ネット小説大賞九感想 岩山にかかる満月 (カノン雅彦)
難病に侵されている人は多いが、西洋医から見放された人達は
こぞって代替医療へと走る。この物語は宇宙人から病気を治す
力を授かったという男の話である。
岩山にかる満月
カノン雅彦
太いツルによって幹の周りをグルグルと巻かれた大きな木、落雷にでも会ったのかグシャリとへし折れた杉の木、キノコがいっぱい生えた朽ちた老木。辺りは昼なのに薄暗い程に木が生い茂った苔むした林だ。ここは日光市の奥に位置する足尾町の山林の中だ。足尾と言えば銅山で有名な町だ。今では銅山は閉山されて廃坑になっているが、最盛期には日本の銅の産出量の四割をも占める銅を産出していた世界有数の銅山だ。
銅が掘られていた頃は、足尾の山々は精錬所から排出される亜硫酸ガスを含んだ煙によって、木々が枯れ果てはげ山と化していた。しかし、今では植樹が進み、山には緑が戻って来ている。緑の戻った山々では新緑の頃には空高く鷹が舞い、キリリと冷たい沢にはイワナが泳ぎ回っている。そして秋には町を取り囲む山々は全山紅葉し、赤や黄に色づいた木々がやんわりとしたグラデイションを持って町の回りに寝そべっている。そんな初夏の一日、斎藤正一は苔むした林の中をゆっくりと歩いていた。
彼はフリーライターを職業としている作家だ。彼は緑化が進んで来たという足尾の山を取材する為にここへやって来たのだ。山道のため、ゆっくりと車を走らせていた時、彼はその看板を見つけたのだった。そこには「宇宙人によるヒーリング、どんな病気でも治します」と書かれてあったのだ。その看板を見た時、彼はハッとし、とっさに自分の妹のカナの事に思いが走った。彼の妹は脳腫瘍に侵されているのだった。しかもその腫瘍が手術の困難な箇所に出来ている為、どの医者も手術をためらっているというのがカナの状態だったのだ。手術で取り去る事も出来ないし、このままでいたら余命は一年と言われているしで、家族全員ほとほと困り果てていた。それでも生き永らえたいと強く願うカナだったので、正一から見たら無益と思われる様な民間療法を次から次へと試し、こんな事まで?と思われる療法まで試しているのがカナの現状だったのだ。
正一はその看板の前に立ち、それをじっと見つめながら考えた。宇宙のパワーか、何かインチキ臭いな、どの様な治療をするのかな?高い薬でも買わされるのかな?まあそうだったら出て来ちゃえば良いのだし、ひとつ会って話だけでも聞いて来よう。うん、それがいい。彼はそう考えてその看板の矢印の指し示すこの道へと入って来たのだ。
その家は林の中に世間から忘れられたかの様に、ひっそりと建っていた。ドアに掛けられた「宇宙ヒーリング」という、かすれた白ペンキの文字が印象的だった。正一はドアベルをゆっくりと押した。少ししてドアがきしむ様にギーッと音を立ててゆっくりと開き、中から頭が禿げ、顎鬚をモジャモジャと生やした白人男性がヌッと顔を出した。その男は正一の顔を見つめ、
「ヒーリングを受けたいのですか?」
と、いかにも外国人のアクセントの日本語で聞いて来た。正一は思ってもいない人が出て来たので慌てふためき、
「あのー、ええとっ」
と、トンチンカンな答えをした。
「ヒーリングではないのか」
男はそう言って首を引っ込めドアを閉めようとした。正一はあわてて、
「待って下さい!妹ががんに掛かっていて、妹のために話が聞きたいのですが」
正一は何とか引き留めようと食い下がった。
「妹が治したいのか?」
そう言った男の眼に光が戻った。正一は何とか話だけでも聞きたいと思って、
「詳しい話を聞かせてもらえないでしょうか?」
正一は必死になってそう言った。
「ウム、それなら中に入りなさい」
男はそう言って正一を中へと導いた。
