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外伝 参章 メイキング

 翌日、叩く音と何かを切る音で目を覚ます。縛られていたはずだったがいつの間にか解かれていて地べたではなく布団の上で寝かせられていた。


 (…夢、だとよかったのになぁ…)


 頭ではわかっていたが一晩寝たお陰で冷静に今の状況が夢などではなく現実だと改めて理解した。前日の餓死寸前体験をした事からこれが現実だと知りはしたがそれを無意識に受け入れたくないと理性が働いたのだろう。


 明日目を覚ませば慣れた日常が戻っているはずだと心のどこかで期待していたのかもしれない。そう言えば昨日寝た記憶がない。眠いと思わなかったからこのまま放置されたと思ったらいつの間にかここに寝かせられていたし、頭の中でぎゃんぎゃん五月蠅い声もいつの間にか止んでいた。


 (感覚で消えたわけじゃなくって睡眠時と同じようなものとは分かるけど…)


 起きようとして、身体を起こすと動物形態の名残だろうか手を顔の前に出して膝を曲げながら猫や犬のような伸びをする。


 (狐はイヌ科だから犬伸びって言えばいいのかな)


 あくびをして涙を流し目ヤニを指で払いながら扉を開けると昨日と同じ村とは思えない光景が見えた。昨日は村人たちはほとんど外にはおらず、家の中でずっと寝てばかりのよく言えば英気を養う悪く言えばぐうたらな生活をしていたのに、家の中にいた人達ほぼ全員が外で畑仕事をしたり、炊き出しをしたりしていた。


 そして、家の中で聞こえていた音は炊き出しをしているところとは結構離れた所で木材を切ったりその切れた木材を村人達が運んだりしていた。他の人も家畜の世話や洗濯、身に覚えのないお風呂の掃除などをしている。


 すると一人の見覚えがある人が木皿を持って近づいてくる、あの老婆だ。老婆は笑顔で二人分の木皿を持って片方を差し出しながら話しかけてくる。

 

 「おはようございますお稲荷様、昨日は本当にありがとうございます。みんなのこんな姿を見るのは初めてでまるで子どもの頃に友達と遊んでいた頃に戻った気分です」


 「そうか、それならよかった。だがそれいじょうにいうことはないぞ。わらわはじんじゃがつくられたらそれでよい、そのためにこうどうしたまでだ…あちっ」


 口に含もうとした汁物で唇をやけどしそうになって器を落としそうになる。老婆はすぐに腰にかけていた革袋を差し出す。中は水のようで差し出してくれる。


 革袋の水は少し獣臭さがあってそれが無味無臭の水が不味いと思わせてしまうが唇を冷やして今度はやけどしないようにふーふーして冷ましながらちびちびと食べる。


 老婆は再び村の光景に目を向けて柔らかな笑顔を浮かべながらズズッと音を立てながら汁物を食べる。


 「おや、稲荷様はようやくお目覚めかい?無理もないか昨日あれだけの力を使ったんだ。朝食も抜いているんだからしっかりとその分多く食べて英気を養ってくれよ」


 声の方向から青年が歩いてきた。昨日の件があるため青年が座った所から少しだけ距離をとる。それに気づく様子もなく青年は木材が運ばれた方向を指差す。


 「神社には御神木が必要だと思って樹齢がそこそこあって大きな木があるあそこに建てる予定らしいですよ、流石に一日やそこらで出来るものじゃないので本殿や社務所など全部作るのには時間がかかるでしょうね。まぁ、みんな頑張っている様子を見るに予定より早く建てるとは思いますが、僕も少しばかり手を加えるつもりですし」


 「旅人さんにこんな事を頼むのは大変申し訳ないのですが、どうかよろしくお願いします。大したお礼も出来ずに申し訳ありません」


 「いや、住める場所を貸してもらえるだけで十分助かってますよ。普段は焚き木をして暖を取りながら野宿をしているので簡素な所でも安心して寝られる場所を提供してもらえるのはありがたいんですよ。さて、休憩もこれくらいにしてそろそろ戻りますか」


