第二十一部 四章 池の乱暴者
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「お姉ちゃん?朝だよー」
早朝、肩を揺すられて薄く目を開ける。軽く目をこすりながら、洗面所へ向かう。洗面台の前にはアシュリーが立っており、両脇を抱えて洗面台へと近づける。お湯で軽く顔を洗ってから洗顔フォームでしっかりと顔を洗う。
それでも眠気が完全には抜けずにウトウトしながら、歯を磨く、ミント味のスッキリした味が少し眠気を吹き飛ばすがそれでも完全には眠気が無くならない。
「おはよう…」
「お姉ちゃん、それもう今日で4回目だよ。大丈夫?やっぱり今日の予定は明日にした方がいいんじゃない?」
そう、今日はある予定がある。普段はエイラと遊んだりアシュリーの言葉遣い講座をやったりするのだが、今回は全くの別件、それがあいにくの寝不足で頭がうまく回らないどころか足元もおぼつかない、しかしどうしても外せない要件なのだ。
最近の生活では毎日のように見知らぬ人が料理を教えてくださいと殺到してきてそれの対処に追われていた。料理を教えるのは構わない、それに料理中はそれに没頭出来るから緊張もしない。だが、それも料理中のみという事になる。
極度の人見知りなレイラだと慣れればよいのだが、慣れていても大人数で注目されていれば一言しゃべるのもままならない。とにかくしゃべらなくちゃと思い頭を回すが逆に思考がぶつかり合った結果頭が真っ白になる。
何とか、今までプチ料理教室をしては見たが、終わってから大丈夫だっただろうか、誰かを傷つける事を言ってないだろうかと、不安になって考え始めるとキリがない。そんな事を考えながら布団でソワソワしていたらいつの間にか次の日の朝になってしまったのが最近の日課になりつつある。
幸い料理教室は母さんが手を打ってお休みすることができたけど、それでも今まで積もり積もってきた不安はなくなるわけではなく、2徹してしまう。そこに運悪く今日の空く事の出来ない予定のせいでほぼ3轍状態で出掛ける事になる。
鏡の中にはクマが出来て疲れを見せる自分、母さんが使っている白粉でクマを隠して冷蔵庫の中のコーヒーを飲んで目を覚ましてからアシュリーに抱っこして貰って外に出る。
太陽が目を刺激して熱い風が肌を刺激して目を覚ます。アシュリーはキョンシーなので密着していると少しひんやりとした冷気が心地よくなる。
そうして、着いたのは前に来たことがあるシャリア王族が所有している別邸の近くの川、透明な色に岩場が水をはねて心地よい自然の音を響かせている。
「あれ?」
「あそこ、人工物」
今いるところから少し上流のところに気になるものが見えた、アシュリーもそれに気づいたようでそちらのほうへ近づくと、底には石をいっぱい敷き詰めて作った生け簀があった。普段は生け簀は魚介類を食用か販売するまでの間に取った魚を一定期間生きたまま飼うところだ。普段なら石ではなく竹を使ったりするものだ。
生け簀を覗いてみるとその中には小さい稚魚が10匹くらい泳いでいる。
(この魚…一般的な食用としても使われている魚だ。エサのプランクトンもこの川にはいるから特に気になるものではないのだけれど…川の流れを考えたらもう少し下流の池に生息しているはずなんだけど、どうしてこんな上流に…?生け簀がある以上、逃がすか食用として使用するかだとは思うけど…漁業関係の人じゃないな、石の大きさもバラバラ、何層にもしているから勝手に逃げることはないけれど、ただ詰めるだけ詰めた素人丸出しの浅い知恵で作ったのにどういう意味が…?)