部屋の中には観葉植物の鉢がいっぱい置いてあって、まるで密林の中にでも紛れ込んだかのような錯覚を覚えさせた。香でも炊いているのだろうか甘い清々しい香りが漂っていた。男は正一をカウチに座らせると自分も椅子に座り、喋り出した。
「俺は三年前にカナダから観光のために日本にやって来た。東京、京都、大阪、色々見て、そして日光見物をしている時だった、隣の足尾町で山の緑化活動をやっていると聞いてな、俺も参加してみようと思ってここにやって来たわけだよ。俺は環境破壊には強い反対の立場を取っているからね、不毛化した山に木を植える活動なら是非とも参加したい。そう思ってここにやって来たのだよ」
男は英語と日本語を混ぜて一気にそう喋った。そして語った後、パイプに煙草を詰め火を点けると深々と吸って煙を静かに吐き出した。
正一は学生の時ワーキングホリデイで一年間バンクーバーに滞在していたので、英語の方は何とかなった。こんな所で、勉強して来た英語が活かせるなどとは思ってもみなかった。男はパイプを左手に持ち、肘あての上に肘を付き、続けた。
「植樹作業は楽しかったよ。俺は作業が終わった後、スタッフが言っていた北の方に有るという洞窟へと行ってみたよ。彼らが言うには、その辺りには銅の試し掘りをした洞窟がいっぱい残っているらしいんだ。行ってみたら成程、古い洞窟がいっぱい空いていたよ」
男はその中でも一番大きな洞窟へ入ってみた、と言った。洞窟の壁にはコケがいっぱい生えていたらしい。男は携帯の光でどんどん奥へと向かって行ったという事だ。そして一番奥まで歩いて行った所で、奇妙な事が起こったと言った。声が聞こえて来たと言うのだ。その声は、これから男の体を調べさせてもらう。と言ったのだ。
「英語が聞こえて来たのですか?」
正一が不信に思って聞いた。
「テレパシーだよ。俺の頭の中でテレパシーでそう伝えたのだよ。俺はこれは絶対宇宙人だな、と思ったね。そんな事が出来るのは宇宙人に決まっている。俺はそう思ったんだよ」
その後眩い光が洞窟の中で発せられ、男はその後の事は覚えていない、と言った。そして眼が覚めた時また声が聞こえて来たと言うのだ。声は体を調べさせてくれたお返しに、男の体を特殊な能力を備えた体に変えてやる。と言ったらしい。
「どんな特殊能力の体を得たのですか?」
正一は眼を大きく見開いて男に聞いた。
「ひとの病気を治す能力を身に付けたのさ。よくいるシャーマンと同じ様なもんだ。俺の体をいじくり回した、そのお返しだな」
男はそう言うとまたパイプを深々とふかした。そして続けた。
「俺は町へ戻ると言われた事は本当の事なのだろうか?と思って町の人で試してみた。そしたら皆本当にケロッと治ってしまったのだよ。まあ、腰痛の類の簡単な病気だったけどな」
男はそう言うとまたパイプを深々と吹かした。
部屋の中には真っ赤な西日が差し込み、植物の葉がそこら中に影を落としていた。そして大きな柱時計の時を打つ音がコツコツと部屋に響き、遠くでセミがシャーシャーと鳴いていた。
正一は泊っている宿へ帰って来ると縁側の椅子に座り、さっきの男の事をじっくりと考えてみた。彼の言った事は本当の事なのだろうか?宇宙人と会ったなんて嘘っぽいとも思える。しかしこうも考えた。もし本当の事だったら、ひょっとしたらカナの病気だって治せるかもしれないな、とにかくあの男の事をもう少し調べてみる必要があるな。
縁側からは下を流れる小川が見え、流れる音が耳に心地よく響いていた。川面を渡って来る微風が頬を優しく撫でて行った。どこかでカケスがギャーっと鳴いた。正一はお茶をゆっくりと喉に流し込むと、これからの事を考えた。あの男の事だけに囚われている訳にはいかなかった。仕事の為に来たのだ。しかし、カナの事を考えると・・・・正一の心は揺れた。結局、この地にもう少し長居をして、あの男の事をじっくりと調べてみよう。正一の心はその線で決まった。それには先ず仕事を仕上げてしまう必要があった
