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第二十一部 一章 親友としていたかっただけなのに

 8月6日


 View リラ


 (うーん?)


 朝起きて見ると城内が何だか騒がしい、最初こそ夢で聞く幻聴のようなものだと思ったがその騒ぎは段々と大きくなっているような気がしてくると同時に更に大きな音になる。


 音は大人数が廊下を歩いているようでそれは一度ではなく二度三度でもない、軽く10回は繰り返しているだろう、前世で聞いた消防署の出動訓練をしているような音を実際に耳にするとこのような音なのだろう。


 隣ではリエラがいつものようにスヤスヤと寝ているはずだが、ギュッと目を瞑って片方の耳をベッドに押し当ててもう片方の耳を両手で押さえている、流石にそれをずっと聞こえないふりをしているわけにもいかないので音だけでもどうにかできないかとドアを開けるとタイミング悪く再び大きな足音とそれを鳴らしている正体が目の前に通り過ぎる。


 目の前を通り過ぎたのはスーツ姿の男女が右往左往してこれらの人々が一方向ではなくそれぞれ別々の所に向かっていることが分かる、ドアを開けた音に反応して彼らは一度だけこっちに顔を向けるが、すぐに視線を元に戻して部屋に入っては出てを繰り返すようにしている。


 (これじゃ、ほとんど外に出れないじゃないか…!)


 仕方なく部屋に戻って頭を抱える、起きたばかりで耳鳴りで頭がガンガンする痛みに顔を歪めながら顔を洗う。一通り終わってそろそろリエラを起きる時間だと思いながらベッドに目を向けるとリエラはもう起きているのだろうがそれでも必死に寝るように何度も寝返りを打ちながら耳を塞いでいる。


 フェンリルの耳は犬の数百倍だと言われている、犬の聴覚が人の数十倍でそれが更に数百倍となると耳栓をしてもあまり効果はないだろう。そう言えば今は慣れているようだけど最初は目覚まし時計の音にも驚いて飛びついてきたくらいだ。


 それくらいに音に敏感なのだろう。いつから足音が聞こえているのかは知らないがそれを聞いてからはずっと寝られずに寝不足なのだろう、


 (だけど、なんでこんなに多くの人が行きかっているんだ?)


 さっきの光景を思い出すとさっきの人たちは全員腕に腕章をしていた、それは城内の関係者に着用が義務付けられているものでそれ自体は珍しいものではないが、書かれている文字で役員の係が決まっている。着用していたのはブラウンとグレーの腕章だったはず。


 だとすると彼らは企画運営委員会の役員たち、それも実行部の人達だ。前にも夏祭りのポスターを張りに部屋を訪ねて来たのを覚えているが、その時でさえこのように焦った感じではなく寧ろリエラが気付かない程、落ち着いて部屋をノックされたくらいだ。


 一応、この部屋は防音されているがそれは完璧ではなく扉の3㎜の隙間から風の音が漏れ聞こえてくる。しかし今回は外以外の所から波状攻撃を受けているようで、床から壁から天井からどったんばったん大騒ぎで五月蠅い通り越してやかましい。


 千聖の魔全で別部屋にリエラを移したいがリエラは一回眼を開けると再び寝るのに1時間半くらいかかるそういう体質なのは仕方ないし眼を開けさえしなければいいだけだが問題はどうやって抱え上げて連れていくか、千聖の魔全は大人一人でも入れる大きさの裂け目だが2人の子供が同時に入るには少しだけ狭い、今まで一人ずつ入っていたから2人同時に入るにはどちらかがカニ歩きするか密着型フォークダンスの1節みたいな体制で入るしかない。


 (耳を塞いでいる以上リエラからは出来ないし、体格から背負ったりおんぶをしたりすることは不可能、恥ずかしいけどそれよりリエラが苦しんでいるのに比べたら何ともない)


 リエラを抱いて裂け目に入り込むぐにぐにと肌を互いに押し付けるように密着させて入る、中に入ったら向こうの音はすでに聞こえなくなっていた、リエラの手がだらんと下がる。