この川はこの上流より更に上流には絶好の釣りスポットがあり、一般解放されている。今自分たちがいる所も一般解放されているが、子供達の水遊びとしてのスポットだ。しかし、今は自分たち以外に子供の姿は見えない。その理由が…
「そこの2人、ええと親子?いや、姉妹か…?ここには凶暴な亀がいるから近づかないように…って君は…」
巡回中の見張り員が岩場の上から見下ろすようにして注意喚起をするが、俺の顔を見るとさっきまでの険しい顔から少し表情を崩して降りてくる。
「やっぱり、君か。エイラちゃん、こんにちは。僕は君の案内を頼まれた…」
「レイラ」
アイシャがすかさず口をはさむ。
「エイラ じゃなくレイラ、エイラ 妹の方 この子 姉 レイラ」
「あ、あぁ!ごめんなさい。似ている名前だからつい…ごめんねレイラちゃん」
しゃがんで目を合わせようとするが、近づいてくる顔に恐怖を感じて反射的に目を瞑ってしまう。その反応に少し苦笑いをしながらアイシャに「怖がらせちゃったかな」と言った後気を使い目を合わせないようにして川の方を見ながら話してくれる。
「この前、この川で遊んでいた子供の何人かが亀を見たって言ってたんだ。亀は普段ここにはいないはずで下流の人工池に生息していて管理人も亀がそこから出ないように徹底していたはずなんだが…子供達はそれを面白がっていてね、甲羅を触ったり木の棒で亀の頭を突いたりしたらしいんだけど、それで機嫌を損ねちゃったのか、子供の足に嚙みついちゃってね、幸いすぐに放したから、軽傷で済んだんだけどそれからずっと不機嫌なのか、凶暴で手が付けられなくてね、普段ならこういうのは大人の仕事で子供に任せるわけにはいかないんだけど、ギルドマスターに聞いてみたら何故か君を推薦してね。疑っているわけじゃないんだが、他に頼める人もいないからお願いしたいんだよ」
「発生理由 不明 被害状況 少数 人員 不足 標的性質 凶暴」
「あぁ、簡略的に言えばそういうことだ。でも、こういうのは頼んでおいた立場で言うのは違うんだが、本当に完全成功報酬で構わないのか?失敗したり中断すれば何の報酬もなしでいいなんて…冒険者ギルドも同じだがギルドマスターの娘だからってこんな危ないことに……あぁ、これ以上はさっきの話を引きずってしまう。とりあえず、僕は上流の方で巡回を続けるから何かあったら呼んでくれ」
そう言って兵士は岩場を器用に登り迂回して持ち場に戻っていった。
「さてと…業務開始といこうか」
靴を脱いで防水の服に着替える、脱いだ服はアシュリーに持たせて川に足をつける。夏でもその冷たさは普通の水よりも冷たく感じる。遣った足を少し震わせながらも水をかき分けながら進んでいく。幸い深さはそれほどなくへそのあたりまでの深さしかなかった。
「そう言えば川の水が冷たいのって地下水から湧き出たものが多いってテレビで言ってたっけ」
そう言いつつも目的の亀を探す。ここの水がいくら透明度が高く水の流れが穏やかでも水面は歪んで目当てのものを探すのは難しいかもしれない。水中に潜るのも1つの手だが、見つけた瞬間嚙まれるのが目に見えているので手で掬って目を覚ますのに使うのがいいだろう。
水面からはどれが目当てのものか分からない。嚙まれるまで分からないというのもあれば偶然陸に上がってくるのもある。一応アシュリーには陸に上がって来ないか見張るために残したが、まだ合図がないのを考えると亀はまだ水の中にいるのだろう。
餌などあればそれを投げて寄ってくるのを待つが、今日は、ほぼ所持品を持ってきてない。スマホは防水だけど万が一のためにビニールに包んでいる。後は財布に家の鍵、護身用の投げナイフ5本のみ本当は刀や槍を持ってきても良かったが目的は討伐ではなくて捕獲、凶暴であってもそれは刺激した子供達のせいであり亀はそれを嫌がった結果、傷を負わせてしまった。いわゆる不可抗力と言える。
「んー…うーん…?」