足尾町の植樹は「木を植える会」という団体が主催して活動していた。「木を植える会」へは正一は何回も足を運んで話を聞いていたのでそこのスタッフとも仲良くなっていた。やって来た小学生達が植樹をしている所を写真に撮ったり、木が育って来た山の写真を撮ったりで、仕事は順調に進んで行った。そして、撮った写真や書いた記事をメールで送って、正一は仕事をひとまず終えた。これで一段落だ。仕事を終わしてしまうと正一はあのカナダの男に会いに行った。今度はあの男の事を調べる必要があった。もし彼の言った事が本当の事なら、うかうかしている場合ではないのだ。妹のカナだって病気がいつ悪化するか分かったものではないのだ。
男の家を訪ねると、初めてではないので男は愛想良く迎えてくれた。握手をしっかりとしてくれ、紅茶まで出してくれた。そして、
「俺はアンディーと言う。君の名は?」
と、正一の名を聞いて来た。
「正一と申します。お茶まで出して下さって有難うございます。今日は妹の事でお話を伺いに参りました」
正一はしごく丁寧に挨拶をした。そしてカナの病状を伝え、それから二人は日本の社寺の事とか日本の自然について、そして正一のバンクーバーでの経験等、話は盛り上がった。
話がひと段落するとアンディーはパイプを取り出し眼を細めてゆっくりと吹かした。そして言った。
「俺はまだ寿司という食べ物を食べた事がない。ライスの上に生の魚を乗せた日本の代表的な食べ物だろう?見た事はあるが、今迄食べる勇気がなかった。今度寿司レストランへ連れて行ってくれないか?」
アンディーはニヤっとしてそう言うと、パイプの煙を静かに吐き出した。
「明日にでも連れて行ってあげますよ。足尾へ来る途中、日光で立ち寄った寿司屋がありますから」
正一は初めて寿司を食べる外国人がどんな顔をするのか興味があったので、二つ返事でアンディーの申し出を受け入れた。これは面白い事になるかも知れない。正一はいつか使える記事になるかもと期待して、アンディーを寿司屋に連れて行く事を承諾した。
翌日、正一はアンディーを案内して日光の回転寿司屋を訪れた。アンディーは寿司がグルグル回って行くのを見て眼を見開き、ウームと驚いた様な声を出し、顎鬚をさかんに手でしごいた。
「これは面白い、こんなレストランへ来たのは初めてだ。皿に乗っているのがスシだろ?色んな種類があるもんだな」
アンディーは続けて言った。
「しかし、生の魚を食えるかなぁ~」
彼は椅子に座り、どの皿を取るか迷っていたが、意を決したかの様にサーモンの皿を取り上げると眼の前にトンと置いた。正一はお茶と醤油の皿を用意してやり、醤油を付けて食べるよう説明した。アンディーは苦労してサーモンを箸で持ち上げると、眼をつぶって口の中に放り込だ。そして眼を大きく見開き眼をキョロキョロさせながら、ゆっくりと噛みしめた。
「どうですか?」
正一はアンディーの反応が知りたくて間髪を入れず、聞いた。
「ウームッ・・・悪くない!」
「それより、旨い!」
アンディーは寿司を飲み込むと、そう言った。それから彼は皿を次から次へと取り上げ、十二皿もたいらげた。食べ終え外へ出ると彼は正一を誘って灰皿の有る所へ行き、パイプを取り出し旨そうにふかした。アンディーはしごく満足そうな顔をしていた。
寿司屋から帰って来ると正一は宿の縁側に座りこれからの事を考えた。アンディーの事をもう少し調べる必要があった。「木を植える会」へ行ってスタッフに彼の事を聞いてみようと思った。彼らならアンディーの事を知っているかもしれない。