 リエラの部屋はこの千聖の魔全で作った内の一つだがいつも一人でいるのは嫌だと言って結局城内の俺の部屋で毎日一緒に寝る、髪質が抱き枕みたいにモフモフだからそれに釣られて一緒に寝ていたが、騒音の場合という真っ当な理由で使う時がくるのは思ってもみなかった。


 それにしてもさっきの城内の様子は気になる。企画運営委員会は公認イベントの準備を常にしているイメージがあるが実際のところ他の腕章の委員会にヘルプを要請出来て悪く言えば雑用などのパシリに使わせることができる委員会だ。


 とは言え雑用以外の重要企画などの作業はキチンとこなすし〆切は守るのでそれの手助けを求められるからこそ企画が大成功を納めて民からの信頼と信用が跳ね上がると同時に給料も上がるからやりがいを感じる人も少なからずいる。


 そういうところも含めて様子がおかしいというか、奇妙だ。雑用と言っても重要企画の作業以外ではほとんどヘルプを使うというのに廊下では企画運営委員会しかいなかった、城内の役員は全員腕章をつけているからどこの所属かすぐわかる、企画運営委員会は50人以上の従業員メンバーを抱えておりこれは中の上レベルの規模だ。


 目算でもあの時廊下にいたのは10人以上、つまり5~6分の1が廊下を走り回っていた。壁、床、天井の波状攻撃を考えると俺の部屋を中心に騒いでいたということになる。


 となると俺の部屋の付近にある部屋で何かあったか何かの案件があるかのどちらかだ。


 俺の部屋の天井に当たる部屋は空き部屋、宰相レベルの人物の許可証があってしようが許される、隣りに当たる部屋は植物園もどき、マイナスイオンで満たされてハーブや薬草などの品種改良前の植物が多く栽培されている。


 最後に床下に当たる部屋が企画運営委員会が所有している部署の一室、ありていに言えばオフィスみたいなところだ。


 (…改めて考えるとどうしてそんなところに俺の部屋があるんだ?)


 まぁ、この城は先代以上前の城主がクズ中のクズだったからそれの対応にてんやわんやして増築でもなく、だからといって取り壊すでにない何となくもったいないからでそこに目を付けた人が申請してそんな形になったと噂で聞いたことがある。


 まぁ、その話はいったん置いておくとして…いや置いたとしてもその部屋の一致制が全く見えない。それじゃあ、この時期にあったイベントはあっただろうか?体験版で入手した書籍で今の世代に関する問題や出来事に関与するようなものはあったか…

 

 少し考えてすぐに思い出して「あっ」と小さく呟いて思い出す。


 (でも、それって企画運営委員会の仕事かな…どちらかと言うと騎士団か冒険者ギルドの管轄だと思うんだけど)


 考えても仕方ない、廊下の人を呼び止めるわけにもいかないし、ここは聞いたほうがはやいだろう。


 リエラの頭を撫でてから再び裂け目を通って自分の部屋に戻ると同時に部屋の外の音が聞えてくる、朝起きた時は頭が覚醒しきれてなくて聴覚が敏感になっててうるさく思えたがリエラの部屋で寝ぼけていた頭がスッキリしたのか音が少しマシになってると感じる。


 壁に掛かっている受話器を取って陛下の所に掛ける、すると1秒もかからずに繋がった。


 『もしもし、リラからかけてくるなんて珍しいじゃないか』


 「少し聞きたいことがあって…本当は実際に会って聞きたいんだけどそれができなくて…」


 それを聞くと陛下は少し考えたような間をおいたあと「これは関係ないしまだまだリラには早いんだが」と前置きして話し出す。


 『リラ、魔界の事は知っているかい?君たちのような子供にはおとぎ話のように聞かせるものなんだが、魔界は実在するんだ』


 自分が考えていた推測と一致したことにうなづいてならば何故企画運営委員会がそれについて対応しているのかという疑問が生まれる。


 『国々では魔界を開拓する話が度々出ていてな、それに対応する為に城内の役員はほぼ総出で城内を駆け巡るんだ、かすかだがそちらから足音がするのはその対応に追われているものたちのだろう』


