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勇斗の家は、俺の祠から程近い棟の一階にあったが、扉付近に表札などは見あたらなかった。
勇斗は自分で玄関の鍵を開けた。
扉を開くと中は暗く、留守のように見えた。
「ママ、帰ったよ。お客さんだよ」
しばらくすると、奥から母親らしき女が出てきた。
安っぽい服を着て、やつれた雰囲気ではあるが、目もとのくっきりした、なかなか美しい顔立ちの女だ。
この女が、勇斗の母親である田代恵美か。
恵美は佐藤の姿を見て怪訝な表情で尋ねた。
「あの、どちら様でしょうか?」
「ああ突然すみません。僕は自治会の佐藤です」
佐藤の言葉を聞くと、恵美はうつむきながらか細く消え入るような声で言った。
「自治会費はすみません、来週にはお支払いいたしますので、少しお待ちいただけませんか」
佐藤はあわてて首を大きく横に振った。
「いやいや、今日は会費の件じゃないんです。自治会が管理している鎮守の祠に、勇斗君が毎日願をかけに行ってるのを、お母さんはご存知でしょうか?」
「勇斗が?」
恵美は大変驚いた様子で、勇斗を見た。
その母親に勇斗は飛びつくように抱きついて叫んだ。
「ママ、ママ、神様がね、ママを助けてくれるって。神様があいつをやっつけてくれるよ」
「ゆ、勇斗?」
恵美は勇斗の言葉を聞いて、明らかに狼狽していた。
「お母さん、単刀直入に言います。同居しておられる木村さんに暴力を奮われていますね?そして勇斗君も」
恵美の表情は今にも泣き出しそうに怯えていた。
佐藤はさらに畳み掛ける。
「よく聞いてください。勇斗君を一刻も早く保護する必要があります。そしてお母さん、あなたの気持ちはどうなんですか?まだ木村さんと一緒に暮らしたいですか?それならば勇斗君だけでも逃がさなきゃならない」
恵美は目をきょろきょろさせて、頭を整理している様子だったが、やがてはっきりとこう言った。
「私も勇斗と一緒に逃げます。出来ますか?木村は恐ろしい男です。出来るのなら逃げたい」
その言葉を聞いた佐藤は胸を張って応えた。
「出来ます。僕たちには神様がついているから大丈夫です」
佐藤は第一印象に反して堂々とした良い働きぶりだった。
神である俺も、いい依り代に巡り会えたことを、天に感謝したほどだ。
「木村さんが帰ってこないうちに、一緒に警察に行きましょう。その後はDVの保護施設で匿ってもらいます」
「早くしなくちゃ。もうすぐ帰って来ます」
恵美は慌てた。
「急いで。簡単に着替えだけ用意して、すぐ出掛けますよ」