その夜の宿の夕食にはイワナの塩焼きが出た。宿の大将が今朝釣って来たというイワナだ。この辺りではイワナ、ヤマメがいっぱい釣れるらしい。正一は釣りはやらなかったが、イワナが渓流釣りの王様だという事は知っていた。女王様はヤマメだ。正一は釣りでも始めてみようかな、とも思った。
翌日、正一は「木を植える会」を訪ねてみた。中には無精ひげを生やした四十くらいの男が一人、ポツンと座っていた。壁に掛けられた鹿の首の剥製が正一をにらんでいた。
「お話が聞きたくて参ったのですが」
正一はその男に会うのは初めてだったので、自己紹介を済ませそう言い出した。
「ああ、取材に来たという方ですね?」
男はにこやかな顔をして右手を差し出した。正一は彼の手の人差し指が真ん中から先が無いのに気づいたが、出された手をがっしりと握った。
「今日は仕事の事で来た訳ではないのですが、北の深水公園の近くに住んでいるカナダ人についてお話をうかがいたくて、参ったしだいです」
正一はアンディーの事を色々と聞いた。男は知っている事をあれやこれや話してくれた。彼の言う事によればアンディーは本当にひとの病気を治せるらしい。もっとも宇宙人にその能力を授けられたかどうかは彼も知らないという事だった。
その男は面白い男で、正一は彼とダジャレ等を交えて面白可笑しく談笑した。
「それより、斎藤さんも植樹に参加してみてはどうですか? 気が飢えた時は木でも植えれば治っちゃいますよアッハッハ」
正一はすっかり和んでしまい、話のついでに彼の指はどうしたのか聞いてみた。
「いやーっ、若い時の話ですよ。若気の至りですな」
そう言って男はその時の体験を話してくれた。話によると彼が若かった頃、馬を育てている牧場でアルバイトをしていたそうだ。ある日彼が馬に餌をやりに行くと、一匹の雄馬のペニスがエレクトしていたそうだ。彼はさすが馬のは凄い、と思ったが、よせば良いのにそのペニスを握って、しごいたと言うのだ。馬は怒ったのか、彼の指に思いっきり?みついたそうだ。
「食い千切られた指をワラの中じゅう探し回ったけど、見つからなかったですよ」
男はそう言ってケタケタケタっと笑った。正一は面白い話だなと思ったが、妹の事を考えると喜んでいる訳にはいかないな、と思った。
「木を植える会」で聞いた話によると、アンディーが病気を治せる事は本当の事の様だった。正一は直ぐにでもカナを呼び寄せてみようと思った。宿に帰ると縁側に座り考えた。アンディーが病気を治せるって事は本当の事の様だな、宇宙人のパワーで治すってのは信じ難いが、でも、もしそれが本当だったら・・・・カナの病気も治っちゃうかも知れないな、ここは一つ彼に掛けてみようか、それもいいな。でも、カナに悪い作用等は起こさないだろうか、うーむっ、悩む所だな。
彼は悩んだが、結局カナの意見も聞いてみるつもりでカナに電話を掛けた。するとカナは直ぐにでも来ると言った。
「慎重に考えないといけないよ、海の物とも山の物とも分からない男の言うことだよ」
正一はカナが非常な程に乗り気になっている事にとまどいを覚え、そう言った。
「大丈夫よ、どうせ手術出来ない病気なんだし、その男のひとに掛けてみてもいいと私は思うわ」
カナは、はっきりそう言った。
そしてカナが足尾にやって来た。正一はカナを自分と同じ宿に泊らせ、カナの症状を事細かく聞いた。正一はカナの病状を分かり切った後、アンディーと会わせる手筈を整えた。
数日後、正一はカナを連れてアンディーの家を訪ねた。アンディーは両手を広げニコニコ笑って二人を迎えた。二人はカウチに並んで座るとカナが自己紹介をした。
「アンディーさんですね、私はカナと申します」
「ウムッ、カナさんか、私の治療室へようこそいらした」
そしてアンディーはカナに病院から言われた現在のがんの状態を詳しく聞いた。カナは自分の体の状態とか、医者からはあと一年の命と言われている事等を細かく伝えた。正一はそれを英語に直してアンディーに伝えた。