 「でも、魔界開拓なんていつもはこんな多くの人を動員するものじゃないんでしょ?」


 魔界開拓はストアドシリーズの第三作目で初登場した要素だ、制限時間内に魔界を開拓して素材やドロップ品を持ち帰るというシンプルなものだが金策やレアアイテム報酬の納品依頼にとても役立つものだった。


 もちろんそれなりに難しいし毎日解放されるわけでもない。検証班が調べた所一日目に解放されると次の日には解放される可能性は0%で1日ごとに0.2~0.4%ずつ上がって解放されたらまた0%からスタートということが分かった。


 これの落とし穴といえるものは解放された日に行かなければ次の日には行けないという事、もちろんゲーム内時間の為、軽い気持ちで「この依頼が終わってからでいいや」と思って行かなくてせっかくのレアアイテムゲットの機会を逃してしまうのは誰もが経験したことだと思う。


 『今回は大規模な開拓でな……魔界ではこの世界とは違いとても過酷な治安でな、まず法を守るものがいない、そもそも法があるのかすら知らないからな。一度魔界に取り残された者がこちらの世界に戻れるのは一生の全ての運を使い果たしたと言っても過言ではない程なのだ。何せこちらの時間と向こうの時間は流れが違うからな』


 それを聞くとゲームでの疑問が晴れた、そういう裏設定があるのは知らなかった。魔界開拓は終わると強制的に戻されるのだがゲーム内時刻は1分すら経っていない、なのでゲーム内の日付が変わるギリギリに魔界開拓をしても向こうに取り残されるわけでもなく強制的に戻されて魔界開拓をしていた時間はほぼ止まっているようなものだった。


 『魔界では毎日命を落とすのが当たり前、常に命の椅子取りゲームが行われているらしい、それでも開拓を続けるのは魔人との共存契約のせいでな……向こうではこちらの世界で希少価値の鉱物や植物はおろか土や水を一握りでも一週間豪遊していられるくらいの価値があるんだ。もし太っ腹なマニアにでも売れば家を一軒買ってもおつりが出る。言わば魔界開拓をすればするほど国も豊かになるし発展性も生まれる。人々がより住みやすくなるのは国王としてもありがたいからな』


 「でも今回はそれが予想外の事態になってしまったと?」


 『その通り、飲み込みがはやいな、おかけで無駄話が少し省ける。大規模な開拓をするにあたってそれの実行に立候補する者が多くてね、こちらとしても多少のボーナスさえ更に色付けようと好条件をぶら下げた結果多くの人が立候補してくれた、それで魔界開拓をしてからそこで何かがあったらしい………目撃者や被害者も証言が要領を得ないものばかりで資料をまき散らしてその正体を明かそうとしているんだが、難航しててね。それが環境問題なのか何者からの攻撃なのか、はたまた未知の現象なのか、今まで魔界開拓をしてきたが被害者多数説明不能の現象だけでも対処が追い付かないからどこも人手不足で城内の役員総出でそれらの対処を片っ端から片付けちゃえーって大まかな優先順位をつけてあっちこっち大騒ぎってわけさ、今日の仕事が終わったらそっちの応援に来てくれって頼まれてね』


 「…ごめんなさい、お父様そんな時にお電話なんて…」


 『いや、いやいやいや、気にする必要はない俺が逆の立場だったら気になるから誰でもいいから話を聞きたいと思うからね、とにかく今日はあまり他の人に迷惑をかけないように部屋からは出ないことをお勧めするよ、ご飯とかは保存食を食べてくれるかな、本当に申し訳ないし無理矢理人混みに突っ込んで足を踏まれたり怪我したら大変だからね』


 「分かりました、お仕事お疲れ様です。がんばってねお父様」


 社交辞令とも言える慰めの言葉を送って電話を終える。


 (今日も城内で過ごすのかぁ……)


 そう、最近は城内から全く出ていない、前回の海水浴が一番新しい記憶にある外出だった。一応乗馬場で馬の背に乗って外周を回るのも悪くはないけれど、部屋の外に出るのも難しい。実質的に部屋に閉じ込められたということだ。


