意味がわかると怖い悪役令嬢の話。
「きゃー」
悲鳴らしきものが聞こえた。
「ん?」
あまり緊迫した感じはしないが、とりあえずそちらへ足を向けてみる。
「ひどいですぅ。何をなさるんですかぁ。階段から突き落とすだなんてぇ。殺人未遂ですよぉ」
階段の下で尻餅をついてぷんすか怒っているのは、確かカンバス男爵家の令嬢だったか。
そして、その彼女を見下ろしているのは私の婚約者であるエルデス公爵家の令嬢ユーディリアだ。
「これは殺人未遂ですぅ。断罪案件ですぅ」
よくわからないが、これはユーディリアが男爵令嬢を突き落とした、ということでいいのか?
何故、ユーディリアはそんなことを?
いや、ユーディリアがそんなことするか?
男爵令嬢なんてユーディリアの友人の中にはいないはずだ。王太子である私の婚約者として、ユーディリアの交友関係はすべて王室で把握しているし。
「なんていうことを! 公爵令嬢ともあろう方が!」
「そうですよ! アリス嬢に危害を加えるだなんて!」
「ここまでされてはもう見過ごせません!」
!?
ウィリアムにジェイムズにサイラス?
どこから出てきたんだ?
突如としてわらわらと階段下に集まってきた私の側近達の姿に、私は首を傾げた。
「エルデス公爵令嬢! 貴女のように身分を理由に下位の者を虐げるような者は王太子殿下の婚約者にふさわしくありません!」
!?
何を言い出すんだウィリアム!?
お前、つい三日前に「ユーディリア様は王妃教育の傍ら慈善活動にも熱心に取り組んでいらして頭が下がります」とか言ってたよな!?
「まったくです! 可愛げの欠片もない貴女が王太子妃になるなど、あり得ません!」
!?
ジェイムズ、お前、つい昨日、私の前で「さっきユーディリア様とすれ違ったんですけど、あいかわらずお美しくてスッゲーいい匂いっすよね! げへへ」と宣って私に絞められたのを忘れたのか!?
「そのうえアリス嬢を殺そうとするだなんて、なんて恐ろしいことを! 殺人未遂の重罪人として裁かれる覚悟をしてください! 法廷で会いましょう!」
!?
サイラス? 筆頭公爵家の令嬢で、しかも王太子の婚約者であるユーディリアが、たとえ何らかの罪を犯したとしても通常の裁判に掛けられることなどあるはずがないだろう? 宰相の息子のお前が知らないはずがないのに何言ってんだ!? 法廷で会える訳がないだろう!?
「カナレット様、ボックセル様、ランドーネ様。アリス、怖かったですぅ」
アリス・カンバス男爵令嬢が私の側近達を呼んで瞳を潤ませる。
階段から突き落とされたという割にはぴんぴんしていないか?
どこにも怪我をしているように見えないのだが。
あと、惜しい。ジェイムズの名前はジェイムズ・フォックセルだ。ボックセルじゃない。
いや、それよりも、どうもよくわからないが状況的にユーディリアが責められているようだ。止めにはいるべきだろう。
「何をしている?」
「あっ、殿下ぁ!」
私が姿を現すと、何故かアリス嬢がうれしそうに笑顔を浮かべた。
「殿下ぁ、ひどいんですよぉ。ユーディリア様が……あ、先ほどお名前を呼ぶ許可をいただいております。ユーディリア様が、私を階段から突き落としたんですぅ」
アリス嬢はそう訴える。一瞬だけ口調が変わった気がしたが?
「ユーディリア、これはいったい……」
「わたくし、そんなことしておりません!」
ユーディリアがきっと目を潤ませて叫んだ。
「カンバス男爵令嬢が勝手に落ちたのです! 階段の一段目から!」
「一段目から?」
「一段目からです!」
階段の一段目から落ちたのなら、怪我がないのも頷ける。いや、一段目なら「落ちた」じゃなくて「踏み外した」って言わないか?
「嘘です! ユーディリア様は階段の一段目に足をかけた私を冷たい目で見下ろして、「殿下に近づかないでちょうだい、この女狐!」って言って私を突き落としたんです! 階段の三段目に立って!」
「三段目に立って?」
「三段目に立ってです!」
確かに、さっきから気になっていたんだ。突き落としたと言われているのに、ユーディリアが立っているのが階段の上ではなく三段目だったから。
「まったく恐ろしい……こんな方は殿下の婚約者にふさわしくない!」
おい、何を言い出すんだウィリアム。
「殿下の婚約者にはもっと美しく品のある令嬢がふさわしいでしょう!」
ジェイムズ? 「ユーディリア様のお美しさは月の女神のようです。殿下の目を盗んでユーディリア様に話しかけて微笑んでいただくのが一日の楽しみですよ」と漏らして私にしばき倒されたのを忘れたのか?