 そう言って青年は手を振って走っていく。


 「すいませーん、手が空いてないところありませんかー?」


 「いい人だね」


 「ああいうひとはまれじゃ、ほこらをたいせつにせずにこわすやからもいるし、それをわるいともおもわないおろかものもいる」


 それが自分だと自覚しながら最後の一口をして皿をどこに持っていけばいいのかとキョロキョロ見渡すと老婆がヒョイとお皿を取り上げて炊き出しをしていた所へ持っていく、鍋の陰に隠れて見えなかったが桶がおいており張ってある水につけているようだ。


 大方の事は昨日のうちにやった衣食住の問題だけでこの村は大きな一歩を踏み出せたといっていいだろう。これ以上は流石に手を出し過ぎだ。だけど、村のためではなく自分の為に力を使うのを咎められるわけじゃない。頭の中でまだお休みしている神様ちゃんにもキチンと利用させてもらわないとね。


 (うーんと…ここでいいか)


 手頃で人が少ないところはないかとあたりを見渡すが結局、寝ていた家の中で行動を起こす事にした、どうやらこの小屋は他の家より少し離れた所に建てられて誰かが生活していたようにはあまり感じられなかった。寝ていた布団も藁の上に布をいくつか敷いてあるだけの質素なものだったらしい。


 そんなことどうでもいいと思って近くの土に手を当てると赤土がボコボコと吹き上がり辺りは一面赤土だらけ、当事者以外の人が見たら明らかに困惑するだろう。


 赤土をパン生地を作るようにこねりながら神通力を吹き込むように全体を包むこむように丁寧に満遍なく力を纏わせる。


 何度もこねていると赤土はぐにぐにとゴムのような感触に変わる、それが全体に伝わるとこねるのをやめて今度は形を整える。赤土だったそれは感触だけはゴムではあったが形が元に戻る訳ではなく作られた形はそのままの形状を保っている。


 さらに形を次々と整えるように手を動かし続ける。こねる時もそうだったが形を整えるのも神通力だけでなく単純な筋力と器用さが必要だった。


 こねるのはただ筋力でまかなうようにしていたが形を整えるのは器用さ重視だ、つまり今まで神通力でごまかしていた力を今度は手作業で地道に黙々と同じ作業をする事になる。


 元々そういう作業は子供の頃から好きで友達と一緒に職業体験の際、アサリやハマグリを競うように昼食時間ギリギリまでただただ無我夢中でやっていたのを覚えている。だがそれが終わった後、疲れが一気に噴き出して苦労して獲った貝の味は記憶に刻むことは出来なかった。


 今こうしている間も体力はほとんど使って無意識に肩を回しながら作業を続ける。それが続いて空が夕陽に染まろうとしている時、不意に手を止めて今の時間を自覚する。集落は辺りが森で囲まれているため水平線に日がつかるときにはすでに夜のとばりが降りて周囲が暗闇に染まる。


 (もうこんな時間か…)


 手元に視線を向けると作った物の出来具合に少し満足する。作っていたものは依り代、今の身体は呪いで出来たものだが神通力は本物、これを利用すればあの五月蠅い精神を追い出して封印できるんじゃないかと考えた。


 幸い依り代の作り方は記憶を読んだときに知ったが、どうせ作るならただの泥で作るより質がいいもの

を使っちゃおうと思って赤土をチョイスした。もし失敗しても私が使うわけじゃないし、と軽い気持ちで使用したが以外に会心の出来栄えだった。


 自画自賛して後はどうやって精神を移そうと思っていたが少し今まで夢中になっていた事で気付かなかったが頭の中であの声が全く聞こえないことともう一つのある事に気づいて部屋の中を見渡す。


 (そうだ…あの精神はこの体じゃなくて本体の石に宿っているんだった)