川の音の他に聞こえるのはザバザバと移動する自分の足が水を跳ねさせる音だけ、川魚の跳ねるパシャリという風情ある音でも聞こえればそっちに振り向いてしまうだろう。それ程、小さな小さな自然の音しか流れてこない。
「ううっ…」
川の冷たさに身体が限界を訴えたのかブルブルと足が震え始めて、声が漏れる。このまま我慢して捜索を続けてもいいがそれで体に支障をきたしてはいけない。少しだけ休憩を挟んでそうしたら再び捜索を再開しようと思い、急いで川から上がる。すると離れた位置にいたアシュリーがこちらに指をさす。
それにふるふると首を横に振るが、アシュリーは指を指したままで動かない。不自然に思ったときに足首に硬くて氷のように冷たい感触が走って反射的に顔を向ける。
底には目撃情報を照らし合わせて見るとまさにその通りだろう、亀がその鼻先をピトリと足首に触れていた。
「っ!」
嚙まれると思って飛び退こうと思ったが上がった場所が悪かった。蹴った砂利が衝撃で他の砂利が足に流れ込むように挟まれて飛び退こうと足を地面から放した時に片方の足を取られてその場で尻餅をついてしまう。
亀はのそのそと歩いて再び足首に顔を近づける。今度こそ嚙まれると思って目をギュッと瞑るが、亀はピトリと鼻先を足首につけるだけで全く嚙まれる気配がない。それどころか頭を使って埋まった足の上の砂利を退ける。
足はその後すんなりと抜けて、亀はそのまま去るわけでもなく近くでゆっくりと自分の周りをのそのそ回る。アシュリーが亀をチラチラと警戒しながらも尻餅をついた自分に手を差し伸べてくれる。亀もそれを見てはいたが嚙むわけではなく、その光景を見つめているだけだった。
「…ねぇ、この子が凶暴な亀だって思う?どうもそうは思えないんだけど…」
「発案 個体識別のために先程の見張り員兼兵士に確認を取ることを勧める」
「そうだね、えっと…流石にこのサイズは持ち運べないよね…一緒に行くのも時間がかかりそうだし」
「推測 甲長の長さがおよそ67㎝ 体重29㎏であると考えられます。移動にかかる時間を計算すると時速0.298㎞」
「だよね…うん、アシュリー呼んできてくれる?とりあえず、水の中に戻らないように見ているからさ」
アシュリーはすぐに兵士を呼んですぐに来た。そこで池の水を甲羅にかけて潤している姿を見て少しギョッとした顔をしたが、手元の紙、大きさから見て写真だろう。それを見比べてコクリと頷く。
「間違いありません。報告にあった亀で間違いありませんね」
そう言って近づこうとした兵士を見ると亀は口を大きく開けて威嚇する。兵士はそれを見て少したじろぐが、俺が甲羅と頭を撫でると少し落ち着いて頭を地面につけるがそれでも兵士を警戒しているのか、目だけはジッと兵士を見つめている。
「兵士さん、カメさんはこの子以外にいるの?」
「ええっと…その時の目撃者だと襲われたのは一匹だけだと言っていましたが、大きさから考えるとその個体で間違いないでしょう。もしよろしければこちらで処理しますが…」
そこまで言うと亀は自分の危険を感じたのか爪を見せつけるようにして再び口を開けて威嚇する。
「でも、この子優しいよ。落ち着いて~、いい子いい子」
「推測 種族ケヅメリクガメであると考える。雑食性であり飼育環境の個体は主に野菜や果物などを中心に食す事が確認されている。補足 リクガメの中では体力が多く一日中走り続ける事も可能であり、歯の代わりにくちばしを持って食事をする。その力は人参を嚙み切れるほど、襲われた際に嚙まれたという報告から推測するとこの個体は元は飼育環境にいたが、脱走または飼育放棄により野生に戻り肉の味を覚えてしまったのだと考えられる」
「そんなことがあり得るのですか?」
「肯定 甲羅の形を維持する為、餌にカルシウムを含む必要があるためそれを摂取する必要があるが、基本的には雑食のため菜食または何でも食べる。野生動物だと主に後者」
スラスラとまるで専門家のように解説するアシュリーに少し面喰いながらも兵士は質問をしながらもチラチラと亀の方を見て少し怯える。