「法廷で会いましょう!」
だから法廷では会えねえんだよサイラス。
「あなた達……わたくしに無実の罪を着せて殿下に婚約を破棄させわたくしを国外追放させるつもりなのでしょう!? ざまぁ小説みたいに!ざまぁ小説みたいに!」
ユーディリア?どうした?
ざまぁ小説ってなんだ? いや、それよりも、何があろうと王太子の婚約者である公爵令嬢を国外追放なんて出来る訳ないだろう。
「そっちこそ、国外追放されてもチート能力で悠々自適にスローライフしたり、評判が悪いはずなのに実は超美形だった辺境伯とかお忍びの隣国の皇太子とかに助けられて結婚を申し込まれて、男爵令嬢にだまされて公爵令嬢を追い出した間抜けな国が落ちぶれて王太子殿下が「私はだまされていた!婚約者に戻ってくれ!」と言って迎えにきたら「もう遅い」って言ってなろうのランキングに載るつもりなんでしょう!? ざまぁ小説みたいに!ざまぁ小説みたいに!」
だからざまぁ小説って何なんだ? アリス嬢はいったい何を言っているんだ?
「幼い頃に決められた婚約者であるわたくしを疎んじる殿下に寄り添って、「政略結婚なんてひどいですぅ。私は殿下には真実の愛を知って幸せになってほしいのにぃ」と訴えて涙を流すおつもりなのね!? そして卒業パーティーで私を差し置いて殿下にエスコートされて「私は真実の愛を知った! お前との婚約を破棄する!」と殿下に宣言させて私を断罪するつもりでしょう!?」
ユーディリア!? 私はお前を疎んじたことなど一度もないぞ!?
なんでそんな話になった!?
「あははっ! そんな卒業パーティーを台無しにするような真似するはずがないでしょう! 私のような男爵家の娘が大事な卒業パーティーを台無しにしたりしたら、子息子女の卒業を楽しみにしていた貴族の方々からさぞかし恨まれてしまいますわ! 第一、私などをエスコートしようとしたら殿下は会場の前で衛兵に止められますわ!」
「まったくです! 学園内ならともかく、男爵家の者が公式の場で国王陛下の許可なく王太子殿下に触れることなど出来る訳がないでしょう!」
「その前に、殿下からのお迎えがなかった時点で公爵が異変を察知して国王陛下に問い合わせるでしょう! ユーディリア様をおひとりで会場入りさせる訳がない!」
ユーディリアのあり得ない想像を即座に否定する三人。
「法廷で会いましょう!」
だから法廷ではユーディリアに会えねぇんだよサイラス。
「だけど断罪するつもりなのでしょう!? わたくしに嫌がらせをされたと訴えて殿下に「お前のような罪人を王妃にするわけにはいかない!」と言わせるつもりね!? わたくしにひどいことを言われたとか、ノートを破かれたとか汚されたとかおっしゃって、証拠品として汚れたノートを皆に見せるつもりなのでしょう!?」
いや、嫌がらせって……たとえ仮にユーディリアが嫌がらせをしていたからといって、そんな理由で婚約者を罪人呼ばわりするわけがないだろう!?
「あははっ! ひどいことってどんなことでしょうかしら? 「殿方にみだりに近づくのはよくない」とか「殿下のお名前を呼ぶのは無礼だ」とかですかしら? そんなこと言われる筋合いはありませんわ! 私は殿下とお話しするのは今この瞬間が初めてですし、もちろん勝手に殿下の名前を呼ぶような愚はおかしませんわ! 私にも家族がおりますもの! 王家に危険人物と思われるような真似は決していたしませんわ!」
あ、やっぱり話したことなかったか。どこかで見た覚えはあるんだが。
「私は図書委員なので、放課後、図書室で殿下をお見かけしたことがあるだけですわ!」
ああ。なるほど。
「そもそも、公爵令嬢が男爵令嬢に直接口頭で注意などなさるはずがないと、殿下ならばおわかりのはずです!」
それはそうだ。そもそも、関係のない下位貴族の令嬢にユーディリアが直接声をかける訳がない。もしも、目に余ることがあった場合、ユーディリアの立場であれば、信頼のおける級友に伝えて、その級友が両親に訴え、両親から学園へ問い合わせ、学園が実態を調査し、それが正当な訴えだった場合は教師からその生徒へ注意を与えるのが普通ではないか?
