ジャベリック・スロー
カキーン!
広い球場に白いボールが高々と舞い上がる。
白い帽子とユニフォームを着た人物がボールの落下地点に入る。
7回裏1アウト満塁。
中学軟式野球では7回で最終イニングとなる。
5-4。
この回を抑えれば勝利する。
はずだが。
「ライトーーー!!!」
「藤本ー!!頼むっ!!」
タッチアップで点を取られたら同点。
後続のバッターや疲労の強いピッチャーのことを考えるとここで終わりたいが…
パシッ。ボールは藤本のグローブに楽々収まる。
深々と運ばれたボールは、ホームまで相当な距離がある。
普通に考えれば1点は仕方がない。
しかし、チームの皆は信じていた。
藤本はチーム1の強肩でとんでもないスピードのボールを投げることができるからだ。
「バックホーーーム!!!」
皆が一斉に大声で叫ぶ!
「うおっしゃーー!!」
それに応えるように大声で叫びながら、全身を大きく使って勢いよくホームに向かって投げた。
落下地点から一点とれたと安堵していた敵チームもその声と迫力にヤバイ!と一気に不安が加速した。
味方、敵がともにホームに注目する。
セーフか
アウトか
勝敗が左右される場面。
緊張感が一気に増した…!
「ん?」
キャッチャーの目が点になる。
「んん?」
ボールの行方を見ていた味方、敵チームのメンバーの目も点になる。
三塁から走っていたランナーはスライディングすることもなく楽々ホームに駆け抜ける。
「あ、あれっ?」
藤本は首を傾げながら顔が引きつった。
ボールはキャッチャーの遥か上へ
超特大暴投。
その後、二塁ランナーまでホームへ。
5-6×
チームはサヨナラ負けとなったーーー
「わっはっは、すまんすまん!」
試合後の帰り道、藤本は笑いながら皆に謝っている。
「勘弁してよ、藤本!無理して投げなくても、まだ同点だったんだから」
ピッチャーの内田が呆れながら言う。
「チーム1の強肩だがチーム1のコントロールの無さでピッチャーにはとてもなれない男だもんな、一瞬忘れてたわ」
キャッチャーの松本は冷静で毒舌。
「わはは、すまんすまん!でもウッチーも疲れてたし同点でも、その後どうせ打たれてたって」
自分のミスで負けているが、そんなこともお構いなし。
何事にも素直で真っ直ぐだが抜けている藤本。
「でもちゃんと真っ直ぐ投げれたぞ!」
「そうだな、確かにライトからキャッチャーのおれまで方向はバッチリだった。5メートル以上上を通過したがな」
「わはは、言うな言うな!」
「んもー、最後の試合の終わり方があんなだとは。逆に悔しさもなくなったよ」
「まーな」
とは言いつつも、中学最後の試合が終わった。その事には寂しさを感じた。
これからは高校受験が始まるが、部活のない中学学校生活を送ることとなる。
キーン、コーン
授業の始まる合図がなる。
体操服を着て運動場に生徒が集まり、教師があるものを持って話している。
「今日の授業は陸上競技をする。まずはこれだ。」
教師が1mほどの細いロケットのようなものを出した。
「先生、なにそれ」
「おもちゃのロケット?」
生徒たちが見知らぬものを出されてざわつく。
「おもちゃじゃない、ジャベリックスロー、やり投げだよ」
(テレビで世界陸上見たことあるけど、全然違う)
藤本ら生徒が疑問に思っている。
教師は続けて話す。
「もちろん大人の選手たちが使っている槍とは全然違う。これは中学生用の物だ。中学生はまだ身体が未発達であるし、安全面なども考えてこれを使っているんだ。」
なるほど、重さも対してなく、プラスチックの様な素材で先も尖ってなくゴムのようだ。
「さ、まずは遊び感覚で投げてみよう、でも個数は多くないから順番にな!」
藤本ら生徒は今までしたことのないスポーツを楽しんでいた。
「刺さらないけど、危ないから投げて落下するまでは目を離すなよ!」
教師は生徒が怪我をしないよう見張っている。
次は藤本。
(あいつとんでもない強肩だからどこまで飛ばすんだろ!?)
野球部のメンバーは藤本に注目する。
「うおっしゃーーーー!」
藤本はバックホーム並みに大声を上げて勢いよく投げる!
…しかし、その勢いとは逆に槍は真横に変な回転しながら頼りなく落ちていく。
「あ、あれ?」
「安心したよ、おれは先生にぶつけるかと思ってたから」
松本はボソッと藤本を貶した。
「藤本、当たり前だがこれはボールじゃないぞ。力任せに投げても飛ばない。棒状だから棒を真っ直ぐ向けないといけないし、ドリルのような回転をつけて風の抵抗を最小限にしなきゃだ。…まぁ言うのは簡単だがな!」
(ふむふむ、なるほど。棒を真っ直ぐ飛ばすためには…)
「おおっすごい!」
歓声が上がっている方に目をやると、槍が綺麗な弧を描いて落下していた。
投げたのは陸上部の小柳、県大会出場歴がある。
推定距離は40mほど。
皆の歓声に得意げな顔で応えている。
「…さて、そろそろ時間だ、皆、最後に一投ずつ!」
先生の合図でまた生徒たちが順番に投げる。
終盤に差し掛かったそのとき!
バッ!
キレのある投げる音とその後の風を切る音がこだました。
槍は先ほどの小柳の軌道よりもさらに大きく美しく飛んでいる。
推定距離は50m超
(うおっ!まじかこれは全国レベルだぞ)
教師は大きな目を見開き、投げた生徒に目をやる。
「うおっしゃー、わっはっはー飛んだなー!」
大きな声で無邪気に喜んでいる藤本。
「さすが強肩王!」
「…さすが暴投王」
内田と松本が藤本を冗談っぽく持ち上げている。
その傍らで、目を丸くして驚いている小柳。
「すごいな、藤本!こりゃ高校に行ったら野球部じゃなくてやり投げしたら面白いかもしれんぞ!」
教師がやや興奮して藤本に話す。
「いや、先生、おれは甲子園で優勝するのが夢ですから!」
(暴投王だし打率1割切ってたのに…夢大きいなぁ)
同じ野球部の内田と松本は、実力ないのに自信満々な藤本の姿を見て呆れ返っていた。
高校受験後
藤本と内田、松本は別々高校に。
というより、同じ高校を受験していたが、藤本だけ当日お腹を下したこともあり失敗。
しかも野球部のない高校に行くことになった。
「おれの甲子園の夢がぁ〜」
「また受験やり直す?」
「まさか挑戦する前に受験で夢が途絶えるとはね」
落ち込んでいる藤本に容赦なく小馬鹿にする内田と松本。
「うっさい!こうなったらまた別の夢を作ればいいんじゃい!」
藤本が入学する高校は陸上部の強豪校。
新たな大きな夢に向かって、真っ直ぐに挑戦していく。
試作品でした。
読んでいただきありがとうございます。
アドバイス等もいただけるとありがたいです。
続きはもちろん考えているものの、試作品でございますので、何卒ご理解を