「よし、それでは始めよう。カウチに座っていれば良い。ショーイチは隅に行っていてくれ」
アンディーは静かにそう言うと、部屋の電気を消し、カナの傍らに立っていた燭台に火を灯した。アンディーはカナの額に手を当て、静かに眼を瞑った。正一は生唾をゴクリと飲み込んだ。薄暗い部屋の中は、観葉植物の葉が壁に影を落として一種、幻想的な光景だった。正一は瞬きもせず二人をじっと見つめていた。十分程たったろうか、アンディーはパッと眼を開いてヤーッと気合の様な声を発した。そしてカナの額から手の平を取り去り、電気をポッと点けると、
「ようし、これで良いだろう」
アンディーは息をせわしく付きながらそう言った。
「えっ、これで終わり?本当に終わったのですか?」
正一が呆気に取られて聞いた。アンディーはカナの額に手を当てていただけで、周りに何の変化も無かったからだ。閃光が発した訳でもなかったし、音が聞こえて来た訳でもなかった。宇宙のパワーだ、と言ったアンディーの言葉を半ば信じてこの場に臨んだ正一には、あまりにも呆気ない治療だったのだ。
正一は腑に落ちなかったが、一応アンディーに礼を言い、カナを連れて宿へと向かった。車を運転しながらカナに聞いてみた。
「治療を受けていた時、何か変わった事とか気付いた事は無かった?」
するとカナは、
「手を当てられていた額が何か暖かく感じたわ。それ以外は何も・・・・」
「気功師の治療みたいだな、気功師に治療を受けた人も皆、そんな事を言うよ」
正一は以前取材をした気功道場での事を思い出して、そう言った。しかしカナは、
「もう少し治療を受けてみるわ。効果がなかったら私達から何も取らないって、彼、言っていたんでしょう?私は生きていたいのよ、絶対にね!」
正一はカナがあまりにも乗り気になっている事に、言うに言われない戸惑いを感じた。なぜならアンディーはカナにはっきりと、治る!と言い切ったからだ。正一はその言葉をそっくりそのままカナに伝えるべきか迷ったのだ。死を覚悟した者にそこまではっきりと治る、と言い切って、もしそれが裏目に出たら・・・・何もせず、すんなりと逝かせるよりも、もっと残酷になると思ったからだ。そうなってしまったら自分はどうしたら良いのだろう。正一は悶々としながら考えに考えて、黙って運転をした。
カナはアンディーの治療を数回受け、一旦実家へと帰って行った。病院へ行って病状の検査を受けたい、と言うのだ。正一はカナの結果をこちらで受け止める為、宿で待機をした。正一はアンディーの患者だった者を探し出しては話を聞きまくった。正直言ってそれは大変な作業だった。
そうこうして患者達の話を聞いていた矢先、カナからの電話が入った。何の事はない、カナが言うには、病気の具合は全く変わりはなかったと言うのだ。腫瘍はそっくりそのまま残っていたと言うのだ。正一は、何だ!と憤慨した。そしてこれはアンディーに言って来なくては、と思った。
翌日、正一はアンディーの家を訪ねた。アンディーは正一の話を聞くと、
「えっ?ダメだったか!」
と大声を上げながら髭を手で激しくしごいた。正一はアンディーに今迄疑問に思っていた事を問いただしてみた。
「アンディーさんは本当に宇宙人と会ったのですか?本当にそうなら、彼らは一体どんな顔、形をしていたのですか?」
するとアンディーは
「ショウイチよ、いいかい、全ての物が眼に見える訳ではないのだよ、光だって眼には見えない、空気だって眼には見えないだろう?」
「でも、宇宙人は光や空気とは違うでしょう?彼らは生き物だ」
「そこが間違いの元だよ。ショウイチ君、空気が眼に見えないのと原理は違うが、霊界だって眼には見えないのだよ」
正一はアンディーの言った突飛な話を聞いて返す言葉がなかった。