「それに、ユーディリア様……いえ、この学園へ通う貴族の皆様ならば、たとえ気に入らぬ者の持ち物といえど、ノートを破損するような真似をなさるはずがございません! 何故なら、私達の持ち物はすべて元は民の血税! 1ページたりとも無駄にせずに使うことが貴族の義務と知らぬ者がいるはずがありません!」
アリス嬢の言う通りだ。ユーディリアだって、普段からノートをとても大切に使っている。そのユーディリアが他人のノートを破損できる訳がない。もしも、我が国の貴族にいたずらにノートを粗末に扱うような者がいれば、高位貴族であるほど軽蔑されるだろう。
「アリス嬢の言う通りです!」
「ノートを汚す貴族などいるはずがない!」
「法廷で会いましょう!」
お前等は何なんだ? 私の側近ってもしかしてアホなのか?
「ふう……少々、疲れましたね。というわけで殿下、甘いものなどいかがですか?」
アリス嬢が急に振り向いてそう言うと、何故かジェイムズがさっと包みを取り出した。
「これはエルデス公爵家の料理人が腕によりをかけて作り、ユーディリア様とご友人のお茶会に供されたものの一部をとりわけ厳重に箱に詰めて王宮へ運び毒味をすませたものをボックセル様に持ってきていただいたクッキーです!」
「くっ……手作りのクッキーで殿下の御心を掴み、わたくしが「殿下に怪しいものを食べさせないで!」と乱入したら「アリスが私のために作ってくれたクッキーを怪しいとは何事だ!? お前のような心の醜い者を王妃にする訳にはいかない! 婚約は破棄する!」と殿下に言わせてわたくしを断罪するおつもりね!?」
落ち着けユーディリア。今の聞いてたか? このクッキーが私の元に至る経路にアリス嬢はいっさい関わっていないぞ。
というか、そもそも私のために作られていない。聞いた限りでは、ユーディリアのお茶会の為に作られた残り物じゃないか。別にいいけど。
「殿下が食べるものに私のような男爵令嬢が触れられませんからね! ボックセル様に持ってきていただきました!」
「ふっ。俺とアリス嬢の仲だ。これぐらいお安いご用さ」
名前間違えて覚えられているけど、そんな仲でいいのか。それとも改名したのかボックセルに。
「法廷で会いましょう!」
お前はもう一人で法廷へ行ってこい。
「わたくしは……誰からも信じてもらえずに、殿下からも皆様からも蔑まれて……断罪されて婚約破棄される運命なのね……」
何故か打ちひしがれた様子でユーディリアが言う。
一連の流れでなんでそんな結論に至ったのか本当にわからない。
婚約破棄なんてする訳がないし、そもそも出来る訳がない。
よしんば、ユーディリアが本当に誰かに嫌がらせをしていたり階段から突き落としたりしていたとしても、それくらいで失うような地位ではない。
「ユーディリア様、落ち着いてください。筆頭公爵家のご令嬢である貴女様が下位貴族である私に嫌がらせをしたり階段から突き落としたところで、婚約破棄などされるはずがございません。筆頭公爵家であり王太子殿下の婚約者であらせられる地位とは下位貴族の命の一つや二つくらいで脅かされるものでないことは、貴族であれば誰もが承知のことです」
なんでアリス嬢がユーディリアを説得しているのかは本当に理解できないが、言っていることはその通りだ。
「そもそも、私が本当に殿下にすり寄ったり、ユーディリア様との婚約を破棄するように唆したり、いじめられたと訴えたり、手作りのお菓子を食べさせようとすれば、ユーディリア様が動く前に、側近方とその背後の「家」が動くでしょう。私は秘密裏に消されてもおかしくありません。いえ、私が男爵家であれば温情として一度は警告ですまされるかもしれませんが、これがもしも平民の立場であったりしたら、そこに掛けられる慈悲などございません」
いちいちまったくその通りなのだが、何か違和感を感じるのは私だけか? そもそも、最初にユーディリアに階段から突き落とされたとか言ってなかったか?
「ですが、私は貴女を階段の一段目から突き落としたと疑われて断罪される身……殿下からも陛下からも家族からも見捨てられて国外追放されるのです! ざまぁ小説みたいに!」
ユーディリアはいったいどうしたんだ? 何か嫌なことでもあったのか?