 直に触っていた時にしか声がしなかったから頭からすっぽ抜けていた。とは言えまた触ってぎゃんぎゃん耳障りな声を聴くのも嫌だしと思ったがすぐにある事を実行した。


 お稲荷様の宿っている石を中心に余った赤土を上塗りするようにして中の石を砕く。赤土を魂の檻のようにして本体をこの依り代に移し替える。神の精神に神の力が通用するのかは記憶の中でも記録されていなかったからほとんど大博打のようなものだけど今のお稲荷様は衰弱してかなり弱っている状態、やってみる価値はある。


 赤土をそのままプレスするように体重を思いきりかけて地面に押し付ける形で潰す。中から断末魔の声がするが、まぁいいかの精神でそのままさらに力を籠めるとガキっという音と石同士がぶつかり合う音を確認したらまたこねり始めてまた潰す。これを粒子レベルになるまで続ける。


 その度に断末魔が聞こえる気がするが、二回目ですでに飽きてその先の断末魔の叫びは(あー、またかよ)みたいな表情を浮かべて対応する。


 音がしなくなって完全に粒子になって赤土と混ざりあったと確認したらそれを依り代の胸部分わざと開けておいた空洞に押し込んで継ぎ目を無くしていく。


 最後は服を着せて完成だ。


 ほぼ自分と同じ姿にしたが気持ち少し自分よりも身長を小さめにして気持ち少し胸を盛って気持ち少し眠そうなトロンとした目にした結果、やや自分好みのアニメ風味の依り代が出来た。


 ひと段落して体中が汗でびっしょりな事に気がついて外に出るとお風呂場から男性達がぞろぞろと出てきた。その中にはあの青年もいる。青年は一直線に私のほうに近づいて話しかけてきた。


 「お稲荷さんお風呂、空きましたよ。もう私たちは全員入浴は済ませたのでご自分でごゆっくりどうぞ。みんながお稲荷さんの事を思って貸切の状況を作ったので後で感謝の言葉を言ったらどうです?あっ、お風呂が終わったら炊き出しをした所に来て知らせて下さいね」


 そう言ってすぐにその場を去ってしまった、いきなりまくしたてるように一方的に説明口調で言われたので口を挟む暇もなかった。「貸し切りにする必要があるか?」とか「神社の進捗はどれくらい進んだ?」とかを問いたかったがそれを聞く暇もないくらいにすぐに去ってしまったし、汗で肌に張り付いた服の気持ち悪さと疲労困憊で言葉を発することさえ疲れると自覚して今はただこの疲れとかを何とかしようとお風呂場へ向かう。


 お風呂場はただ竹で覆われた仕切り壁と簡易な正方形の薄い木材で囲まれた脱衣場、扉を開けると石で囲われた大きな湯舟、流石にシャワーはなかったが、大浴場としては風情があっていいと思う。それに今は自分一人、どこからお湯が沸き出ているのかという疑問を吹き飛ばすように湯気が立って微弱な風が湯気を透明に溶かしていく。


お湯の温度に少し顔を引きつらせながら我慢してゆっくりと身体を湯に沈める。軽い水音を立てながら今日一日の行動を振り返る。


 思えばOLになってから一日中ずっと同じ場所に留まる事は結構あった。慣れない仕事があるからって受付にただ立っていることもあったしデスワで終業時間までパソコンとにらめっこし続けていた事も何百日とあった…数えてはいないけれど。


 そう思うといつもと変わらないような生活をしている気持ちになってきて自然に敷かれたレールの上を走っている気分になっていく。自分がそうしたいのではなくそうする以外に行動が自由に選択出来なかったということになる。


 (それでも、こういうリラックスできる時間があるのはうれしいものなのよね)


 手でお湯をすくい自然と落ちていく水滴をただ見つめる、いつもやっている事でも思い出にふけりながらやってみるといつもと違う見方ができる。しかし、今は今までの日常とは違うどころか身体すら違う。