「宇宙人は人間の眼には見えない存在なのだよ」
アンディーは厳かな声でそう言うと、持っていたパイプに火を点け、ゆっくりとふかした。そして言った。
「次の満月の夜、宇宙人が又あの洞窟にやって来る。カナの場合は彼らの力を借りるしかない。宇宙人なら治せる。彼らのパワーは絶大だ! 絶対に治る」
そう言ったアンディーの言葉に含まれた荘厳さとその響きには正一を震えさせる程の凄さがあった。
宿に戻って来ると正一は直ぐにカナに電話を掛けた。次の満月まではまだ二週間程ある。正一も、もしや?と思い始めていたのだ。カナは正一から告げられると、凄く乗り気になって直ぐにでもこちらに来る。と言った。正一はカナには一週間前に来れば大丈夫と伝えた。
そしてカナが足尾にやって来た。正一はカナにどうしてそこまでアンディーを信じられるのかを強く問い正した。するとカナは、
「アンディーさんは私の愛しているジブリの映画、特にナウシカの言っている事と同じ考えを持っているのよ。だから彼を信用出来るのよ!」
「ナウシカ? ああ、環境破壊に対する反対の姿勢か」
「そうよ、アンディーさんが足尾に来た理由は、ここで破壊された自然を取り戻す作業をしているからでしょう?ナウシカの考えている事と一緒よ、だから私は彼が信じられるの」
正一は、ジブリの映画をこよなく愛し、神様の様に思っているカナの意見に反論する術を持っていなかった。正一にはそれ程までに傾倒出来る、何か、を持ってなかったからだ。
そして満月の夜がやって来た。三人はアンディーを先頭に洞窟を目指した。大きな岩の間をぬって一時間程歩くと、目的の洞窟が見えて来た。その穴は漆黒の山肌を背景にシャチが大口を開けたかの如く、荒々しい姿をして月光の中に浮かび上がっていた。
「まだ九時だ。前の時は夜中の十二時ころ宇宙人と出会った。それまで待とう」
アンディーがライトで腕時計を見ながら言った。
それから三人は枯れ枝を集めて来て洞窟の入口で火を起こした。焚火は夜の闇の中で真っ赤な炎を上げメラメラと燃え上がった。アンディーがポットに入れて来た紅茶を二人のカップに注いでくれた。三人共石の上に座り紅茶を飲みながら十二時が来るのを待った。焚火を見つめながらカナが言った。
「炎を見ていると何か落ち着いた気分になるわね」
その言葉を受け、アンディーが
「拝火教という宗教があるだろう、ゾロアスター教と言うやつだが、信者達は炎を見ながら祈りを捧げる。炎を見ていると敬虔な気分になる事は事実だな」
確かに人類は狩猟生活の時代、狩りから帰って来た男達は、洞窟の中で焚火を囲み、狩りの疲れを癒していた。そういう生活を何万年も続けて来たのが我々の祖先だ。
小枝が燃える時に立てる音がしんとした暗闇の中で、それだけが現実であるかの様に、パチパチ音を立てていた。
そして深夜0時が近づいて来た。正一とカナはアンディーの後を追って洞窟の奥へと向かって行った。奥まで行くとそこは大きな部屋の様に丸く空洞になっていた。光を放つコケでも生えているのだろうか、ライトの光がなくてもボーッと明るく、お互いの顔が分かる程だった。
そして0時になった。アンディーは正一には部屋の入口に留まっているよう言い、
「私の体を介して宇宙人の力をカナに当てる!」
と言ってカナを連れて部屋の中央へと移動して行った。アンディーはカナをそこにあった石に腰掛けさせると、目をつむりカナの額に左手を当てた。部屋の中は静寂そのもので、何の音も聞こえて来なかった。アンディーはカナの額に手を当てたまま、ずっと立ち尽くしていた。その姿はコケに照らされボーッと光り、ジブリのもののけ姫に出てくるシカの神様が、ヌッと立ち上がった時の様な雄大な姿として浮かび上がっていた。
正一は瞬きもせず、じっと二人の姿を見つめていた。正一にはつばを飲み込むゴクリという音でさえ、部屋に響き渡るかの様に思えた。