「ユーディリア様!」
そこへしゅばっ!と現れたのは、確か子爵家の令嬢だったか、どっかで見たことがある顔だ。
ああ、そうだ。図書室でアリス嬢と一緒にいるのを見たことがある。
「私、私、アリス様に脅されて、ユーディリア様が階段の一段目からアリス様を突き落としたと証言するように強制されてその辺にスタンバっていたんですが、普通に考えてたとえ脅されたとしても王太子殿下の婚約者であられる公爵令嬢に不利な証言など出来るはずがございません! そんな証言したが最後、子爵家程度などあっさり潰されてしまいます! という訳でユーディリア様は無実です! 以上!」
現れた時と同じく、しゅばっ!と去っていってしまった。
「なんてことだ……我々が間違っていたのか」
間違いというか、最初から最後まで何が起こっていたのか理解できないのだが、後で説明しろよウィリアム。
「無実のユーディリア様を責めてしまうだなんて……申し訳ありません!」
お前も後で説明しろよジェイムズ・ボックセル。元ジェイムズ・フォックセル。
「法廷で会いましょう!」
まだいたのか。とっとと法廷へ行けサイラス。
「私はユーディリア様を信じておりましたよ」
アリス嬢、突き落とされたとか言ってた本人が何を言っている?
「皆様……ありがとう!」
ユーディリアが輝くような笑顔を見せると、いつの間にか集まっていた野次馬達から盛大な拍手が贈られた。
***
「いったい何だったんだ……?」
一週間前に起きた謎の寸劇の理由は結局教えてもらえなかった。
ユーディリアも側近達も何事もなかったかのように元の通りだし、アリス嬢は普通に図書委員をしている。
本当に、何だったんだ?
まあ、いいか。ユーディリア始め、理由もなくあんな寸劇をするような者達ではない。何か理由があり、それを私は知らなくても問題がないということなのだろう。あるいは、あの寸劇によって何かが解決したのか?
そうか。私は自分があの寸劇を見せられた、と思いこんでいたが、もしかしたら、私は演者の方だったのかもしれない。配役は王太子Aだ。
だとすると、あの寸劇を見せたい相手が他にいた……?
いや、考え過ぎか。
まあ、いい。
あれ? そういえば、私は呼び出されてあの階段に行ったんだった。突然寸劇が始まったせいですっかり忘れていた。
あの、あー……名前はなんて言ったかな。平民の特待生の……だめだ。思い出せない。
そういえば、彼女この一週間、図書室に来ていないようだな。何故かいつも私の隣に座ってひっきりなしに喋っているからうるさくてかなわなかったのだが。
まあ、静かでいいが。
呼び出された時はさすがにびっくりしたな。平民が王太子を呼び出すだなんて。あまりに不敬だから、誰かに知られたら彼女は罰されてしまう。まあ、一度だけなら警告してやるかと思って階段に向かったのだが、そこにあの寸劇だったからな。
ああ、もしかしたらあの平民も野次馬の中にいたのかもな。
あー、名前は思い出せないが、確かいじめられているとかなんとか言ってたな。平民だから見下されているとか言っていたが、普通の貴族はいちいち平民などを見下したりいじめたりなどしない。そもそも目に入らないのが普通だ。よっぽど目立つ平民ならともかく。
ひどいことを言われたとかノートが云々とか言っていた気がするが、ノートを破損するようないじめは平民同士でやることじゃないか? いじめでそんな真似する馬鹿な貴族はいないだろう。アリス嬢が言っていた通り、民の血税で購われたものを粗末にするのは貴族としてあり得ない振る舞いだ。
そういえば、一度、何かを作ってきたとか言って勧められたこともあったな。見るのも不快ですぐに席を立ったからなんだったのかわからないが。
王太子に何か食べさせようとするなど、本当にあり得ない。平民が手に入れられる材料で作られたものなど、口に出来るはずがないではないか。小麦一つとっても、王宮で食べるものと平民が食べるものでは質が違う。
うーん。確か、真実の愛が云々かんぬんとも言っていた気がする。
聞きたくなくてもあれだけ隣で喋られると耳に入ってしまうよな。なんだっけ? 私は政略結婚だからおかわいそう、とか聞こえた気がするな。
はっ。平民に憐れまれるとは、母上が聞いたら卒倒するな。