亀は兵士の方を見ながら自分から向かおうとはせずに威嚇しながらその場を動こうとはしない。
「ねぇ、この川に君以外の亀…お仲間はいる?」
そう尋ねるように聞くと一回池を見るが振り返り頭を地面につける。その行動は直感的にNOの合図だと理解した。
「うーん、でもこの子って、どこから来たのかな?いくら一日中歩けるとしても流石に野生とは思えないし、兵士さんからの会話から察するに人工池に元々いたわけじゃないでしょう。つまり誰かが育児放棄、というか自然に帰したというのがレイラの仮説だけど、あなたたちはどう?兵士さん、アシュリー」
「仮説 元々は野生であったが何かしらの理由で陸に上がり池に戻れなく衰弱していたところを保護された。その後回復した後に野生に帰そうとしたところ、発見者が見つけたところは人工池より、川に近かった為このように人の立ち入りが出来るこの場に話してしまった」
「そうですね…どちらも可能性としてはあり得ますね。池の管理者に連絡をして池にいる亀の種類を訪ねてみます。今は、その亀をどうするか、それが一番の課題です」
「…お母さんに聞いてみる」
「はい?」
「お母さん、ギルドの中に色んな動物を飼ってるって聞いたことがある。馬とか虎、人を背中に乗せる動物を多く飼ってる。確かウミガメも所有している場所があったはず」
確か、国によって狩りをしたり、食用の自生植物を採取するため色んな動物を飼っているギルドが多かったはず、最初にアニマルライド機能が実装したストアドシリーズ第6作では陸では馬、空には大鷲、海には海亀を使って移動していた。自作からその自由度がましてイルカや昆虫(1000匹以上の群れ)などを使っていた。それらの動物はギルドが責任を持って管理できたはず。
すぐにスマホを取り出して、電話すると3コールで出てくれた。
『レイラちゃん、そろそろかけてくると思ってたよ』
「母さん、実は相談があるんだけど、実は…」
事情を説明すると特に途中で話を中断することもなく相槌を打ちながら最後まで聞くと少しだけ間をおいて返事をする。
『構わないよ。そうねぇ、ギルドの庭に池があったはず、いくつか岩場を作ったりすれば少しは立派な住処になると思うわ、他の動物もいるけど、そこは問題ないでしょ。信頼できるうちの関係者がいるし、でも、少し時間が必要かしら?池の建設は最近始まったばかりでね。予定していた大きさを更に大きくするとなると、少し手続きが必要になるの』
「それって、大体どれくらいかかるの?」
『本来なら今から連絡しても2ヶ月から4ヶ月はかかるかな、依頼した業者も国の中では有名な人に頼んじゃったから人手の事もその他の理由もいくつかね』
「2ヶ月…それまで川の安全は保障しきれないし、それまで待てるはずがないよ。…って、母さん、最初に「本来は」って、言った?」
『実は…今その業者さんが打ち合わせの日程を調整しにギルドに来てて優先的にうちの作業をしてくれるらしいから、1ヶ月以内に出来るらしいわ』
「ほ、本当に!!」
「ただ、今日は日程調整だけだから、少しお願いしてみるけど、それで難しかったらしばらくは手狭な感じになっちゃうかな」
「それでも全然構わないよ。お世話をしてくれるならレイラも嬉しいし!」
『まぁ、動物に好かれる体質だし今回の件でこうなることは予想していたからね。サプライズとしては成功って、感じかな。とにかくそっちの連絡は任せたよ。今日の晩御飯はちゃんぽんでお願い、あっ、麵はパリパリのやつでスマイルポテトをサイドメニューとしておねがーい』
ちゃっかり、晩ご飯のリクエストをして電話を切った。その後、しばらく亀は家で面倒を見ることにして「ガパル」の名前を与えた。魔物のガパラタートルの一文字変えた安直な名前だが、割としっくりきた。ガパルは凶暴な一面はなくもしかしたら、凶暴に見えたのは勘違いで、子供を襲うつもりはなく、ただ一緒に遊んでいたつもりなのではないかと思った。
次回4月末予定