 いつも聞こえる音が頭から聞こえる。普段感じない感触が腰にある。人間と違うところはそれだけなのに全く違うように感じる。


 (この姿、戻れないのかな。狐の姿になったらあの油揚げをたらふく食べられるしそうすれば食費が抑えられるかもしれない。あっでも金銭がここにはなさそうだしな…神社の捧げものはお金じゃなくて作物や肥えた動物とかなのかな…どうせならキチンと調理済みのやつが欲しいけど、生モノはお腹壊すからね)


 社会人になってから自分で料理したことはあまりなかった、職場から近いという理由で義姉の実家に一人暮らししたけど毎日くたくたになって料理する気力もなかったから、帰りにコンビニや商店街の揚げ物屋でコロッケとか買い食いしながら帰宅後に寝てた。ズボラな生活とは自覚しているけど嫁入り修行とか一切してなかったから家事は週一で様子を見てくれている義姉に頼りっぱなしにしていた。


 (思い返すと本当にろくでもない人だったな、私)


 なくなってようやく事の重大さに気付くとは正にこのことかと思いながら木の桶で髪を濡らしてブンブンと頭を振る。シャンプーもなければボディーソープもない以上、水洗いだけで済ます。


 「んにゅっ!」


 頭の耳に指が触れるとくすぐったさと微かな痛みが走り、反射的に目を強く瞑ってしまう。


 「…ここだけあらわないのもおかしいよね」


 水洗いとは言え毛並みを整えるように優しく耳を撫でるように洗うが感覚が鋭いのか力加減を間違えるとすぐに傷つけてしまいそうで時間がかかってしまった。尻尾は耳の毛よりも少し毛深いようで洗うのにはあまり苦労しなかった。


 「…あっ」


 耳の事でさっきまで作っていた依り代の事を思い出す。キチンと作っていたはずだったが思い返すとあれは耳が4つになってしまうのだ。瞼の直線上に位置する人間の耳と頭の上にある動物の耳で計4つすでに形を整えてしまったので帰ることは出来ずに元に戻すには手っ取り早くそぎ落とすか作り直すかのどちらかしかない。とは言えそれは石を砕く前に気付くべきだった。後は意識を強制覚醒させてお稲荷様が体を動かせれば完ぺきといっていいだろう。耳の問題はそぎ落とすしかなくなる。


 自分の顔の側面を触ってみるが案の定そこに耳はなくその代わりに水に濡れた髪の毛が生えているだけだった。


 だが耳をそぎ落としたとして聴力が消えるのだろうか?鼓膜とあのカタツムリっぽい奴がある限り聴力が失われたるわけじゃない。それはそうとして耳が4つあることでどんな問題が起きるのかが分からない。腕は二つ、足は二つ、目も二つ左右対称にある物は大抵二つその中でたった一つだけ聴覚だけが4つもあると身体に支障をきたす可能性がある。不確定要素が多いのが問題だ、もちろん、何の問題もないというのもあるが、耳鳴りが常に響いて頭痛が収まらないという可能性もある。


 「…いや、そのときはかえればいいか」


 材料は赤土と神通力だけのお手頃素材、特殊なご家庭でのみ体験できます、さぁあなたも今すぐお電話を電話番号は2929‐0149‐034310番号の覚え方は「肉肉美味しくお刺身と」


 (ってそんなくだらない通販番組ごっこをしている場合じゃないっていうのに!)


 そもそも数字数があっていないというツッコミを素通りしてそろそろ頭がふらふらしそうになりながらお風呂から上がる。服を置いてあったところを見ると来ていた服が無くその代わりに今の身体にピッタリの女児服が置かれていた。その服は集落の人が着るようなものとは違い幼稚園児が着るような指定服のようなものだった。


 直感的なもので青年が用意したものだと理解しつつ、妙にサイズがピッタリしていることに違和感を覚えながらお風呂場を後にする。

次回2月中旬予定

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