平民の言う「真実の愛」がどんなものかは知らないが、彼女の言う「真実の愛」は平民の愛なのだろう。
平民の愛とは、おそらく、愛する相手と幸せな家庭を築き、自分達の暮らしと子供や孫を守ることが出来ればそれでいいのだ。
だが、私が得るべき「真実の愛」はそんなものではない。
私が守るべきはこの国の法と民と王家の血。すべてだ。
小さな家と数人の家族を守れるだけの平民の「愛」など、私にはなんの役にも立たない。
私とユーディリアは政略結婚で、平民の「愛」からすると、確かに私達は愛し合っているとはいえないのだろう。
だが、ユーディリアは未来の王妃となるために、幼い頃より誰より努力して勉学を修め、将来の国母となるために食べるものひとつにも気を遣い身を慎んでいる。どんな時も泣き言を言わず、隙を見せず、完璧な姿で私の隣に立つ。
それこそが私への「真実の愛」に他ならない。
ユーディリアほど王太子妃にふさわしい者はこの国にいない。
すなわち、この国で一番私を愛しているのはユーディリアということだ。
誰よりふさわしくある。それこそが私達、王侯貴族の証す「真実の愛」だ。
そういえば、平民の間では「王子と平民の娘が恋に落ちて結ばれる」という内容の劇や小説も好まれるようだな。
そんなものはあくまで創作だ。まさか本気にする者はいないだろうが。
そうだな。
まさに、劇なのだ。
私達、王侯貴族は舞台に立ち劇を演じる役者だ。
そして、観客は平民だ。
観客は舞台には上がれない。もちろん、観客は大事だ。観客のいない劇など、なんの意味もないからな。
だが、我々はその舞台で演じるために血を吐くような努力をしているのだ。ただ舞台の上に憧れただけの観客が、舞台に上がることなど出来はしない。
私達は観客を満足させるためにきらびやかな舞台を演じるが、舞台を邪魔する観客をつまみ出す権利も持っている。
そういうことだ。
それだけの話だ。
さて、今日は静かでゆっくり本が読めたな。
明日からもずっと静かならいいな。
私が席を立つと、読書の邪魔にならないように控えていたウィリアムがすっと脇に立つ。
「殿下。ジェイムズからの報告です。ユーディリア様はまだ教室に残っておられるそうです」
「そうか。なら、帰る前に声をかけておこう。というか、ジェイムズの奴、勝手にユーディリアに話しかけていないだろうな?」
「ジェイムズですから。お急ぎください」
まったく。
「私の従兄弟だから許しているが、もしも他の男だったら今頃秘密裏に消されているぞ?」
私がそう言って笑うと、ウィリアムは「当然です」と頷いた。
午後の階段下劇場〜愛の断罪〜
悪役令嬢A・・・ユーディリア・エルデス公爵令嬢。王太子の婚約者。「あら? 平民の方から階段に呼び出されてしまったわ。なんてことかしら」
ヒロインA・・・アリス・カンバス男爵令嬢。図書委員。「他人の読書の邪魔しちゃいけませんよ?」
側近A・・・ウィリアム・カナレット侯爵家嫡男。「もうやっちまおうぜ。殿下は何も気にしないって」
側近B・・・ジェイムズ・フォックセル公爵家嫡男。「どうせなら今後同じことが起こらないように周囲への牽制にもなればいいよな」
側近C・・・サイラス・ランドーネ侯爵家嫡男。「おいマジかよ。あの平民、殿下とユーディリア様を階段に呼びだしたぞ」
王太子A・・・王太子。「ん? よくわからないが、平民の書いた台本など演じる必要はないぞ?」
友情出演・・・子爵令嬢。証言者。「ていうか、本当に突き落とされても「突き落とされました」なんて言う馬鹿いないわよ。「私が足を滑らせたのです!」って言うわよね、普通。命と家族が大事なら」
人知れず破棄された台本・・・「悪役令嬢に「殿下に近寄らないで!」と言われて階段から突き落とされた私! そこに現れた殿下に断罪される悪役令嬢! そして、真実の愛で結ばれた二人は国民に祝福されて私は王妃になるのよ! 図書委員が殿下に話しかけるなとか言ってくるのがうざいのよね。殿下の側近も私と殿下の仲を邪魔して図書室から追い出そうとしてくるし。一度、殿下のこと名前で呼んだらあり得ないぐらい叱られたし。殿下は何も言わなかったのに! ふん!私が殿下と結婚したら全員処刑してやるわ!」