ぎではないだろうか。信濃屋が出したのは二十五両、しかも茶碗を手にすることさえなかったのだが。

 しかし、里村は心得たように深く頷いて、

「あのシブい(吝嗇(りんしょく)家のこと、つまりケチ)信濃屋さんが二百も出したという茶器、おそらくは茶碗でございましょうソレ。いささか興味がございましてな…」

 探るような上目遣いで畠山に目を向ける。

「…それに…乾さまがもしそれをお売りになられるならば、お役に立たせていただきたいものでして…」

 ちょいとずるそうににへらと笑んだ里村に、畠山はつまらなさそうに鼻を鳴らした。

「…ふん…はてさて―――左様に上手くはいかぬであろう―――」

 無類の茶碗好きの畠山が思ったような反応を示さなかったことに訝しげな顔を見せる里村。

「乾がそれを売るとは思えないのでな」

「?はて? そうでございましょうか」

「先代は年も年じゃし脚も悪かったし、無役とて不満はなかったろうがな。だが、息子の勘十郎の方は年も若いし、お役目には就きたかろう」

 と言った畠山はその乾が所属する小普請組の組頭である。繰り返しになるが無役の御家人がお役に付きたいと希望を出すのには、組頭が間を取り持つことになる。

 畠山は里村に負けず劣らずの狡そうな顔でにたりと笑った。茶碗蒐集のためなら割と何でもやらかすタイプのようである。

「それはそれは…」

 里村は一瞬、言葉を詰まらせはしたものの、

「もし…畠山さまがその茶碗をお目にする機会がございますれば、この里村宗助もぜひ同席させてくださいませ!」

 こちらもさすがに抜け目がなかった。

 男が二人。

 アハハ、ウフフと笑い合う様は…

 まあ、控えめに言って、最ッ高にっ気持ち悪かったことだけは確かである。




 数日後、雪之丞ファン会合の席で雪之丞の贔屓筋に最近になって信濃屋が加わったと聞き及んだ里村宗助が、さも雑談のついでとでもいうように乾勘十郎に同行(する畠山玄蕃に同行)して二百両の茶碗を見に行くことを自慢げに言ったのはそういう事情であった。






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