 「…みんな、今頃何してるんだろう」


 窓からは代り映えしない外の風景、何もしないという日は今まで何日もあったが、それでも暇をつぶす手段がいくつかあった。しかしそれをやっても特別楽しい訳でもない。


 今まで学校と実家(クリニック)があったから時折やるゲームが楽しかったのだろう。娯楽はあくまで日常の疲れの対価として少ない時間でやれる心身の息抜き又はリラックスとしてやるから楽しいのであって何もしていないのにやるゲームはマルチではない以上あまり楽しくない。


 (CPUって賢いようでどこか抜けているからレベリング以外の目的を持続するのが難しいんだよな。その結果ほぼ全てのキャラをレベルMAXしたら後は装備とかの厳選、ゲームで最強を目指すのは誰もがやりたがることつまりゲーマーの性と言える。だけどそれをやりつくしたらと思うと虚しさが頭に浮かぶ)


 やりこみ要素、それはゲームで飽きないように制作者やクリエイターさんの遊び心が詰まった言わばミニゲームのようなもの、しかし、それにすら終わりがある。ストーリー、やりこみ要素、コレクション、それらを楽しめたのは日常の疲れがあったからこそ噛みしめられる楽しさ、それに飽きてしまったらもうそれに手を付ける事がほぼなくなってしまう。


 (あいつなら、こういう時なんていうんだろう……)


 

 「ん?そんなこと言うなんて、らしくないな。そもそもまだその境地に行ってないのになんでそんなこと言うんだ?」


 「いや、確かにレベリングも装備厳選もし尽くしてないんだけど、どうもエンドロールが流れた後って何というか萎えるというか何もしたくなくなるんだよな、永遠にストーリーが終わらなければいいのに」


 「そういうもんかね…でもそういうのは考えないな。個人的な意見だけどそんなこと言うのはそれが終わってから考えればいいんじゃね?ほらほら〇ケ〇ンとか俺らのコレクター魂とか燃やされない?ボックスの中でまだ空白の所、ここ配信しかゲットできないからそれを待っていながらひたすらにレベリングしたり、引継ぎでボックス内ガラガラのデータを最初からやって見るのも一興じゃね?」


 「それって結局二度手間なんじゃ?あれか、久しぶりに懐かしいゲームやったら超面白い!みたいな」


 「まぁ、それも個人的な感想だろう?例えばそのニューデータで面白い遊び方を見つけたら全クリしたやつでも同じことをやるとか、全メンバー自爆技で構成したり、同タイプフル構成とか昔はこんなの弱いなぁとか思ってたやつも今では最強技の一角を担ってたりするんだよ」


 「……」


 「…はぁ、そんな顔するなよ。それよりも今度またストアドシリーズの最新作発売されるらしいぜ。CMでもやっててすっごいテンション上がったやつ、来週から予約開始だって」


 「マジで!?それ早く言えよ!!予約可能店舗どこだ、いつもの電気屋で予約できっかな?」


 「そうそう、その感じで新しいゲームで財布軽くしながら架空世界で一喜一憂してたほうが俺たちに合ってるって」



 「……」


 (俺たちに合ってる…か)


 じゃあ「俺」なら?


 俺だけだと何が合ってる?


 ずっと一緒だったからそんなこと考えたこともなかった。


 考えたくもなかったから考える事事態をしなかった。


 失ってこれから永遠に出会えない事を考えたくもないのに頭の中でそればかりを考えてしまう。


 昔から一緒でこいつとは長い付き合いだから、俺が親友として支えなければいけないと無意識に思っていたらいつの間にか俺のほうが心の支えにしてた、約束して、約束破って、責められて、逆ギレして、開き直って、仲直りして…悪ガキだった以上に無二の親友だったから一緒になら何でも出来そうだった。


 そう、一緒なら…


 いつの間にか服は涙で湿っていた、握りしめた拳を開くと赤く痛々しい爪痕がクッキリと見える白い肌にそれはとても目立つ。


 (あぁ…なぁ、新庄。楽しめる人生がない、暇な人生って…お前がいるからつまらなくなかったんだなぁ…今、何でも願いが叶うなら来世もその来世もそのまた来世でも死者の世界でも全部無くなった世界でも世界の終焉でも、親友としていられたかったな…)

次回3月中旬予定

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