「終わった」
アンディ-は静かな声でそう言うとその場にヘナヘナとしゃがみ込んだ。思いっきり走った後の様な激しい息をゼイゼイと立てていた。
正一は又もや肩透かしを食った様に思った。本当に宇宙人がいると思い始めていた矢先での治療だったのだが、前回と同じく、正一には宇宙人がいたという実感が全く感じられなかったのだ。正一はがっかりして言葉も出なかった。アンディーには一端家に帰ってまた来る。と言い残し、カナを乗せて実家へと向かった。
家に帰って来ると、正一は自分のアパートには帰らず両親の住んでいる実家に泊まった。正一の部屋は、以前いた時のまま取ってあったのだ。母親は久しぶりの息子の帰宅を喜んで、その晩は正一の好きな物ばかりが食卓に上がった。かくしてその夜は家族四人、なごやかな夜を過ごした。
翌日、カナは又病院へ検査を受けに行った。正一は期待と不安が入りまじった気持ちで、まんじりともせず、カナが帰って来るのを待った。
「ただいま!」
カナが帰って来た。正一はその声の調子からハッとし、もしや? と思った。カナは靴を脱ぐのももどかしく上がって来ると、
「治ったわ! ガンが消えたって! 痕跡も残ってないって、もーっ最高!」
カナは大声でわめきちらした。両親も互いを見つめ合い、ええっ?と言う顔をして喜んだ。その夜は今度はカナの好物料理で食卓が埋まった。
自分の部屋へ上がって来た正一は、子供の頃愛用していた顕微鏡のノブをもてあそびながらソファーに寝ころび、考えにふけった。カナの腫瘍が消えた理由は一体何だったのだろう。宇宙人がそれをやったのだろうか?正一には宇宙人の、う、も感じられなかったが、宇宙人がやったとも考えられるのだ。あと一つ考えられるのが、アンディーが本当の気功師だという考え方だ。自分の気功の力を最大限に引き出す為、自分でも宇宙の力を持っていると自分自身を思い込ませ、その力を使ったのではないだろうか。中国では気功師がガン細胞を消滅させた、という記録も実際に報告されているのだ。正一はそう考えて行くと何が何だか全く分からなくなって来た。そしてそれに輪を掛けたかの様に、もう一つの考え方が頭に浮かんで来る。カナの持っている自己治癒力の力だ。ナウシカと同じ考えのアンディーを信じるが故、彼の言う宇宙の力を信じ、その信じる心の強さがカナ自身の免疫力を向上させた、と言う考え方だって否定は出来ないのだ。はっきり言って正一には、どの力が作用してカナの腫瘍を消滅させたのか、全く分からなかった。
自分の部屋には、望遠鏡もあり、棚にはドクロの骸骨が飾ってある。それらの物を見ていると小さい頃の思い出がフツフツと沸いて来る。カナが泣きべそをかきながら正一を頼って来た事、そしてそのカナを全力で守って上げようと思っていた事等、正一は二人きりの兄妹の兄としてカナをたえず気に掛けていたのだ。
翌朝、正一はカナを誘い、公園へと出かけた。公園では真っ赤なサルビアの花が花壇に咲き誇っていた。その蜜を求めてミツバチが低い羽音を響かせて飛び交い、羽化したトンボが花びらの上で、しっぽをツンと掲げていた。小さな池ではカエルがコロコロと鳴いていた。カナはそれらの物を見てさも嬉しそうに微笑み、生の喜びを体全体から発散させていた。時には小走りに走り、花の香を、この世の物とは思えない、といった顔をして嗅いだ。
ジブリの、魔女の宅急便に出てくる黒猫、ジジ、のプリントが付いたバッグを振り回しながら、カナが池の向こう側に向かって大声で叫んだ。
「私、生きてる! 生きてるって最高!」
完
結局、病気は治ったが、本当に宇宙人はいたのであろうか?
主人公もその訳を詮索しているが、そこは読んで下さった方々
もご自由に、自分の思った様に解釈して下さい。